第77話 吼える猛斧
魔力が膨れ上がる音が、幻聴ではなく鼓膜を震わせる轟音として響いた。
グロムの全身から溢れる魔力の圧が、物理的な質量を持って地面をうねらせるように広がっていく。
その異様な気配が広がる最中、俺の頭の奥で声が響いた。
『……武器に大量の魔力が流れている。斬撃そのものが魔法として作用しているな』
(カイラン……)
『気をつけろ。ただの力任せではない。あれは魔力によって斬撃の軌道や圧が歪められている。視覚による予測も、風読みも通用せんぞ』
(なるほど……道理で読みにくいわけだ)
カインはグロムの動きを睨みながら深く息を吐いた。
そして、セリスが前へ出たのはその直後だった。
「行きます!」
風を纏うように走り出すセリス。『風哭』の刃が斧の隙を突く軌道を描く。
だが、グロムの振るった一撃は常識を超えていた。
「——っ!」
斧が届くよりも早く、重く広がった斬撃の衝撃波が空間ごと切り裂き、セリスを弾き飛ばす。
彼女の体が木の葉のように宙を舞い、地面に叩きつけられて転がった。
砂埃の中、セリスは呻きながら、身を起こそうとする。肩を押さえ、痛みに顔をしかめながらも、剣を手放さなかった。
(まだ……動ける……でも、近づくのは危険すぎる)
彼女の手がわずかに震える中、それでも立ち上がろうとする意志があった。
「セリス!」
エルンが駆け寄ろうとするが、俺はそれを制した。
「俺が行く。エルン、すぐに魔法で支援してくれ」
同時に俺はルナに視線を送る。
「ルナ。お前はここから離れて様子を見ていてくれ」
「えっ……ルナはまだ……」
「頼む。今のお前じゃ、あの斧に触れた瞬間が最後になる。冷静に戦況を見てくれる方が助かる」
厳しい言葉だが事実は伝えた。ルナは唇を噛みしめ、悔しそうにうなずいた。
「……わかった」
ルナは素早く身を翻し、後方の安全な岩陰へ移動する。
グロムはセリスを吹き飛ばした後、すぐに追撃には来なかった。ただ、圧倒的な強者の余裕で、俺たちがどう動くかを愉しげに観察している。
その隙に俺はエルンに声をかけた。
「あいつの視界を遮りたい。風で砂を巻き上げてくれ」
「任せてください」
エルンが杖を掲げ、詠唱を始める。
「疾風の精霊シルフィードよ、我が魔力を代償に渦となって舞い上がれ——風塵爆破!」
爆発的な突風が起こり、大地の砂塵がグロムを覆った。
土煙がグロムの視界を奪い、その巨大な輪郭がぼやけていく。その瞬間を狙って俺は動いた。
気配を殺し、まるで静寂な的に向かって矢を放つ弓使いのように精神を一点に集中させる。
殺気を完全に沈めたまま、水精霊の名を紡ぐ。
「ウンディーヴァよ、蒼き閃光を放ち砂塵を穿て——蒼閃」
グロムを取り巻く砂塵の中心に向かって、青白い閃光が走った。
空気を裂く音すらない一閃が、姿の定かでないグロムの影を貫く。
グロムは何かを感じ取り、身を引こうとしたが遅かった。
斬撃は肩口をかすめ、分厚い鎧ごと肉を切り裂いて、赤い閃きが飛び散った。
「いいぞ……ようやく血が滾ってきた!」
肩から垂れる鮮血が地面に滴り、熱をもってジュウと蒸気を上げる。
だが、グロムはその痛みに顔をしかめるどころか、むしろ満足げに笑った。
「久々の痛みだ……いい。これこそ、俺の求める戦いだ」
その異様な高揚にエルンと岩陰のルナは思わず息を呑んだ。まるで痛みさえ快感と感じているような狂える獣の目だった。
俺はグロムにつけた傷を見ながら冷や汗を流す。
(当たった……けど、まだ足りない)
喉の奥が焼けるように熱い。
極度の緊張による疲労なのか、それともグロムの魔力に当てられたのか。
俺は剣を構え直すと、ちらりとエルンとルナの方へ視線を送った。
ルナは心配そうにこちらを見守り、エルンは次の詠唱の準備に入っている。
グロムの傷は深くない。だが、今の一撃で確かに通るという手応えを得た。
(次は、もっと深く斬り込む。そのための隙を——)
俺の目は獣のように鋭い光を帯び始めていた。




