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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第三章 戦王の咆哮

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第76話 揺るがぬ牙

 土煙の中、グロム・ザルガスはゆっくりと立ち上がっていた。

 脇腹の鎧に小さな傷跡が走る。先ほど、俺の短剣が刻んだ一撃の証だ。

 その傷を見たグロムは短く笑った。


「いいぞ。久々に血の通った戦いだ」


 彼の目がわずかに変わった。それまでの冷徹な観察者の目ではない。獲物を前にした戦士としての凶暴な高揚がそこに宿っていた。


 セリスはその視線を感じ取り、思わず一歩後ずさる。


「……この人、嬉しがってる?」


「気をつけろ、セリス。あいつ、今までは遊んでたんだ」


 俺は低くつぶやき、短剣を構え直した。


 グロムが再び動き出す。今度は突進ではなく、一歩一歩、地面を確かめるように前進してきた。

 ズシン、ズシンと響く足音。そのリズムからも、彼が本気になり始めていることが伝わってくる。

 無駄のない動き、斧の持ち方、肩の力の抜き方——すべてが洗練された達人のそれだった。


(あいつ、ただの怪力バカじゃない。……本能と経験が高度に融合してる。これはまずいな)


「風を断つ斧を——見せてやろう」


 咆哮と共に重斧が振るわれる。次の瞬間、俺とセリスの目の前を暴風ごとき破壊の軌跡が薙ぎ払った。


「ルナ、援護を!」


「うんっ!」


 ルナが一気に加速し、グロムの死角に回り込む。短剣を構え、鎧の継ぎ目を狙って連続で斬りつけた。


 ガガガッ!


 斬撃自体は浅くとも、彼女の神速の動きはグロムの意識を散らすのに十分だった。


「いい動きだ、狐の子よ……!」


 だが次の瞬間、グロムの肘が裏拳のように振るわれた。

 ルナはすんでのところで身を引いたが、発生した風圧だけで大きく吹き飛ばされる。


「うわっ……!」


 ルナは痛みに顔をしかめながらも、四つん這いになって立ち上がった。


「まだ終わってないもん……!」


 その健気な姿に俺は一瞬だけ心を揺らす。


「ルナ!」


 俺はルナに駆け寄ろうとするが、グロムの斧が再び振り上げられた。


(……くそ、間合いが読みづらい。明確な癖もないし、動きの重さに対する隙も見せない。経験則だけで動いてるわけじゃないようだ。こいつは本能的に『正解』の動きを選び続けてる)


 跳ね飛ばされていたセリスが体勢を立て直し、再度前に出ようとしたとき——。


「カイン!」


 後方から声が響いた。エルンだった。


「動きを止めます——!」


 彼女は杖を構え、深く息を吸い、詠唱を始めた。


「風の精霊シルフィードよ! 我が魔力を代償にその足を縛りつけよ——風の戒め(ウィンド・バインド)!」


 幾重もの風の束がグロムの足元に巻きつき、一瞬その動きを強引に封じた。


「っ!」


 その隙を逃さず、俺は突っ込んだ。気配を抑え、殺気を隠したまま一瞬の踏み込み。


(殺気を感知して反応するのがグロムの特性。だからこそ、俺はそれを極限まで抑えて……)


 短剣が放つ軌跡は音もなく空気を裂いた。


「はあっ!」


 渾身の一突きが、グロムの脇腹の隙間を正確に捉えた。短剣がわずかに肉を裂き、確かな手応えが返ってくる。

 だが、それでも刃は筋肉の鎧に阻まれ、深くまでは届かない。


「ぬう……!」


 グロムの全身に力がみなぎり、風の束縛を物理的な力だけで引きちぎる。


「やるな、貴様がカインか」


 その名を呼んだ瞬間、空気が変わった。


「面白い。お前、俺と同じ匂いがする」


(まさか、こいつ……殺気の質を嗅ぎ分けてるのか? 俺の本質まで見抜こうってのか?)


「……冗談だろ」


 俺は油断なく距離を取りながら返す。


 グロムはにやりと笑う。


「殺すのは後だ。もっと……遊びたい」


「だったら期待に応えてやるさ」


 俺がそう応じたその時、グロムの魔力が爆発的に増大していった。これまでとは桁が違う。


(これが……本当の化け物か)


 グロムが本気を出す——その予兆だった。


 グロムの魔力の高まりに恐怖を感じながら、エルンは再び杖を握りしめる。


(支援の手はまだ止めない。皆が踏ん張る限り、私も……!)


 彼女の瞳が決意に燃えた。


 次の瞬間、地響きとともにグロムの気配が一段と膨れ上がった。

 彼の背筋がわずかに反り返り、筋肉がさらに膨張していくのが見て取れる。斧を握る手には血管が浮かび、赤黒い魔力が皮膚の上を這うように流れていた。

 その姿はまるで、理性の檻を打ち破り、純粋な破壊衝動を体現した怪物に見えた。

 周囲の空気が重く沈み、風さえも彼を恐れて避けるように逸れていく。


 俺は無意識に唾を飲み込んだ。


(これが……本気を出したグロムの姿か)


 新たな局面の始まりを誰もが肌で感じ取っていた。

 だが、その只中にいる俺の胸には、はっきりとしたざわつきが広がっていた。

 理屈では理解できていても、心の奥で警鐘が鳴り止まない。

 これは勝てるかどうかではなく、生き延びられるかどうかの戦いだと直感が告げていた。

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