表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第三章 戦王の咆哮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/253

第76話 揺るがぬ牙

 土煙の中、グロム・ザルガスはゆっくりと立ち上がっていた。

 脇腹の鎧に小さな傷跡が走る。《風哭》の一撃が届いた証だ。


 その傷を見たグロムは、短く笑った。


「いいぞ。久々に、血の通った戦いだ」


 彼の目がわずかに変わった。それまでの冷静さとは違う、戦士としての高揚がそこに宿っていた。


 セリスはその視線を感じ取り、思わず一歩後ずさる。


「……この人、嬉しがってる?」


「気をつけろ、セリス。あいつ、今まではまだ遊んでた」


 俺は低く呟き、短剣を構え直した。


 グロムが再び動き出す。

 今度は突進ではなく、一歩一歩、地面を確かめるように前進してきた。


 その足取りからも、彼が本気になり始めていることが伝わってくる。無駄のない動き、斧の持ち方、肩の力の抜き方——すべてが洗練された戦士のそれだった。


(あいつ、ただの怪力バカじゃない。……本能と経験が融合してる。これはまずいな)


「風を、断つ斧を——見せてやろう」


 咆哮と共に、重斧が風を切る。次の瞬間、俺とセリスの前に巨大な斧の軌跡が閃いた。


「ルナ、援護!」


「うんっ!」


 ルナが一気に加速し、グロムの死角に回り込む。短剣を構え、鎧の継ぎ目を狙って連続で斬りつける。


 斬撃自体は浅くとも、彼女の動きはグロムの意識を散らすのに十分だった。


「いい動きだ、狐の子よ……!」


 だが次の瞬間、グロムの肘が横薙ぎに振るわれた。ルナはすんでのところで身を引いたが、風圧で数メートル吹き飛ばされる。


「うわっ……!」


 ルナは痛みに顔をしかめながらも、四つん這いになって立ち上がった。「まだ、終わってないもん……!」その姿に、俺は一瞬だけ心を揺らす。


「ルナ!」


 俺はルナに駆け寄ろうとするが、グロムの斧が再び振り上げられた。


(……くそ、間合いが読みずらいし、明確な癖もない。動きの重さに対する隙も見せない。経験則だけで動いてるわけじゃないようだ。こいつは本能的に、正しい戦い方を選び続けてる)


 セリスが再度前に出ようとしたとき——


「カイン!」


 後方から声が響いた。エルンだった。


「動きを止めます——!」


 彼女は杖を構え、深く息を吸い、詠唱を始めた。


「風の精霊よ! 我が魔力を代償に、その足を縛りつけよ——《ウィンド・バインド》!」


 風の束がグロムの足元に巻きつき、一瞬その動きを封じた。


「っ!」


 その隙を逃さず、俺は突っ込んだ。

 気配を抑え、殺気を隠したまま、一瞬の踏み込み。


(殺気を感知して反応するのがグロムの特性。だからこそ、俺はそれを抑えて……)


 短剣が放つ軌跡は、まるで空気を裂くかのようだった。


「はあっ!」


 渾身の一突きが、グロムの脇腹の隙間を正確に捉えた。短剣がわずかに肉を裂き、確かな手応えが返ってくる。

 だが、それでも刃は深くまでは届かず、致命傷には至らなかった。


「ぬう……!」


 グロムの全身に力がみなぎり、風の束縛を引きちぎる。


「やるな、小僧……カイン、だったか」


 その名を呼んだ瞬間、空気が変わった。


「面白い。お前、俺と同じ匂いがする」


(まさか、こいつ……殺気の質を嗅ぎ分けてるのか? 俺の本質まで見抜こうってのか?)


「……冗談だろ」


 俺は引きながら返す。


 グロムはにやりと笑う。


「殺すのは後だ。もっと……遊びたい」


「だったら、期待に応えてやるさ」


 俺がそう応じたその時、グロムの魔力が増大していった。これまでとは段違いなくらいに」


(これが……本当の化け物か)


 グロムが本気を出す——その予兆だった。


 エルンは再び杖を握りしめる。


(支援の手は、まだ止めない。皆が踏ん張る限り、私も……!)


 彼女の瞳が決意に燃えた。


 次の瞬間、地響きとともに、グロムの気配が一段と膨れ上がった。


 彼の背筋がわずかに反り返り、筋肉がさらに膨張していくのが見て取れる。斧を握る手には血管が浮かび、赤黒い魔力が皮膚の上を這うように流れていた。


 その姿はまるで、理性の檻を打ち破り、純粋な破壊衝動を体現した獣。


 周囲の空気が重く沈み、風さえも彼を避けるように逸れていく。


 俺は無意識に唾を飲み込んだ。


(これが……本気を出したグロムの姿か)


 新たな局面の始まりを、誰もが肌で感じ取っていた。

 だが、その只中にいる俺の胸には、はっきりとしたざわつきが広がっていた。

 理屈では理解できていても、心の奥で警鐘が鳴り止まない。

 これは勝てるかどうかではなく、生き延びられるかどうかの戦いだと、直感が告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ