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第69話 迫る獣牙、動き出すギルド

 グラムベルクの朝はいつも通りだった。鍛冶工房からはカンカンと鉄槌の音が響き、広場では露天商たちが威勢のいい声を上げていた。だが、どこか空気がぴりついている。


「……なんだか、町の空気が少し張り詰めてるな」


 市場を歩きながら、俺はふと立ち止まり、周囲を見回した。工房の職人たちは作業の手を止めぬままも、ちらちらと〈鉄壁のアイゼンクライズ〉と呼ばれるグラムベルクのギルドの方角を気にしている。兵士と思しき男たちが通りを早足に行き来しており、街の片隅では住民たちが何かを囁き合っていた。


「カイン殿……あそこ、ギルドの前です」


 セリスが指差した先には、人だかりができていた。掲示板の前で何人もの冒険者や戦士風の男たちが、真剣な面持ちで張り紙を読んでいる。


 その張り紙には、太字でこう記されていた。


《討伐隊員募集:獣魔族軍接近中。都市防衛のため、ギルド戦力を募ります》


「獣魔族……?」


 俺が読み上げると、後ろから覗き込んだエルンが小さく息を呑んだ。


「グロム・ザルガス……」


 エルンの表情が一瞬にして険しくなった。普段は穏やかな彼女が、ここまで露骨に警戒を示すのは珍しい。


「エルン、知ってるのか?」


 俺が尋ねると、彼女は小さく頷いた。


「ええ……名前だけですが、魔族領の南部で獣王と恐れられている存在です。かつて、同族の部族すら食らい尽くしたという噂もある……。戦うために生まれ、戦うことしか知らない……まるで災厄のような存在だと」


 その言葉に、セリスとルナも顔を見合わせ、息を呑んだ。


「そんなやつが、この都市に?」


「もし本当にグロム本人が先頭に立っているのなら、都市の防衛は困難です。まともな交渉も、停戦も意味を持ちません」


「……そんなの、こわいよ……まるで、本物の怪物じゃん……」


 ルナが呟くように言うと、エルンは静かに続けた。


「彼らがどこへ向かうにせよ、ここで止めなければ、多くの人々が脅かされることになるでしょう。王都だって、例外じゃないかもしれません」


「まさか……この都市に向かって来てるってのか」


 俺は、掲示板の隅に貼られていた軍事地図に描かれた黒い矢印をじっと見つめた。それは山岳地帯を抜け、まっすぐにグラムベルクの方向へと向かっていた。


「この進軍ルート……どう見ても、ここを通るつもりにしか見えねぇ」


 周囲の冒険者たちがざわついた。誰もが同じことを感じていたのだろう。戦が近い——その現実が、じわじわと都市を包み込もうとしていた。


 一方、グラムベルク城内ではすでに緊急会議が開かれていた。


「進軍している軍勢、およそ五百。確認された旗印は……」


「赤地に黒い牙。間違いない、グロムの部隊だ」


 報告を受けたのは、鍛冶王マスタースミスの異名を持つドワーフ王、バルグラス・アイアンハートだった。実直で知られ、ドワーフ全体をまとめ上げる統治者でもある彼は、険しい表情を浮かべた。


「ロルディア王国へ援軍を要請せよ。グラムベルクだけでは持たん。避難と防衛の準備を急げ。ギルドへの動員も拡大しろ」


 王の命により、都市はにわかに慌ただしさを増していく。


 ギルド内部では、登録冒険者への招集が始まっていた。応戦可能な者は戦列へ、非戦闘員は避難誘導や補給に回されていく。


 その様子を見ながら、ルナがぽつりと呟いた。


「ねえカイン、これって……やっぱり、すごく大変なことだよね」


「どうするんですか、カイン殿」


 セリスが静かに問う。俺はしばらく黙ってから、重く頷いた。


「まだ決めたわけじゃない。でも、黙って見過ごせる話じゃないな」


 その時だった。ギルドの中から、聞き覚えのある声が響いた。


「おい、カインたちじゃないか!」


 振り返ると、ヴェルナーが顔を見せた。負傷からは回復しきっていないようだが、表情にはかつての活力が戻っていた。


「お前たちがここにいてくれて助かる。あのグロムの軍勢がこの都市に迫っている。……お前らの力を、もう一度貸してくれないか」


 そう言うヴェルナーの背後には、準備に追われるギルド職員たちの姿があった。彼らの必死な表情が、事態の深刻さを物語っていた。


 俺は一度だけ仲間たちを見渡す。エルンも、セリスも、ルナも静かに頷いた。


「分かった。せっかく鍛えた新しい剣、もう少し眺めていたかったけれど……もう出番のようだ」


 こうして、俺たちは再び戦場に足を踏み入れようとしていた。

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