第68話 鍛冶の都、グラムベルク
ヴァルグリム鉱を鍛えた工房にはもう炎の熱気はなかった。
だが、その空間には鍛え上げた三振りの短剣と共に仲間たちの絆がしっかりと刻まれていた。
「本当に世話になったな、グレンダ」
俺が短く礼を述べると、グレンダはふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。
「礼なんていいさ。あんたたちのおかげで、いい仕事ができたよ。武具がいる時はまたおいで」
「……ああ、また頼らせてもらうよ」
ルナがぴょんと一歩前に出て笑顔で手を振る。
「グレンダ、また一緒に鍛えてねっ!」
「はいはい、お嬢ちゃん元気でな。くれぐれも、その刃でイタズラするんじゃないよ」
ドワーフらしい飾らない別れだった。だがそこには確かな信頼があった。
こうして、俺たちはグレンダの工房を後にした。だが、すぐにロルディアへ戻るのではなく、しばらくこのドワーフの都市に滞在することに決めていた。
「せっかく来たんだ。この国の文化や技術を見ておきたいと思ってな」
俺の目は少年のように輝いていた。
ドワーフの都市——正式には『グラムベルク』と呼ばれるこの地は巨大な岩盤をくり抜いて築かれた山中都市であり、屈強な職人たちが暮らす『鍛冶と鉱石の都』として名高い。
市内を歩けば通りのあちこちに鍛冶工房が並び、鉄を打つ音がリズミカルに響いている。道行く人々は皆、無骨で逞しく、それぞれが何かしらの技術を身につけた者ばかりだ。
「わぁ……これ全部武器なの?」
ルナが武具展示市場の前で目を輝かせて立ち止まった。壁一面に陳列された斧やハンマー、槍の数々。それらはどれも芸術品のように装飾されており、実用性と美しさを兼ね備えていた。
「単なる装飾じゃないな。重心、素材、細工……どれも緻密だ」
俺は食い入るように見つめながら、小さな手帳にスケッチを書きとめていた。
エルンは道中の市場で風の精霊に呼応する石を見つけ、興味深げに店主と会話を交わしている。
セリスは皮細工の店で動きやすい新しい装備を吟味していた。
それぞれが束の間の休息を楽しんでいた。
***
その日の夜。
宿のテラスでルナと俺は並んで星を眺めていた。
「ねえ、カイン。こんなふうにみんなで旅できるのって、なんかいいね」
ルナがぽつりとつぶやいた。
「そうだな。……こんな静かな夜がずっと続いてくれるとありがたいな」
俺が笑いながら答えると、ルナは「ふふっ」と小さく笑ってうなずいた。
だが、その目はどこか遠くを見つめていた。夜空に星がまたたく中、ルナは微かに眉を寄せた。
「……なんかね、ほんの少しだけ胸がざわざわするの」
「ん? どうかしたか?」
「ううん。気のせい……だと思う」
ルナはそう言って笑ったが、俺はその表情をしっかりと覚えていた。
***
一方その頃、遠く離れた魔族領、黒煙の丘では——。巨大な影が山中の広場を歩いていた。
グロム・ザルガス。全身を毛皮と鋼で包み、野獣のごとき気迫を漂わせる獣魔族の実力者。
「よくぞ集まった。我らの狩りの時が来たぞ」
岩肌に響く咆哮が、配下の戦士たちの胸を震わせた。
その傍らには黒いローブを纏ったダークエルフ、ネフィラが静かに立っていた。
「進軍先はロルディア。そこに賢者と呼ばれる男がいる。ヴァルディス・ノクターンを討った者、カイン……次の標的よ」
ネフィラがグロムに耳打ちする。
「強い奴が現れたのなら狩りに行く。理屈など不要だ」
グロムは口角を吊り上げると、地を踏み鳴らした。
まだ出陣の号令はかかっていない。しかし戦の鼓動は確かに高鳴り始めていた。
ネフィラはグロムの背中を見送りながら、ゆっくりと目を細めた。
「……やはり、力で動く者は扱いやすい。ヴィンドール様のお考え通り、ことは運んでおります」
彼女の指先がローブの内側で何かをなぞる。小さな魔具に刻まれたヴィンドールの紋章が淡く光った。
「カイン、そしてあのエルフたち——秩序を乱す希望などすべて消してあげますわ」
彼女の瞳には忠誠と狂信が静かに揺らめいていた。




