第36話 影の標的
ロルディア北部へ向かう街道。
商人ハインズの護衛として、俺たちは馬車の側を歩いていた。
「静かすぎるな……」
俺は周囲の茂みをちらと見やる。風の音すら妙に遠い。
「何か来るわ」
エルンが足を止め、地面の振動を探るように片膝をついた。
「風が、妙に乱れてる。……何かが動いてるわ」
そのとき——
「前方に影! 複数だ!」
馬車の従者が叫ぶ。
道の先、木立の陰から黒布を巻いた男たちが姿を現した。
軽装だが、全員が武器を手にしている。
「……あからさま過ぎる」
俺は短剣を引き抜き、視線を走らせた。
「積み荷じゃない。こいつらの視線、エルンと俺に向いてる」
「おいおい、お前ら、この道は通行料が要るんだぜ?」
先頭の男がにやけながら言う。
「典型的な盗賊の演出ね。でも……雑すぎる」
エルンは冷静にそう呟いた。
「積み荷を置いていけ。それと、エルフは一緒についてきな」
「冗談だろう」
俺は一歩踏み出し、短剣を構える。
「そんな手口で俺たちが従うとでも?」
「いいや。従わせるだけだ!」
男たちが一斉に動いた。
「後衛に弓持ち!」
俺はエルンに声をかける。
「先に弓を潰す!」
「疾風の精霊シルフィードよ! 我が魔力を代償とし、敵を切り裂け——《烈風の刃 (ウィンドカッター)》!」
エルンの詠唱と同時に、鋭い風刃が宙を裂く。
一人の弓兵が腕を押さえて倒れ込んだ。
俺は駆けながら低く構え、もう一人の弓兵に接近。
短剣の柄で顎を打ち抜き、相手を沈める。
「まずは二人。前衛に集中するぞ!」
「カイン、伏せて!」
飛んできた矢を風の護壁が弾き返す。エルンの援護は完璧だった。
しかし——
「……カイン」
ルナが低く唸る。
「にんげん……もっとくる。ちがうにおい……たくさん」
俺は戦いながら背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「これ、囮かもしれない」
「撤退の準備を」
エルンが判断を下す。
「ハインズさん、馬車を森の反対側へ!」
「わ、わかった!」
盗賊たちが焦り始めた瞬間——
森の奥、別の影が動いた。
姿こそ見えないが、空気が変わる。
——これが本命か?
しかし、彼らは姿を見せず、そのまま気配が霧のように消えていった。
「姿を……見せなかった?」
俺は眉をひそめる。
「……こちらの力量を測っただけかもしれないわ」
エルンの声が冷静に響く。
「この襲撃は、まだ始まってもいなかったのかもしれない」
俺たちは警戒を解かぬまま、深まる気配の闇に背を向けた。




