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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第二章 ロルディアの影

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第37話 本命の牙

 森の中の野営地。

 爆ぜる焚き火の音が、やけに大きく響く。

 俺たちは炎を囲みながら、昼間の襲撃について言葉を交わしていたが、その空気は鉛のように重かった。


「あれは、偵察だったと思う」


 俺は枝で地面を突きながら、自分の中でくすぶる不安を言語化する。


「戦う気なら、もっと深く踏み込んできていたはずだ。奴らは、こちらの戦力と、俺たちエルフが魔法を使えるかどうかを見極めていたんだ」


「……そして、次が来る」


 エルンが火を見つめたまま、独り言のように呟いた。その横顔は炎に照らされているのに、どこか蒼ざめている。

 ルナは会話に入ろうとせず、ずっと耳をピクピクと動かし続けていた。夜の闇に潜む、遠くの気配を探るように。


 ***


 夜明け、再び街道を進み始めた時――。

 「それ」は昨日の盗賊のような派手な名乗りもなく、音もなく始まった。


「っ……ルナ!」


 俺が呼ぶより早く、ルナが牙を剥き出しにして叫んだ。


「きた! たくさんくる!」


 直後、森の左右から黒装束の男たちが、影のように飛び出してきた。

 殺気がない。いや、殺気を完全に殺している。昨日のゴロツキとは次元が違う。


「動きが違う。訓練されてる……!」


 俺は即座に短剣を抜き、恐怖で固まりかけている馬車の従者に怒号を浴びせた。


「車輪を止めろ! 戦闘になるぞ!」


 敵は一言も発しない。沈黙を保ったまま、流れるような動作で俺たちを包囲していく。まるで熟練の狩人が、確実に獲物を追い詰めるような無機質な動き。


「疾風の精霊シルフィードよ! 我が魔力を代償とし敵を切り裂け——《烈風の刃(ウィンドカッター)》!」


 エルンの詠唱と共に、不可視の風の刃が唸りを上げた。先頭の男の肩口が裂け、鮮血が舞う。

 だが――男は悲鳴一つ上げず、体勢を崩しただけで、すぐにまた前進を再開した。


「構わず来るだと……ッ!?」


 痛みへの恐怖すら去勢されているのか。

 俺は背筋が凍るのを感じながら、迫りくる刃を紙一重で回避した。

 鋭い剣閃。躱した先から、さらに別の刃が襲いかかる。

 俺はとっさに肘打ちを叩き込み、距離を取るが、手応えが薄い。相手はダメージを意に介さず、機械のように反撃してくる。


「カイン、左から二人!」


「くそっ、キリがない!」


 エルンの援護射撃に合わせて動くが、数が多い上に連携が完璧だ。じりじりと包囲網が狭まっていく。


 その時、敵集団の中から、低く、冷徹な声が響いた。


「――エルフ確保が優先だ。間違って殺すなよ」


 その言葉が俺の思考を殴りつけた。


 強盗じゃない。こいつらの目的は最初から――。


「……確定だな。こいつらは俺たちを(さら)うためにここに来た!」


 俺は後退しながらルナに視線を飛ばす。正面突破は不可能だ。


「ルナ、逃げ道は!?」


「あっちの木のうしろ! まだ、とおれる!」


「エルン、撤退しよう! 命が最優先だ!」


「わ、わかったわ!」


 俺たちは敵の攻撃を必死にいなしながら、ルナが指し示した斜面へと走った。


 数名の敵が即座に追ってくる。森の密度が増し、足場が悪くなる中でも、奴らの追跡速度は落ちない。

 息が切れる。心臓が早鐘を打つ。このままでは追いつかれる――そう覚悟した時だった。


 ――ピィィィィィッ!


 鋭い笛の音が森の空気を切り裂いた。鳥の声とも獣の声とも違う、人工的な命令の響き。

 その瞬間、黒装束たちの動きがピタリと止まった。

 あんなに執拗だった追跡が嘘のように停止する。彼らは何も言わず、互いにうなずき合うことすらせず、ただ踵を返して森の闇へと溶けていった。


「な、なんだ今の……」


 俺は斜面の木に背中を預け、荒い呼吸を整えた。

 助かった、というより、見逃されたという感覚に近い。


「命令で動いてる。やっぱり、現場の判断じゃないわ」


 エルンも膝に手をつき、青ざめた顔で森の方角を見つめている。


「こわい……ひと、たくさん。でも、みんな……においが同じ」


 ルナが身震いしながらつぶやいた。


 個性のない、統率された集団。

 組織だ。明確な指揮系統があり、目的のためなら自らの命すら駒として扱う、巨大な組織の影。


「——エルフを確保せよ」


 あの言葉が呪いのように耳に残っている。俺たちは今、その対象として的にされたのだ。


 理由は分からない。だが、これは偶発的なトラブルではない。仕組まれた「狩り」だ。


「……次はもっと本気で来るぞ」


 俺は短剣を鞘に納めたが、手の震えは止まらなかった。


 笛の音一つで退いたということは、さらに上位の「何か」が動き出した証拠かもしれない。

 戦いは終わっていない。ここからが本当の地獄の始まりなのだと、全身の細胞が警鐘を鳴らしていた。

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