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59話

「あれ・・・・・・・・・?」


 薬の中にはエリクが良く作っていた薬に似た色を持つ物がある。研究か、それとも自身の企てに役立てるためか。ともかく、彼と一つ屋根の下で暮らすうちに否が応でも覚えてしまったルッタにはいくつか効果がわかるものがあったのだ。


 カトレアの熱い抱擁を受けているうちに何気なくそれらを眺めると、気づいたのだ。


「どうかしたの?」

「いえ」


 薬の中に、クローディアに良く使う物があった。呪いを抑える魔術を強める、維持する効果があり、体に塗る。


(どうしてこれがここに?)


 クローディアに呪いをかけたのは彼女の死を願っていたからだ。彼女を不幸に陥れる復讐のため。その呪いを抑える薬をどうして作ったのだろう?


「あ、蓋は外さないほうがよろしいかと・・・・・・・・・」

「え、どうして?」


 ルッタは覚えているかぎりの魔術と薬の効果をカトレアに説明すう。扱い方を間違えば危険な物だと聞くと、ふむふむと頷いていたカトレアが引き攣っていく。


「なんて危ない物を作っているのエリクって・・・・・・・・・」

「ええ。本当に・・・・・・・・・」

「でも、本当にエリクって魔術師なのね」


 ルッタとシリウスの説明は事前にしていたが、カトレアは納得するでも驚くでもない反応を示していた。単純に、え? そうなの? という簡単なものだった。


 魔術師というものがよく理解できていなかったのかもしれないが、ようやく魔術の危険となんたるかを今やっと実感できたのだろう。


「じゃあこれも魔術とか呪いとか書かれているのね? なにが書かれているのかしら。ちんぷんかんぷんだわ。あ、でも、これは読める・・・・・・・・・」


 ルッタを置き去りにし、カトレアは魔導書をペラペラとつまらなそうに捲り続けては乱雑に放っている。


「違ったわ。関係のない本だった。でも、どうしてこんな本があるのかしら」

「誰だお前等・・・・・・・・・」


 心臓が飛び跳ねる。


 ルッタのものでもカトレアのものではない。場にそぐわない掠れきった男の声。


「あ、貴方は!?」

「レイモンド!」


 ボロボロの衣服。そして顔と体には治療もされていない生々しい火傷の痕があった。


 幽霊さながらの足どりで、ゆらりとしたレイモンドが剣を引き抜き忍び寄ってくる。まさかここにこの人が現われるなんて!


 知らないうちに庇い合うように縋るように互いを抱きしめ合う。


「ちょうどいい・・・・・・・・・なんでここを突きとめたのかわからんがお前等を差しだせば俺は・・・・・・・・・・」


 常軌を逸した表情に、薄ら笑いが加わって気味が悪い。身の危険を感じつつも、逃げ場は塞がれている。


「ひ、ひ、ひひひ・・・・・・・名誉を取り戻せる・・・・・・」

「い、いい加減になさい! なにが名誉ですか!」

「そうよ! 貴方なにをしたかわかっているの!?」

「うるさい! お前の主と弟のせいで俺の人生滅茶苦茶だ! あんな奴がいなければ俺は・・・・・・俺は!」


 失った腕を惜しんでいるのか、肩口を押さえ、そのまま掻き毟る。


「し、シリウス様は己の役割と使命を果たそうとしたまでです! 悪巧みに加担した貴方にそんなことを言う資格なんてありません!」

「そうよ! 貴方の自業自得よ! 恥を知りなさい!」

「こ、んの・・・・・・・・・減らず口をおおおおおおおおお!!」


 獣の嘶き。それに似た叫びを上げながらレイモンドが襲いかかる。正気を失っているように剣を振り、家財道具を手当たり次第にぶち壊しながら迫ってくる。


「観念しろ・・・・・・・・・それともお前等もシリウスみたいになりたいのか・・・・・・・・・?」


逃げながら本、物を手当たり次第に投げつける。片腕で傷を負っていてまともに防ぐこともできないが、弱々しい抵抗と闘争は尽き、ついには追い詰められてしまった。


「や、やめなさい! 私達になにかしたらシリウスが容赦しないわよ!」

「ひ、ひ、ひ・・・・・・あいつが今更なんだってんだ・・・・・・お前達みたいになるのは時間の問題だぜ・・・・・・。なにしろこの国の頂点に立たれるんだ・・・・・・だがあの御方は、おそろしい人だぜ・・・・・・・・・手段のためなら容赦しない・・・・・・・。自分の目論見を邪魔立てしたシリウスと魔術師に対する怒りは凄まじいものだった・・・・・・あいつももう命はない・・・・・・・・・ひひ」


 口から涎が垂れている。口角には白い泡が生じ、引き攣った笑い声。焦点の定まっていない瞳には狂気しか感じない。


「第一、むかついていたんだあいつは。時代錯誤も甚だしい忠誠だの騎士道だの・・・・・・うっとうしいんだ・・・・・・迷惑なんだ・・・・・・世の中結局権力さ・・・・・・・・・力だ、金だ・・・・・・・・・賢くて立ち回りがいい奴の勝ちなんだよ・・・・・・・」

「そんなこと――」

「あんなくそやろう、死んで当然だ・・・・・・・」

「~~~~シリウスを馬鹿にするな!!!」


 突然、カトレアが声を張り上げた。


「私の大切な妹を、貴方なんかが悪く言うのは許さない!」


 死を前にした女性とはおもえない、力強さ。どこかシリウスに似ている


「ひ、ひ、ひ、じゃあどうするってんだ? ええ? 子犬のお姉様よぉ・・・・・・?」

「こう・・・・・・・・・してやるのよ!!」

「あ?」


 レイモンドは、なにをされたのかわからなかったのだろう。そして取るに足らない抵抗だとおもったのだろう。


 カトレアがおもいきり投げつけたものが割れ、中身がレイモンドに降りかかった。


「な、なんだこいつぁ・・・・・・」


 ハッとしたレイモンドは、目を見開く。


「こ、この・・・・・・・・・!」


 剣を振り上げようとした瞬間、肌が白煙を発する。


「が、あ、ああああああああああ!!」


 溶けていく。レイモンドの額が。頬が。


 カトレアが投げつけたのは薬の入った小瓶だ。


 次々と投げつけられる小瓶が、中身の薬がレイモンドに降りかかる。燃えあがる。裂ける。膨れて破裂する。紫色の染みを生じさせる。歪み、変形し、崩れていく。耐えがたい苦痛を浴び、悲鳴を上げ続けるレイモンド。


「え、ええええい!」


 加勢したルッタがレイモンドに突進する。弱々しいものだったが、今のレイモンドには耐えられなかったのだろう。そのまま倒れ身動ぎすらしなくなった。


「は、はぁ、はぁ・・・・・・・・・死んでしまったのかしら・・・・・・・・・?」

「い、いえ・・・・・・・・・息はあります・・・・・・・・・はぁはぁ・・・・・・・・・」

「ああ~~~、よかったあああ・・・・・・・・・」


 生きた心地を揃って取り戻した二人は、へなへなと腰砕けに崩れて座りこんだ。服が想いほどに全身ぐっしょりと汗をかいている。


 もしかしたら死んでいたかもしれないのだとゾッとする。


「ルッタのおかげよ。ありがとう・・・・・・・・・」

「いえ、私など・・・・・・・・・」


 まともに言葉を返せない。この人がいなければ。涙ぐんでしょうがない。


「ああ、もう大丈夫?」


 慰めてくれるカトレアに、想い人と瓜二つな優しさを垣間見た。この人がいなかったら・・・・・・という気持ちだけでなく、ああ。やっぱりこの人はシリウス様のお姉様なんだなって泣きながら笑いそうになった。


 カトレアがいてくれて良かったと心の底からおもう。


「か、カトレア様・・・・・・・・・早くここから立ち去りましょう・・・・・・・・・また誰が来るか・・・・・・」


「え、ええ・・・・・・・・・そうね―――いえ待ってちょうだい」


 手を引かれて立ち上がったカトレアは、なにをおもったかレイモンドの元へと。


「なにか縄みたいなものを探してきてちょうだい。それと本と残っている薬を持っていきましょう」


「! そうでございますね・・・・・・・・・」


 そうじゃないとここを探し当てた意味がなくなってしまう。残された魔導書、薬、そしてレイモンドも次はどこへ消えるか。


「その前にシリウスを馬鹿にした報いを受けさせてやる! えええい!」


 カトレアの容赦のない攻撃、金的が直撃する。びくん! と痙攣をした。


「えい! えい! ええええええい!!」


 びくんびくん! レイモンドが攻撃されるたびに身を震わせているのを尻目に、縛れるものを探しにいこうとした。


「これって・・・・・・・・・」


 魔術の本、書架にあったものが散らばっている。その中に混じっていたある物。視線と意識を奪われる。


「ルッタ! なにをしているの!?」


 満足したのか、レイモンドから離れたカトレアに反応することも忘れ意味を考えてしまう。手に取り、中身をたしかめるうちにある疑惑をいだく。


(まさか)

「ルッタ?」

「私達、とんでもない勘違いをしていたかもしれませんわ・・・・・・・・・」

「え? どういうこと?」

「カトレア様。もう少し探しましょう。レイモンドが受け取ったはずの手紙を」


 そうだ。あの手紙が見つかれば。

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