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58話

シリウスとも別れたルッタとカトレアは一日中騎士達から逃れ続けた。日が暮れきり夜の帳に包まれた町並みに身を潜めているが、騎士達の探索は執拗で息つく島がなかった。


 夜の帝都は人気が少なくなり、自然と女性二人の姿が目立ってしまう。苦渋の末に色街へと身を移した。場所はシリウスから聞いていたし、あまり近寄りがたい雰囲気を放っている色街の喧騒と人の多さは隠れるのにうってつけだ。寝る場所と食べる物には困ったが。


 擦れ違う男のじろじろとした目つきや酔っ払いに絡まれることには辟易とするが、ひとまず息をつくことができた。


 手に入れた外套に身を包み、少し汚れた酒場で食事をしながら今後のことをひそひそと相談しているが、あまり落ち着かない。クローディアと別れ既に二日は経っている。ルッタが持っていたお金が少ないというのもあるが、いつここにも騎士達がやってくるか知れないのだ。


 精神的にも肉体的にも限界は近い。味が薄く野菜の切れ端がちょこっと浮いたスープに硬すぎるパンを齧りながら、そっと溜息をついた。


「ねぇ、カトレア様。シリウス様達は大丈夫でしょうか?」

「どうかしらねぇ。あの子は優秀だけど、抜けているところはあるし。それよりも私はエリクが心配よ」


 シリウス達の生家は帝都からほど遠い位置にある。各地を巡回している兵士もそこかしこに配置されているし、連絡がいっているかもしれない。帝都を脱出できたとはいえ、完全に安全というわけではないのだ。


「だけど、エリクが捕まった、シリウス達が皇子を殺したっていう噂も出回っていないし大丈夫なのではないかしら。私達は私達の今できることを探しましょう」

「ええ、大切なのは・・・・・・」


 捕まらないこと。シリウスとクローディアの足を引っ張ることを避けること。どれだけ追い詰められていても、か弱い女の子であっても、それだけは絶対にしてはいけない。そのおもうがルッタを支えているのだ。


「私達で濡れ衣を晴らすのよ!」

「・・・・・・え?」


カトレアの鼻息荒い意気込んだ言葉に耳を疑った。


「え、え? どうしてそのような?」

「だってエリクもシリウスも多分このままじゃ動けなくなるでしょ? そうなったら後手後手に回って居場所もバレるだろうし。だったら私達でどうにかするしかないじゃない?」

「・・・・・・・・・」

「それに、こんな体験中々できることではないわ。まるで最近読んだ物語みたい。悪役令嬢の陰謀や事件を調べるっていう」

「あ、それって主人公が侍女のでございますか?」

「そうそう! 貴方もご存知?! あれ面白いわよねえ!」


 ルッタは今、カトレアと本の感想で盛り上がる気分ではない。只カトレアとの思考の違いに唖然としているだけだ。


 一人ならば心細かっただろう。だが、共にいるカトレアのおかげで救われていた。そのカトレアが、とんでもないことをほざきやがったのだ。


「ですが、私達でどうやって調べるというのですか?」

「良い考えがあるの。以前シリウスが第二夫人の家令をこの辺りで見かけたと言ってたじゃない?」

「ええ。さようでございましたが」

「晩餐会で気になる噂を聞いていたの。夫人は帝都にある建物を買い取っているそうよ。なんのためなのかわからなかったけれど、噂ってそういうものじゃない?」

「ええ。根も葉もないものも平気で流布しますし」

「けれど、本当だったとしたら?」


 急に鋭い目つきになったカトレアは、わくわくとした興奮と真剣さが入り交じっている。


「夫人は本当にここに建物を買い取っているとしたら、なんのため? それにレイモンドが帝都のどこにいたのかもわかっていない。もしかしたら夫人が買い取った建物がこの近くにあるのではないかしら。そこでレイモンドは隠れていた。そして家令は訪れて指示や連絡をとっていた。そう考えれば辻褄が合うわ」

「・・・・・・たしかにそうかもしれません」


成程と、カトレアの提案に現実味が帯びてきた。彼女なりにきちんとした根拠があったのかと感心もした。


 家令を見かけてすぐに、レイモンドは襲ってきたのだ。タイミングも、カトレアの推測通りならばしっくりくと符に落ちる。


「では、カトレア様は夫人の所有している建物を探すべきだと?」


 途方のない話にもおもえるが、火のないところに煙はたたないという。他に良い案は浮かばない。なにもしないより少しでもなにか手がかりがあるのなら吝かではない。


 しかし、どうやって探せばいいのか。夫人が買い取ったとはいえ、外観だけではわからない。大っぴらに尋ね歩いて探し当てたられるものではないだろうし、返って危険ではないか。


「そんな簡単にいくのでしょうか・・・・・・」

「なにもしないよりはマシなのよ。それに貴方はいいのかしら? クローディア様と、シリウスが死んでしまうかもしれないのよ」

「それは・・・・・・」

「そうと決まれば早速行きましょう」


 カトレアはぺろりと食事を平らげると、早速意気揚々に外へ出る。まだ不安でいっぱいなルッタはあたふたとしながら付いていくしかない。


 しかも自分達は追われている立場なのだから怪しまれないようにと心がけなければいけないのだ。なのにカトレアはおかまいなしの様子。


 この人にシリウス様は振り回されていたのかしらと呆れそうになった。


 それからルッタとカトレアは探し回るが、やはり簡単には見つからない。おおぴろげに聞き回れば怪しまれるし、あてもないのだ。


 どれほど時間が経っただろうか。カトレアを呼び止めようとした矢先、


(あれ、あの人?)


カトレアの先にいる男性に、違和感を持った。明らかにおかしいと感じたのは、歩き方や所作に見慣れたものがあったからだ。シリウスやルッタといった高貴な暮らしや特殊な役目についている者、隠しきれない独特の気品と折り目正しさがある。


 観察していくうちに、違和感が強まる。周囲に溶け込んでいるものの、平民の服装が逆に違和感を浮き彫りにしているのはルッタが穿った見方をしているからか。普段会っている貴族、それに近しい人にしか見えないのだ。例えば貴族に仕えている者。


(まさか・・・・・・・・・)


 ルッタは夫人の家令がどんな外見なのかは知らない。だが、平民になりすまし色街に来る貴族、それに傅く人というのはそうそうないのではないか。正体を隠しここに来なければいけない理由があるとしたら?


「カトレア様、あちらの人」

「え? なぁに?」


 ルッタが怪しいと教えても、カトレアはちんぷんかんぷんらしい。この人が言い出しっぺなのに、なんなんだ。


 男がこちらを振り向きそうになって、カトレアを引っ張って影に隠れた。そぉ~っと覗うと辺りをそれとなく警戒しながら去っていく。


「ますます怪しいのでは・・・・・・?」

「そう・・・・・・・・・ね」


 バレないように尾行を開始する。バレないか見つからないか。一歩間違えれば・・・・・・失敗はそのまま破滅なのだ。尋常な緊張ではない。


 そして、一つの建物に辿りつく。男が入っていったのはなんの変哲もない小さな家屋。それもボロっちい外観で穴だらけ。そこかしこの窓には罅が入り屋根も酷い有様。きっと注意をしていなければ通り過ぎるときも気づかないだろう存在感のなさ。


「ここが夫人の所有している建物なのでしょうか・・・・・・?」


 次期王妃が所有するには似合わない建物だが、だからこそ人目につかないのだろう。事情を知らなければ関連させようともおもわない。


家屋の周りをぐるりと一周するが、中の様子は窺うこともできない。


「とにかく、あの人が出たら中に入りましょう。なにか手がかりがあるかもしれないわ」


 そう話したとき、入り口の扉が荒々しく開かれる。先程の男が苛立ちを隠すこともなく、ズンズンと出てくるではないか。


「ち、くそ・・・・・・・・・無駄足だったか」


 物陰に潜んでいると、そのまま男は去っていってしまった。ホッとするのも束の間。カトレアは即座に家屋へと進んでいく。


「お、お待ちを! 危のうございます!」

「なによここ・・・・・・・・・」


 中は外観と同じくらい荒れていた。少ない家財道具は見るも無惨に朽ち、埃と蜘蛛の巣だらけ。ゴミがそこかしこに積み重なりふとしたときに雪崩をおこしてしまうかもしれない。


 なんとなく、人が暮らしていた形跡があった。食器や食べ物の残骸が1箇所にまとまっていて汚物と排泄物が混じった異臭がして息も苦しくなる。


「ここに夫人が来ていたのかしら?」


 どれだけの広さかはわからないし、間取りも不明だ。なによりなにがあるかわからないため、ゆっくりと進んでいくしかない。太陽の光も差し込んでこないが、完全な暗闇ではない。いくつかの部屋を調べる。


「これって、なにかしら?」


 見覚えがあった。


 エリクの部屋に置いてある調合用の小さい鍋。擂り鉢。必要な材料。そして床にはまだ真新しい幾何学的な紋様。


 脇には液体が入った色とりどりの小瓶。そして本が積まれている。


「ここで悪巧みをしていたのね」


 魔術の痕跡で間違いない。本は中身を簡単に捲ったが、魔術の類いのことが記されているのだろう。書架にあった魔術の本は破られ、いくつか重要なものが紛失していたというが、これがそうだ。


そこから誰が借りたか、持ちだしたのか調べることは可能ではないか? 薬も同様だ。


「やったわね。まさかここまで上手くいくなんて!」

「私もびっくりです・・・・・・・・・」


 飛びついて抱きつくほど感激しているのは、シリウスと自分達の濡れ衣を晴らせるという希望・・・・・・・・・だけではないだろう。


「私達、まさかここまでできるなんて凄いわね! いっそのこと物語を書こうかしら!? それとも事件や陰謀を明らかにする生業をしてもいいかもしれない!」

「あははは・・・・・・・・・」


 やはりだった。


 脳天気ともいえる理由に愛想笑いが出る。


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