57話
飛びだしたシリウスは、離宮を見上げた。美しかった外観は内部から崩れ、外からでも火の手が上がっているのが一目瞭然だ。騎士団に追い払われながらも野次馬が集まりつつある。クローディアを抱え、カトレアとルッタを伴ってすぐに離れなければいけないのはわかっていたが、縫い付けられたように動くことができない。
クローディアと過ごした場所が破壊されている光景は、あまりにもショックだった。
「おい、あいつら! 皇女殿下の!」
「動くな! 捕まえろ! 抵抗すれば――」
(いけない)
エリクのことは心苦しいが、腕の中で苦しみ藻掻くクローディアが今の成すべきことを思い起こさせた。
「こっちだ!」
走りだすシリウス達を、騎士達は追い立てる。体力と腕力に自信があるものの、走ることが不得手な格好をしている女性を連れているのだ。あちらこちらを走り回るだけでなく、路地裏を駈け大人数を通れないようにし、ときには剣を抜き切り結ぶ。
それでも、完全には撒くことはできない。
「し、シリウス様、どこへ参ればよいのですか!?」
「わからない! 今考えてる!」
「し、シリウス・・・・・・・ちょ、ちょっと待って、わ、私もうダメ・・・・・・・」
「姉上!?」
一番限界であるのがはっきりとわかるほど、姉は困憊していた。
「だから、シリウス・・・・・・・・・私・・・・・・」
まさか置いていけとでも言うつもりなのだろうか? そんなことできるわけがない。
「バカなこと言わないでもう少し―――」
「そこの喫茶店に入らない・・・・・・? こと・・・・・・? はぁはぁ・・・・・・」
想像の斜め上をいく本当にバカなことだった。
「オオアホなこと言わないでください! 姉上でも怒りますよ!」
「な、アホって・・・・・・一旦どこかに身を隠してやり過ごせばいいとおもった・・・・・・のよ・・・・・・!?」
「寝言は寝てほざいてください! こんな状況でそんな真似したら逃げ場がなくなるでしょう! 他の人達も巻きこみますよ! 遊びじゃないんです!」
「私は良かれとおもって・・・・・・・・・」
「本当に! 姉上はどうしようもない人です!」
「な、なにぃぃぃぃ!? この、少し強くなったからって姉に対してなんたる無礼な!」
「姉なら姉らしくしっかりしてください! そんなんだからいい年齢して嫁ぎ先も決まってないんです!」
「きいいいいい! このおおおお!」
「お二人ともそんな状況ではないでしょう!?」
極限状態で醜い争いをはじめようとした二人に対して、ルッタが雷を落とした。
「あ、いたぞ! こっちだ!」
「ほら見てください! 姉上が騒ぐから――」
「貴方が怒らせるから――」
「お二人のせいです!」
またもや逃げだすことになったが、このままではいけないことも事実。やがて追いつかれて捕まることは必定。かといって妙案も浮かばない。
「シリウス様! 馬車です! 馬車に乗りましょう!」
指をさして示された辻馬車に、一度走りだしてしまえば徒歩で追いつける者はいないだろう。体力を消耗せず帝都を脱出できるかもしれない。
騎士達を追い払いつつ、辻馬車に乗り込もうとするが、御者と揉めてしまう。シリウス達の剣幕と後ろから迫ってくる騎士達に不安を抱いたのだろう。
「すまない!」
乱暴に御者を引きずり落とし、クローディアを乗せる。御者台へと昇り、手綱と鞭を振う。しかし、振り落とそうと馬車をよじ登りシリウスにしがみつかれる。車体にまで乗り込もうとしている始末だ。懸命に相手取るシリウスだが、埒が明かない。
「シリウス様! 行ってください!」
「姉上! ルッタ!?」
阻止せんと馬車から飛び降りたルッタとカトレアが騎士達に飛びかかり、のしかかる。非力だが、相手は決して人数が多いわけではないし、万全の状態でもない。疲労の色は濃く、負傷をしている者もいる。しかし、結局は訓練された騎士と淑女。あっという間に形勢が逆転する。
走りだしている馬車を一旦止めようとした。
「い、行ってください! シリウス様!」
「でも――」
すぐに馬車とは反対方向に走りだす二人を、
「クローディア様のことをお願いします! 私達のことはお気になさらず!」
「シリウス! お母様のところへ! そこしかないわ!」
そのまま二人は路地を曲がり、すぐに姿が見えなくなった。二人よりもシリウス達に狙いを定め直したのだろう。馬車を追ってくる騎士達と視線を右往左往させ、
「すまない! どうか無事で!」
血が滲み出るほど唇を噛み締め、馬車を加速させていく。騎士達を振り切り、帝都を疾走する。
(どうしてこうなった・・・・・・・・・)




