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54話

「許さないぞ」


 エリクの襟を掴み、ぐいっと持ちあげる。


「お前、クローディア様がどれだけお前を愛しているかわかっているのか?」


 エリクがいなくなったあとのクローディアは、どうなる?


 想い人が、体を許した男性が消えてしまったら、例え呪いが解けたとしても幸せと呼べるのか?


 母親を失ったことを思い出し、悲嘆にくれるかもしれない。宮廷に戻ったとき、心細くなるかもしれない。そんなときだからこそ側にいるべきじゃないのか?


「あの御方がどれだけお前に救われたかわからないのか?」

「あいつにはもう魔術師は必要ねぇ。だから俺も――」

「そういうことじゃないっっっっ!!!! この馬鹿野郎!! ふざけんなっっっ!!」


 シリウスは、受け入れていた。


 クローディアの幸せがエリクと共にいることならば。クローディアがエリクを愛しているならば。それがシリウスにとっては辛い困難なことであっても、かまわないと。


 なのに、エリクはなんだ?


 クローディアの気持ちも、シリウスの覚悟もどうでもよいとばかりに捨て去ろうとしている。


「だから、お前がいるべきだろ。お前はクローディアのことが好きなんだろ? だったら俺みたいな根無し草がいなくなったほうが嬉しいだろ。逆にあいつの悲しい心の隙間を埋めてやるように甲斐甲斐しく世話してやりゃあ想いが通じるんじゃねぇか?」

「っっっっ!!」

「なんだ? その面は。せっかく愛しの皇女殿下を物にできるかもしれねぇんだぜ? 喜んだらどうだよ。子犬」


 力のかぎり、ぶん殴った。


 神経の、血管の、髪の毛一本にまで刹那の速さで伝わっていく怒りのままに。

 吹き飛び、キャビネットにぶつかった。


 そのまま飛びかかり、殴りまくる。


「この! この! この!」


 どれだけ殴っても満足できない。返って火がついたように激しくなっていく。


「おい! 立てよ! お前はクローディア様をなんだとおもってるんだ! 僕がどれだけ悩んだかも知らないで! お前達を認めたかったんだぞ! 認めていたんだぞ! それなのに! 臆病者! 腰抜け! お前はただ単にこわがってるだけだろう!」


 涙さえ零れる衝動を、エリクにひたすらぶつける。ぶん回し、蹴り、また吹き飛ばし、蹴りとばす。


「だから魔術師だっていうこともクローディア様に明かさないんだろう! 師匠みたいになるって! 魔術師である自分を受け入れてもらえないで酷い目に遭わされるっておもってるんだろう! 傷つきたくないだけだろう! クローディア様が今までお前にひどいことをしてきた人達と同じだって決めつけて逃げたいだけだろう!」

「シリウス様!」

「ぐ、うう!?」

「なにをなさっているのですか! 給仕室にまで聞こえましたよ!?」


 背中から、羽交い締めにされた。ルッタさえ振り回しそうな勢いで、まだエリクへと襲いかかろうとするのをとめない。


「離せ! 離してくれ! 僕の気持ちも知らないで! 言い返すこともできないこの臆病者! へっぽこ魔術師!」

「おやめになって! やめて!」

「こ、こ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・の・・・・・・・・・」

「弱虫! 臆病者! クローディア様のために魔術師だって正体も明かすことのできないくせに、あの人を救おうとするなぁ!! 僕はなんのために君を――」

「なんにも知らねぇガキがあああああ!! ほざくなっっ!!」


 エリクを中心に、突風が巻き起こった。シリウスの体が、ルッタごと浮かんでしまう。そして耐えがたいほどの風、竜巻がぶつかる。


「お前はどうなんだ! 貴族の家を守るだどうだとかいうのと大切な主を秤にかけてるくせしやがって!!」


 エリクが宙を飛び、掌にそれぞれ燃え盛る火炎を、雷を迸らせる。それが、シリウスへと投げつけられた。


「お前になにがわかる! 目の前で大切な家族を殺されたことがあるか! 善意を悪意で返されたことがあるか! 人を信じられなくなるほど惨めで泥水を啜るしか生きることができないほど追い詰められたことがあるのか! 薬の効果を寝たんだ商人に嘘の通報をされて殺されかかったことは!? あんのかゴラアアアアア!!」


 シリウスの自室は、さながら戦場のようだった。辺り一面が破壊され、崩壊していく。


「ふざけるなああああああ!!」


 剣を抜いた。魔術を避け、エリクへと肉薄せんと飛びかかる。


「クローディア様はそんなお人じゃない! 君一人の絶望を! 過去を! 押しつけるなあああ!」


 お互いの攻撃が、掠める。


「大体最初からお前のことは気に食わなかったんだ! この腐れ魔術師!」

「こっちの台詞だ! 一々つっかかってきやがって! へっぽこ騎士!」


 あらゆる罵詈雑言とともに、理に叶った動きなんてない感情の赴くままの動き。動物のそれと似ている本能による二人の私闘が繰り広げられる。


「シリウス様! エリク様! やめなさい! ああ、一体どうしたら―――」


 とめんとするルッタの声さえ、二人には届かない。


「ルッタ?!」

「え? あ、来てはいけません!」

「え? え? これ、は―――?」

「え? え?」

「「はああああああああ!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」」


 遂に、とまった。


 決して望まない形で。シリウスとエリクの攻撃が。


「シリウス。エリク。これは一体どういうこと?」


 絶対にここに来させてはいけない人が、いつの間にかいるのだ。


「く、クローディア様・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 冷静に考えれば、わかることだ。


 シリウスの自室から離れているルッタが二人の闘争を聞いて駆けつけたときに、予想すべきだった。


 他にもこの離宮にいる者なら、気づかないはずがないと。


目を丸くしているカトレア。そしてわなわなと唇をクローディア。


 部屋の惨状なんて二の次。それよりもエリクの生じさせている力、魔術に目を離していない。冷静さを保とうとしているのか、顔つきは厳しく、そして怜悧さを帯びている。


「エリクの、それは。なに? それと―――」


 荒く、ゆっくりとした呼吸を吐いて、キッと釣り上げた視線をこちらに向け直す。


「私の呪いとはなんなの?」


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