50話
晩餐会はつつがなく過ぎていく。
食材に拘った料理と演出は贅をこらしていて気品に溢れている。招待された貴族達は皆満足げに舌鼓を打ち、談笑している。
お酒が回って間もないが一様に酔いのペースが早まって饒舌になってもいる。宮廷や第二夫人、政治にまで話が及んでいた。
「いやはやしかし、夫人にはこのような素敵な夜を過ごさせていただくとは!」
「夫人に乾杯!」
「本当、これを機によしなにしていただきたいですわ!」
褒め称えられて気をよくしているのだろうか、酒の力もあるのか、夫人は冷たい相貌を少し崩している。
「ありがとう。今度私の息子の誕生パーティーを開くつもりだから、皆様にも来ていただければ幸いだわ」
「おお、それは是非とも!」
「めでたいですなぁ!」
呑気だなこの人達は。
夫人がなにをしようとしているか、わかっていないのだろうか。夫人に群がっている貴族達を遠くから眺めているとやるせない。
「しかし、よろしいのですか? 第一皇子は病を得ていると聞きましたし、それに王妃様のお墓参りも行われると・・・・・・・・・」
おずおずと自信なさげな若い貴族に、キッと釣り上げた眼を固定する。対する相手はあからさまにビクついた。
「なにがいけないの?」
「い、いえ。少し不謹慎だとおもう者もいるのではないかと」
「言いたい者には勝手に言わせておけばいいの。現に第一皇子だって今までしていたのだから。一国の皇子の成長と誕生を祝わなければ、それこそ国全体の士気も盛り下がるし。なにより陛下も認めてくださっているのよ」
「おお、ではなにも問題ございませんな」
「さようさよう。これはこれ。それはそれと別に区別しなければ」
うんうんとしたり顔で同意を示す調子の良さには舌を巻く。
早く帰りたいと願うが、まだまだ話は続きそうだとがっくりと肩を落とす。
「どうしたの? シリウス」
「カトレアお姉様・・・・・・・・・いえ。少し疲れてしまって」
「だらしがないわね。それでも騎士なの?」
「ある意味騎士勤めのほうが楽です。お姉様は平気なの?」
平気な風でワイングラスを空にする姉が羨ましい。
「これくらい普通でしょう? 実家のほうでもよくやっているもの。少し規模と人数が多いってだけでしかないわ」
「そうなの・・・・・・・・・?」
「ええ。貴方は若いときから帝都にいっていたから知らないでしょうけれど。婿捜しというだけではないのよ? コネを作ったり繋がりを保ったりするのは貴族として当たり前だもの。むしろお姉様のほうが大変でしょう」
「エレオノーラ姉様が?」
「ええ。ゲストをもてなす側なのだし、奥方なのだし。なにか不手際があってはいけないでしょう? 招待客によっては仲の良さや悪さも吟味しないといけないし、料理の好みも把握してしっかり開かなければ家に名がつくもの。家のそういった差配をしなければいけないとはいえ、毎回気疲れをされるんですって。旦那様は気楽に仰るそうよ? いついつに誰々が来るとかなにか用意しておいてくれとか急に。それも適当でよいと」
「はぁ」
「急に言われても準備できないでしょう? それに適当に済ませると招待した人達に色眼鏡で見られてしまうしそのたびに腹がたって仕方がないって」
「ええ・・・・・・・・・」
記憶の中にある長女エレオノーラは気位が高いが夫である子爵とは仲が睦まじかったはず。傍目から見るとなんの問題もない貴族の夫婦としか映っていなかったがそんなことがあったとは。
しかし、今日一日女性として過ごして、令嬢として振る舞っているだけでも大変だったのだ。エレオノーラはもっと大変に違いないと同情に似た感想を抱く。
私には一生無理だな。
独りごち、グラスを傾け水で喉を潤そうとした。
「それに、元々は夫人こそ私が王妃になる予定だったのでありましょう?」
?
聞き逃せない発言が耳朶を震わせた。途端に疲れが消え神経が研ぎ澄まされていく。今なんと言ったのだ? 重要なことではないか?
「そのとおり。でも、家柄から私が陛下に嫁ぐことになっていたの。先の王妃は偶々美貌に優れていて、偶々陛下のお目にとまってしまったのよ」
「おお・・・・・・・・・」
「それはそれは・・・・・・・・・」
「本当に、今思い出しても腹がたってしょうがないわ。忌々しい。小さいときから血の滲む努力と妃になるための教育が、一瞬で無駄になってしまったの。これが理解できる? 帝族にふさわしくもない家柄の娘が・・・・・・・・・」
これか。
いつだったか、宮廷の一角でクローディアと遭遇したときの怨嗟が篭った眼差しと振おうとした暴力を想起せずにいられない。あのときと同じ気配を漂わせているではないか。
まさかクローディアを、王妃を呪ったのは夫人の恨みが原因ではないか?
「しかし、そろそろ陛下も新しい王妃として迎え入れるおつもりなのでございましょう?」
「やはり国に王妃がいないというのは問題ですからな! 夫人でなければ務まりませぬ!」
「収まるべくところにはふさわしい人物が最後に選ばれるということでございましょう! これも天運!」
なにも知らないで、無責任なことを・・・・・・・・・!
おだてている貴族達にそこはかとない怒りが芽生えてしょうがない。まるで王妃様が亡くなってよかったようではないか・・・・・・・・・!
なによりも、そんな賞賛を当然とばかりに受けている夫人が一番許せない。この女が呪わなければ王妃様は今も健在だった。クローディアも苦しむことなく、自分との記憶を失わず離宮で暮らすこともなかった。
だのに、個人的な復讐、逆恨みによってなされたのだ。
「夫人に乾杯!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
ぎゅっとドレスの縁を力いっぱい握りしめる。
ちょうどよい頃合いになると、ちらほらと帰っていく貴族が出始めた。そこに混じって夫人に忸怩たるおもいで別れの挨拶を述べると、姉を引いて一目散に馬車を目指す。
「どうしたのよシリウス?」
どうにかなってしまいそうな怒りから、カトレアの呼びかけにも応えない。疲れとは別の理由で早くドレスなど脱いでしまいたくてしょうがない。
「なにをむくれているのよ。きちんとした証拠を手に入れたのでしょう? 大成功じゃないの。クローディア様もきっと褒めてくださるわ」
「そういう問題ではありません・・・・・・・・・」
「もう、おかしなシリウスね。お土産にもらったお菓子があるのだから食べましょう?」
「い・り・ま・せ・ん」
「お菓子に罪はないじゃない。私が全部食べてしまうわよ?」
もう、と目の前で頬を押さえながら、美味しい! とわざとらしく頬張りだした。嫌がらせのつもりなのだろうか。
「でも、もし夫人が罪に問われれば第二皇子はどうなってしまうのかしら」
「それは・・・・・・・・・」
無関係で終わるとは言えないだろう。皇位継承から外れるというだけではなく、もしかしたら宮廷から出て行かなければいけなくなるかも。
「あら?」
馬車が止まった。御者台のほうでなにか揉めている声がする。
「どうしたんだ?」
窓を開けたしかめると、目を瞠った。
御者が誰かに組み敷かれている。薄汚れたボロボロのフード姿で剣を片手に。
「何奴だ!」
フード姿の男はシリウスに気づくと一瞬惑ったように戦いた。窓から手を伸ばし、手首を掴み引っ張りこんだ。剣を奪おうと試みて服の袖で手首を締め上げる。座席に落ちた剣を一目散に取ると、外へと踊り出た。
「うわ、とっと!?」
ハイヒールとドレスの重みのせいでバランスを崩し、ダンスのステップのようにバランスを取り戻そうとする。スカートの重心を安定させたところでフードの男は地面に降り立ちながら衝突してきた。勢いよく転倒し、そのまま走り去って行く男が。
「だ、大丈夫!?」
「お姉様! 助けてください!」
カトレアに手伝ってもらい、なんとか立ち上がったが既に背中は遠くにあった。ハイヒールを脱ぎ、なんとか追いかけるものの距離は縮まらない。ドレスがシリウスの足を引っ張ってしまっているのだ。
「こ・・・・・・・・・・・・・・・・のぉぉぉ!」
剣をフリスビーのように横薙ぎのまま投げつける。男の足に見事命中し、踏鞴を踏んで派手に地面を転がる。
這うようにして逃げようとする男の背中に、ふわりと空中に跳んで、膝から着地する。シリウスの体重だけでなく、ドレスの重さもあって潰れた蛙のような悲鳴がした。
「どうだ。重いだろう?」
首根っこを押さえながら肺とお腹を圧迫するように膝と、重みをかける。身動ぎもしなくなった男を警戒しながら、仰向けにしてフードを取る。
「こいつ・・・・・・・・・!」
「し、シリウス・・・・・・・・・はぁはぁ・・・・・・・・・」
追いかけてきたカトレアと御者には目もくれず、ぐったりと伸びている男から視線が外せない。
白目を剥いてぐったりと気を失っているのは、レイモンドだったのだ。




