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51話

 離宮に戻ると蜂の巣を突いたよう喧噪となった。


まさか襲撃犯で行方がわからなくなっていたレイモンドを捕らえてきたのだから。晩餐会での出来事よりもむしろ彼をどうするかについて頭を悩ませる。


 件のレイモンドは元騎士とはおもえない汚れきった服と体で、取り囲んでいるシリウスらを睨んでいる。


「まさかこいつが自らのこのことやってきやがるとはな」


 エリクには直接戦った因縁があるからだろう。足蹴にしてそのままギリギリと頭を踏み抜こうとさえしている。縛られているだけでなく、片腕を失っているレイモンドは満足に抵抗さえできない。


「おい、乱暴はやめておこう。大切な証人だ」

「口だけ残ってたらどうでもいいだろう。前と同じく真実薬で本当のことを喋らせればいいだけだ」

「半殺しで留めておこう」

「シリウス様のほうが乱暴に過ぎるのでは?」

「私の知ってるシリウスじゃない・・・・・・・・・」


 一先ず逸るシリウス達をカトレアとルッタが宥めレイモンドは物置に放置されることとなった。引っ立てていこうとすると、進む先にクローディアが踊りでた。おずおずと躊躇いがちに。


「一つ教えてほしいの。レイモンド、だったわよね?」

「・・・・・・・・・」

「貴方はどうして夫人に手を貸したの?」

「・・・・・・・・・」

「私はお母様のことも覚えていないの。ここにいるシリウスとの思い出も。かけがえのない大切な人の記憶は全部・・・・・・・・・」


 瞳が、悲しそうに、悔しそうに揺らいだ。


「もしかして、記憶がないのも夫人がなにかをしたの? 私は最近そう疑っているの」

「っ」


 息を呑んだ。内緒にしてはいたが、流石にそう関連づけずにはいられないほど我が主は悩んでいたのか。


「もしも私とお母様の病も記憶も夫人のせいなのだとしたら勿論許せないわ。でも、貴方はシリウスと違いすぎる。エリクと違いすぎるのよ」

「・・・・・・・・・」

「騎士は、忠誠心でなんの罪も無い人を殺せるの? 命じられればどんなことでもしてしまうの? 貴方はシリウスと同じ騎士団にいたのでしょう? 顔見知りであったシリウスも殺める覚悟を持っていたの?」

「・・・・・・・・・」

「それとも立身出世がお望み?」

「・・・・・・・・・」


 懸命に、乞うように語りかけるが、対するレイモンドは黙したままだ。


「悲しい生き方ね・・・・・・・・・」

「無駄だクローディア。こいつは喋らねぇだろうよ」


 エリクに促されて、シリウスはレイモンドを再び連れて行こう歩きだした。背中をせっつき、動かせようとした。


「呑気なものですね・・・・・・・・・」

「え?」

「人がよすぎるのも考え物だ。帝族に産まれて何不自由なく暮らしていたから仕方ないのでしょうが、まぁ、だから理解できないのでしょう。恐怖で従わなくてはいけないなどと」

「お前、なにを?」

「貴方はご存じでない。なにも・・・・・・・・・おそろしい人です、あの御方は・・・・・・おそろしい・・・・・・ええ。なにもご存じでない。あの御方のことも。そして・・・・・・・・・」


 ブルッと震えて血の気が失せている。


「それにご自分を苦しめているのが病などと信じ切っている。側にいる者達でさえ」

「「「!」」」

「え?」

「この男が薬師だと本当に信じているのか? この男の正体を知らないでしょう。貴方の命を奪おうとするあの人と、この男は同じなのですよ」

「ど、どういうこと?」

「欺されているということですよ。もし貴方の身の不幸が払拭されても、側にいる者達の嘘を見抜くこともできなければ同じ災いが降りかかります。あの御方は・・・・・・」

「黙れ」


エリクは鳩尾に拳を突きいれた。おそろしいまでの形相で。


「はったりだ。おい。早く連れていけ」

「あ、ああ?」


 ちらりと部屋を出る寸前、クローディアの思案顔が視界の端に映った。冷えた肝が、まだ縮んだかんじから戻らない。


「なんにしろ、これで解決だ。下手人は捕まえて証拠も手に入った。これで皇帝も夫人を調べざるをえなくなる。薬も夫人を調べりゃあわかんだろ」

「うん、そうなんだが・・・・・・・・・」

「なんだよ」


 釈然としなかった。


 好転が過ぎているような気がして、それも予想外すぎて、素直に喜べない自分がいるのだ。それに、あのレイモンドの様子。最後に喋ろうとしたこと。


「愛しのクローディアがこれで助かるんだぜ?」

「それは、そうなんだが・・・・・・・・・」


 なにかが引っかかっている。


「けど、どうしてレイモンドという人は今夜襲ってきたのでしょうか」

「ん?」

「え?」


 物置を目指している一団、途中までお茶を入れるために同道しているルッタが急に口を開いた。


「手紙の内容はこの人がなにかを断ることが書かれていたのですよね? もう命令には従えないと」

「ああ。そうだったな」

「でしたら夫人にとって害をなす人、シリウス様を襲うなどとは辻褄が合わないのでは?」

「それは・・・・・・」

「金に困ってたから偶々襲った馬車がこいつらのだったとかじゃねぇのか? 持ち物だって剣しかなかったじゃねぇか。それかよっぽどこわい脅しでもされたんだろうぜ。こいつはあの女をこわがってるみたいだしな」

「だとしたらです。どうしてシリウス様を? 私も皆シリウス様が元の騎士だとはわからなかったほどの美少女だったではありませんの」

「なにが言いたいんだい?」


 ルッタの発言で、まさか、と考える。


「まさか正体がバレていた?」

「だが、だとしたらその場でとっ捕まえるんじゃねぇのか? もしくはわざわざクビにして行方を眩ますような奴雇わねぇだろ。いざっていうとき疑われるんだしよ」

「そうかもしれないが・・・・・・・・・」

「招待客の名簿からシリウス様のご家族だとわかったのかもしれません。もしくは最初からカトレア様がシリウス様のお身内とわかっていたとか?」

「だとしたら・・・・・・・・・」

「人質か?」

「おい。どうなんだ?」

「さぁな。知るか。ご自慢の魔術で喋らせてみろ」


 急に糾弾されるように視線が集中したが、レイモンドは素知らぬ顔だ。


「まぁ、もういいだろうぜ。万事解決だ。あとはじっくり聞きだすか呪いを解くかで終わり。細かいことを気にしてったらキリがねぇ。どうせこいつが話そうと話すまいとクローディアは助かる」


それもそうか、と納得した流れになったが、本当にそうか? と考えずにはいられない。なにかが引っかかっている。先程は喉から出かかっていたとても大切なこと。


「・・・・・・・・・喋らないのか?」

「あ?」

「クローディア様にだ。君が魔術師だってことと呪いのこと」


そうだ。先程のクローディアの追求。そのときのレイモンドの発言。彼の言葉を聞いてから釈然としない気持ち。それが万事解決という流れになっていることで、形となった。


本当に終わりでいいのか? 自分の正体をクローディアに明かさないままでいて。

彼の言葉を気にするわけではないが、自分の好きな人が正体を偽っている。そして隠し事もしている。それはクローディアがどう感じるだろうか。勿論エリクがクローディアを慮りつつ、こわがっている事情もわかっている。


 だが、だからこそ本当のことを喋るべきではないのか? 何故ここまでおもうのか。それはシリウスにとっても他人事ではないからだ。


 記憶を失っているクローディアからすれば、自分に仕えている騎士が性別を偽っている。最初はクローディアを守るため、という理由はあったが、それはクローディアが自分を覚えていることが前提だった。


 性別を偽っているということ。それは今のクローディアからすれば偽り、裏切りに他ならないか?


 真実を教えないままクローディアが本当の意味で救われるのだろうか? 重要なのは呪いを解き、第二夫人の悪事を暴いたあとではないのか?


 呪いがとけたあと、エリクは薬師を演じ続けるのだろうか? そして自分は・・・・・・。


「なんだ、お前もやましいことがあんのか?」

「な、なんで?!」

「お前はわかりやすいからな」

「そうなのですか?」

「う、うう・・・」


 にへら、と馬鹿にするような笑いは気に入らないが、素直に今は腹を立てることもできない。憂さ晴らしにレイモンドをせっつくのみだ。


「まぁ、もしお前がどんな秘密持ってようが、なにか話すんだとしても俺には関係ねぇしな」

「もう、またそのようなことを・・・・・・。私はシリウス様がどんな秘密を持っていたとしても大丈夫です!」


 もしも。もしもクローディアに、ルッタに、そしてこのエリクに女だと喋ったらどうなるだろう。


 それでも彼らは同じことを言うだろうか? こんな風になんでもないように接してくれるだろうか?


 初めてシリウスは性別を隠していることが後ろめたく、喋りたくなる衝動が芽生えた。


「少なくとも、俺は魔術師だってことを話すつもりはねぇ」

「え?!」

「ここまで来たんだ。話すことぁねぇだろ」

「こわいのか?」


 僕と同じように。


 ギロリと一睨みしてきたが、瞳の奥の真意を読み取ろうとするシリウスから視線を逸らし、頭を乱暴に掻きだす。


「それに、もう意味ねぇしな」


どういうことだ? 


「まぁいいさ。そいつをさっさと連れてけ」


なにかを誤魔化すようにそのまま自分の部屋の方向へと消えていった。


「エリク様、どうされたのでしょうか」

「さぁね。でも、ルッタ。ありがとう」


考えるきっかけをくれた。お礼に心当たりがないルッタはきょとんと不思議そうだ。この子にも、僕は嘘をついている。チクリと胸が傷んだ。


「なんでもない。さぁ、さっさと・・・・・・なんだ?」

「お前、シリウス。変わったな」

「?」


 舐るようにこちらを見つめていたが、それきり喋らないレイモンドは少しの間を開けて自ら歩みを進めた。彼の背中を見つめながらいると、また漠然とした不安が姿を表す。


 いいのか? これで終わりなのか?


 自問に、答えは出ない。


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