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49話

 正門前では貴族達がごった返していた。まだ太陽は沈むどころかようやく傾きかけている時間だというのに、宮廷に入るのを待っているだけで日が暮れそうなほど気が遠くなる。


「あらまぁ~~。この人達皆夫人の晩餐会にお呼ばれしたのかしら?」

「で、ありましょう―――いえ。そうなのかしら・・・・・・」


 カトレアの違うでしょう? と言わんばかりのジトッとした目つきに、口調を直す。衛兵によるチェックが終わったら宮廷馬車にて宮廷に移動するのだが、これだけの人数に似合った馬車はない。少しずつ列が進むまでの間、姉と同じく扇子で暑さと苦痛を紛らわしながら周囲を探る。


 姉と同じように帝族と宮廷から離れた土地の領主、またはご令嬢が多い。当初の姉と同じく帝族とお近づきになれるとあってかあからさまに上機嫌な者もいればそわそわとした浮つきで急いている者もいる。なんにしろ、ここにいる人達は権力闘争や陰謀とは無縁なのだろう。


 だが、夫人が晩餐会を催すだけでこれだけの人数を集められるのだ。もし、いざということがあったらここにいる人達はどれだけ夫人に味方するだろうか。夫人を知っている身としては、最悪の事態を想像せずにはいられない。


「夫人ってどのような御方なの?」

「おそろしい御方です・・・・・・いえ、ですわ。お姉様充分お気をつけなさって」

「私よりも貴方よ。なんとか人様の前では貴族の娘としておかしくないところまできたけれど、付け焼き刃なのだから」

「う、大丈夫ですわ。少々、女である自分を受け入れられないだけですもの」


 普段とは違う口調には、いつまで経っても慣れない。


「もう。大丈夫よ。今日ここにいる誰よりも貴方が一番可愛いのだから」

「お世辞にもなっておりませんわよ?」

「本音よ。しっかりなさいな。貴方は私の妹。騎士である自分は一旦忘れなさい。はぁ、お母様も罪なことをなさったわね。もしきちんと女の子として育てていたら、これほど可愛らしいのに。もったいないことをなさって」

「そのようなことおっしゃってはいけませんわ。致し方ないことでしょう」

「でも、もしかしたらここにいるどなたかから求婚されてしまうかもしれないわよ?」

「ないですわ。絶対。もしされてもお断りするしかないではありませんの」

「あら、どうして?」

「私は、騎士でありますもの」

「―――エリク」

「!?」

「――はなにをしているのかしら?」

「・・・・・・・・・知りません。なにを唐突に。ほら、お姉様。前に進みますわよ?」


 会話をしていると、あれほど途方のなさをかんじていた列が少しずつ、少しずつ進んでいく。ようやくカトレア達の番がきて、怪しまれないだろうかとドキドキしていたが、なんなく通ることに成功した。


 城の敷地は広く、合間にある馬車の窓から眺めて手持ち無沙汰を軽減させることができる。


「ああ、懐かしい。幼いときのことを思い出すわ。たしかあのときクローディア様とお近づきになったのよね?」

「ええ。そうですわ」


 馬車に揺られた後も、なんなく城に入ることができたがここまででおかしいところはなにもない。しかし、逆に上手くいきすぎていて不安になってもくる。


「おや?」


 ギクリとした。第一皇子の家臣で、シリウスも何度か会った人だ。あきらかにシリウスに気づいた素振りで通路の先から近づいてきて目の前で止まった。


「あの、なにか?」

「いえ、失礼。宮廷では中々お目にかかっていないご令嬢方だと」

「私達、第二夫人の晩餐会に招待されましたの」

「成程。あの御方の・・・・・・・・・。失礼いたしました」


 もうダメかとおもったが、どうやら大丈夫だったらしい。通り過ぎた家臣の人の足音が遠ざかり聞こえなくなってからようやく息を吐いた。


 夫人のサロンに使われている一室に案内される。夕食の時間まではまだ余裕が空いているので、ここで持て余す暇を潰すということなのだろう。先に到着していた貴族達は軽いお菓子と冷たい飲み物片手に談笑に耽っている。


「お姉様。少しよろしいかしら? 私、今調べて参ります」

「・・・・・・・・・そう。気を付けなくてはだめよ? 危ないことはしないで」


 サロンを出ると、まずシリウスは騎士を探した。騎士の制服とマントの色、紋章によって所属先が違うが、目的は親衛隊だ。


 親衛隊は帝族の警護が主任務だ。宮廷の部屋の位置、夫人の私室や寝室も把握しているはず。


「もし、騎士様。助けていただいてよろしいかしら?」

「!? そ、どうかされましたか?」


 早速声をかけると、少しきょどった対応をされた。トイレを探していると伝えると、丁寧に案内をしてくれ、しきりに気を遣ってくれる。会話の中で夫人の晩餐会に呼ばれたと伝えたのが功を奏したのか和やかに接してくれる。


「さようで。夫人の。あのお人はもう少しでサロンに参られるはずですよ」

「そうなのですか。夫人は今どちらに?」

「ご自分の私室で準備をなさっています。ほら、あちらに尖塔があるでしょう? あそこが夫人と帝族の住居スペースになっているのですよ」

「まぁ、遠い。あそこから来るまでに晩餐会の時間になってしまいそう」

「ははは。通路がありますし、そこまでは流石に。私も親衛隊の者も迎えにいくことになっておりますから大丈夫ですよ」

「これだけ広いと迷ってしまわれないのですか? 私のように」

「いえ。まさか。慣れますよ。お嬢様もご自分の家で迷われたりはしないでしょう?」

「でも、一々お手洗いに行くのも一苦労というわけではありませんもの。帝族の皆様はお手洗いに行くのに困っていらっしゃらないのですか?」

「はは、面白いお嬢様ですね。帝族の人達の住居スペースにもいくつかありますし、百人以上お城で暮らしていますからね。困ることはありません」

「そうなのですか。世間知らずで恥ずかしいですわ」

「いえいえ。宮廷に参られたのは初めてで?」


 世間話に見せかけて、いくつか重要なことを聞けた。


 帝族の住居スペースの位置、そして親衛隊が迎えにくる部屋が夫人の私室だと。


「ありがとうございます。御立派な騎士様」

「い、いえ! これにて!」


 去っていく騎士を尻目に、シリウスはゆっくりと、しかし早足で件の尖塔を目指す。途中、何人かの騎士や侍女を中心に同様の内容で話しかけ情報を集めてより夫人の私室の特徴を把握することができた。第二皇子の部屋に近く、少し華美すぎる装飾、扉には花の彫刻がされている。


 帝族の住居スペースは、プライベートな一画ということもあって騎士達の警戒が厳重だ。しかし、令嬢に扮しているとはいえ騎士として様々な任務に就いてきたのだから見つからずに進んでいく。第一皇子を見舞うとき、皇帝陛下に会うとき何度か来ていて少し把握できているのもあるが、


(あった!)


見つからないように進んでいると、夫人の私室を見つけることができた。ちょうど晩餐会にむかうところなのか、部屋から出てくるところだった。


 去っていく夫人の姿が見えなくなると、シリウスは部屋に侵入する。離宮のクローディアの私室よりも広く、少し豪華すぎる調度品に囲まれた部屋を散策する。魔術、呪いの本の類いはどこにもないため、もう処分してしまったのかもしれない。


 だが、収穫もあった。いつしかレイモンドが襲ってきたときに使っていた魔術が使える道具、宝石があったのだ。もしかしたら、自分達があそこを離れたあと回収したのかもしれない。他にも交じって似たようなものがいくつかある。


 持っていったら無くなったと夫人が大騒ぎをするかもしれない。後の糾弾する場合となったら残していったほうがいい。


 そしてもう一つ。手紙だ。封が切られているが、差出人の名も貴族の紋章が象られている封蝋もない。


 少し迷って、シリウスは中身を読んだ。


『ご忠告いたします。貴方が今敵にしている人は、おそろしい人です。現に自分も片腕を失い、今も恐怖と絶望の中におります。親衛隊に入ったことを後悔しているほどです』


 蚯蚓がのたうち回ったような文字で綴られている内容は、夫人への礼を失さない程度に恐怖と悔恨の念が窺える。


『ことここに至った以上、もう自分は貴方の命令をきくことはできません。格別なお引き立てを頂戴しておきながらその礼を返すこともできず重ね重ね申し訳ございません。私はここを離れます。住む場所を提供していただいたのにも関わらず、申し訳ありません。

                               レイモンド』


「!?」


 差出人の正体に驚愕したものの、すぐに平静な心で手紙の意味を考える。


(クビになったあともレイモンドが夫人の命令でクローディアを襲撃したという内容ではないか?)


 そして、また新しく夫人はレイモンドに命令をした。それをレイモンドは断ったという意味だとしたら。


れっきとした証拠に使える。


収穫があった。


「あら? 貴方・・・・・・・・・」


 ギクリとした。


 部屋を出た途端、夫人が曲がり角から現われたのだ。しかもまっすぐシリウスの元へと歩いてこちらまでやってくる。


 あたふたしている間に、目の前まできてしまった夫人は立ち止まり、糾弾しそうなほど厳しい視線を注ぐ。


「ここでなにをしているの? ここは許可無く立ち入ることは禁じられている」


「も、申し訳ございません・・・・・・・・・お手洗いに案内してもらったのですが、迷ってしまいまして」

「迷う? こんなところまで?」

「な、なにぶん初めて宮廷に来たものですので。夫人の晩餐会に呼ばれて緊張もしていたのですわ。本当に申し訳ございません・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 なんとかやり過ごそうとするものの、胡乱さと値踏みしてくる瞳は、こちらの動揺と真意すら汲みとってしまうのではないかというほどにおそろしい。


「あ、あの!」


 この場をなんとしても乗りきらなければいけない。


「今日はお招きいただき真にありがとうございます! この場でまずお礼を伝えさせてください! 我がエーデルカルト家でも夫人の美貌とお話は伝わっておりますの! 夫人に拝謁できる日を心待ちにしておりましたわ!」

「・・・・・・」

「初めてお会いしますがすぐにわかりましたわ! 噂に違わずお綺麗なのですもの! 皇帝陛下の寵愛を一身に受けているというのも納得ですわ!」


 全力で阿ることにした。


「私にとって、いえ。貴族の娘にとって夫人は憧れの人ですもの! 今日も姉と一緒に来る途中、街ゆく人々も宮廷の人達も皆夫人を褒め称えておりました!」

「あなた、名前は?」

「え?」

「だから名前よ。貴方の」

「シレーヌ・フラン・ド・エーデルカルトでございます。家は男爵家で南のほうより参りました」

「そう。いい名前ね。こちらへいらっしゃい」


 くるりと身を翻し、そのまま闊歩していく。やり過ごせたのか? とまだ信じられていないのでやや遅れて従うようにして付いていく。


「エーデルカルト。聞いたことがないけれど田舎者なら仕方がないわね。今回は見逃すわ。だけど心しなさい。貴族とはいえ、罰せられるときは罰せられる。美しく産んでくれた両親に感謝するのね」

「あ、ありがとうございます?」


 どうやら夫人は怪しんでいないようだ、と生きた心地を取り戻した。柄にもなくよいしょしたので気疲れもしてしまった。


 既に目的は達成したのだから帰ってもよいのだが。というか帰りたいのだが、姉も一緒なのだからそうもいかない。


 サロンに戻るとき、第一皇子を見かけた。後ろ姿と横顔だけで、すぐに彼方へと見えなくなったが間違いがない。あちらは書架のほうだが。


(歩けるくらい回復したのだろうか?)

「なにをしているの? 早くいらっしゃい」

「はい。申し訳ございません」


 急かされ、つい癖でいつものように駈けそうになった。ハッと思いとどまって遅々とした歩みで夫人を追いかけた。


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