11.なんでこんなことしてるんだっけ?
結論から言うと、また負けた。
ザールの立てた作戦も三人の連携もうまくいっていた。
それが崩れたのは、お代わりが来たからだった。
ボスを牽制しつつ雑魚を潰して……ようやくボスに集中できる、というところで追加の雑魚が来たのだ。
しかも、雑魚というには侮れない魔物が。
物体をすり抜けるゴーストみたいな魔物に、物理も魔法も効きにくい小さなゴオレム――「ようやく終わる」と安堵したところにそれらが数体ずつ来ただけで、慌ててしまった。
「くやしい……絶対勝てると思ったのに、くやしい」
ひとりずつ倒されて入り口に戻されて、カタリナがしみじみと零す。
「慢心してました。最初にいたもので全部だと思い込んでましたね」
ふと、ロッサは、これが“台地”で邪教徒のボス相手の戦いじゃなくてよかったと思った。ここなら本当に死ぬわけじゃない。だから、何度でもやり直せる。
「――使徒サーリス様って、なんでこんなもの作ったんだろうって思ったけど」
ぽつりとロッサが呟いた。
カタリナがきょとんと顔を上げる。
「例えば、今の俺たちが首尾良く邪神教団の本拠に乗り込めたとして、勝てるかな。あっちは本拠地でいくらでも新手が来るのに、俺たちは三人きりで」
「う……」
さすがのカタリナにも「勝つに決まってる」なんて安請合はできないらしい。
「使徒サーリス様って、未来を知ってるって話だよな。
魔王が現れることをいつも予見していて、それに必ず勝てるように勇者ゴリラを育てる役目を女神から与えられたんだって伝説では語られてる。
なのに、邪神教団が現れた今、姿を消してしまっただろ? もしかして、今、サーリス様自身がいらっしゃらないことも予見してたから、それでも俺たちがちゃんと邪神教団に勝てるほど強くなれるようにここを作ったのかなって」
「そうでしょうね。伝説では、最初の勇者ゴリラであるオリヴェル様も次の勇者ゴリラであるカステル様も、サーリス様自らの厳しい訓練に耐えて、ようやく勇者ゴリラの称号にふさわしい強さを手に入れたのだと言いますし」
「――あたし、もっと頑張らなきゃ。あそこにいた全部相手にしてむそーできるようにならないと、ダメってことだよね」
「むそーって、サーリス様が言い残した、勇者ゴリラなら必ずできなきゃいけないことだよな……」
三人とも、はあっと大きく息を吐く。
あの数が相手では三人でようやく勝てるかどうかなのに、あそこにひとり飛び込んで“無双”できるほどの強さを本当に得ることはできるのか。
「とにかく少しずつでも強くならないと、この先の道のりが厳しいことは確かです。先の勇者ゴリラたちに少しでも近づけるようがんばりましょう」
「そうだな」
「うん」
三人は、また額を突き合わせて作戦を練る。
新手が出てくることも織り込めば、最初から最大限の効率で雑魚を倒さなければじり貧になることは間違いない。なら、どうすれば効率重視で雑魚を叩きつつ、ボスを牽制できるのか。
「少々、情報が足りないと思うんですよ」
「情報?」
「後から出てくる雑魚が、どういう特性を持つ魔物かの情報です」
効率を重視するなら、どうしたって弱点を突かなければならない。
しかし弱点を突けるほど、あのゴーストのような魔物のことを知らない。
「――思ったんだけど、ゴオレムって飛べそうになかったよな」
「羽根は生えてなかったね」
「アレまともに倒そうと思ったら手間がかかりすぎるだろ? だから、穴に落としたらどうかな」
「ああ――」
なるほど、まともに殴り合う必要なんてないのだ、ということにザールも思い至る。カタリナも、「あ」と声を上げてにんまりと笑った。
「どうせなら飛べないやつ全部まとめて落としちゃえばいいんだ!」
「まとめて……魔法でどうにかできそうですね」
「飛行タイプとボスとゴースト対策だけしっかり立てればなんとかなるか?」
穴に落ちることばかり警戒していたけれど、相手を落とすことはすっぽり抜け落ちていた。
これなら時間制限のことも手数が足りないこともなんとかなりそうだ。
* * *
作戦は今度こそうまくいった。
魔法で地面を滑りやすくしたうえで、壁やら魔法の衝撃やらを駆使し、とにかく地面の上の魔物たちを落とすのは、ザールの役目だった。
カタリナは徹頭徹尾ボスを相手にし、ロッサはザールのフォローをしつつ飛行タイプとゴーストタイプの魔物を片付ける。ついでに言うなら、ゴーストタイプは見た目どおりのアンデッドで、悩む必要もなくロッサの浄化の光の秘跡で一掃することができた。
そうやって、一定時間ごとに補充される雑魚を片付けつつ、全力でボスのドラゴンもどきと戦って――
『おめでとう! でも勇者ゴリラにはまだまだなので、たまねぎ勇者リラリラの印を進呈しまーす! ゴリラになるまでがんばってね!』
女神の使徒サーリスの声が響いた。
「たまねぎ勇者リラリラって聞いたことないよ」
「俺も初耳。何がたまねぎなんだ?」
「ここを攻略するのは僕たちが初めてだから、たまねぎ勇者リラリラの称号も僕たちが初めてってことなんでしょう」
座り込んで大きく息を吐く三人の目の前で、ゴゴゴという地響きと共に穴の中央に台座がせり上がった。三人のいる場所から渡る石の橋も一緒にだ。
本当に、どういう仕組みになっているのか。
「やったあ!」
台座の上には、やはり何かが置かれている。
今度は何かなと、やっぱり止める間もなくカタリナが走り出した。
「今度は指輪みたい! きれいな石が付いてるよ!」
警戒心ゼロのカタリナが、台座にあったという指輪をつまんで掲げて見せる。
今回も書き付けと一緒に魔法具が置いてあったようだ。ザールは書き付けを受け取って広げると、すばやく中身に目を走らせる。
「魔力回復の指輪らしいですよ。はめて祈ると魔力が回復するけれど、使いすぎに注意と――祈るって、何に祈ればいいんでしょうか」
「魔力回復かあ……あたしには関係ないなあ」
「ザールが持てよ。使える魔法が増えそうだし」
「そうですね……あとは、フォルケンセの聖なる森に行けと書いてあります。そこでフォルケンセ神の祝福が受けられるよう、手配してあると」
「祝福?」
森の神フォルケンセは、創世の女神が遺したこの世界の守護神だ。
その守護神の祝福が、邪神教団に対峙するために必要だということなのか。
「フォルケンセの聖なる森はここから南に下った島の真ん中、だっけ」
「そうです。まず船を探さなきゃいけませんね」
サーリスが言うなら、きっと必要なことなんだろう。
ともかくこの試練も無事クリアしたのだからと書き付けと指輪を回収し、三人はようやく外に出た。
『伝言! 伝言!』
――と、三人の元に、いきなり伝令鳥が降り立った。
ロッサがよく知る伝令鳥は、もちろん月影の国からの使いだろう。
『月影城より救援を求む! 月影城へ戻れ!』
「え?」
突然の救援依頼に、三人は表情をこわばらせ、それから顔を見合わせる。
「何が……まさか、魔物の襲撃で?」
「魔物がいっぱい来たの? でかいやつが?」
「わかりません。けど、とにかく、戻りましょう」
たまねぎ勇者リラリラの元ネタはもちろんたまねぎ剣士ですね





