10.試練:とらのあな
この“虎の穴”での戦闘状況は多岐にわたった。
ものすごく強い一体の魔物相手から始まって、単体相手ならどうということもないはずの魔物多数に囲まれたり、空中から襲われたり地中から襲われたり――前回とはまた別なキツさであっという間に消耗した今回も、「やりなおしー!」の声とともに入り口へ戻されてしまった。
そもそもここは範囲の限られた地下洞窟のはずだ。
なのに、なんでこんな広さがあるのか。
「地下なのに飛んで襲ってくるとかずるいー」
「壁すり抜けてくるとか、聞いてない」
「根本的に戦い方を見直さなきゃ、とても最後まで行き着けませんね」
前回同様、入り口そばの小さな部屋には湧き水があった。今回もここを拠点に決めて、腰を据えて気長に取りかかるつもりだ。
へろへろになった身体をまず休ませて、それから三人で額を突き合わせて戦術を考える。各々にできることを洗い出し、これまで出てきたパターンへの対策を考えて、連携の練習をして――
今回もようやく満足いく戦い方ができるようになったところで、ようやく“虎の穴”のボスとおぼしき魔物のところまでたどり着けた。
「――ドラゴン、だけどドラゴンじゃない?」
「ヒュドラみたいだけど、翼がありますね」
首がひとつだけなら、中型のドラゴンだと思えただろう。だけど、生えている首は五本。さらには、手下とおぼしき小さな魔物まで従えている。そのうちのいくつかは、ボスと同様、空も飛べるようだ。
「すっごーい! めっちゃくちゃ強そう!」
ぶんぶんと棘付鎖を振り回しながら、カタリナが目を輝かせる。この数の魔物を相手に三人でどうにかしろというのは、かなりの無茶ぶりではないのか。
「飛べるのが五匹で下にいるのが十匹か。下のは俺でもなんとかできそうだ」
「この分だと、地面を抜けてくるやつもいそうですね」
「それに、あの縦穴も気になる」
「あそこに落ちたくはないですねえ……」
背には塔で手に入れた翼を付けている。だから落ちても問題はない――というわけではないのだ。落ちてしまった後、上がる手段がないのだから。
「まずは、あのボスを牽制しつつ、下っ端を潰しましょう」
「ああ。でも、どうやって?」
「広場には出ないでください。ここは狭くなってますから、壁を作って少しずつ相手にします」
「じゃあ、あたしが正面だね」
「空から来るのは俺が牽制する」
ザールがすばやく呪文を唱え、石の壁を作る。
通路から出たばかりのこの場所なら、これで一度に相手にする数を絞れるはずだ――上から来るやつを別にすれば。
「ここへ来るまでの応用、といったところですね」
カタリナは正面に陣取り、魔物たちを確実にかかる。
ロッサは加護と回復をしつつ、上から飛び込もうとする魔物の牽制をする。その隙に、ザールがさらに呪文を重ねてカタリナの援護もしつつ、弱体や攻撃魔法を駆使してさらに相手の数を減らしていく。
ロッサが得意なのは加護と回復の秘蹟だし、ザールはそれ以外の魔法全般が得意である。森の神の神官位もあるから加護と回復もできるが、そこまで手を広げたところで魔力には限りがある。ひとりで何もかもと欲張ってはいけない。
カタリナの頑丈さと武器の扱いは天才的だ。彼女が立っている限り、彼女の周囲で生きていられる魔物なんて絶対いないだろう……そう信じられるくらいに、頼りがいのある戦士である。
ボスの出方を伺いつつ、下っ端の魔物を順番に倒し――
『ざんねーん! タイムアップでーす!』
響き渡る無慈悲な声とともに、ボスの五つの首が一斉に、三人に向かって炎の息を吹きかけた。
* * *
「くやしいくやしいくやしいー!」
意識が遠くなった三人が目覚めたのは、やっぱり入り口の部屋だった。
やられたと思っても生きているのは、あの戦いが幻術か何かだからなのだろう……とは思うけれど、どういう仕組みなのかは未だにザールにもわからない。
「ずるいよ! 黙って見てたくせに時間切れだからって首五本分のブレス浴びせてくるなんて、ずるすぎる!」
「手間取り過ぎだってことなんでしょうね」
はあ、と溜息を吐きながらザールが言った。
「レベラゲが足りないってことかな……」
「でもさ、雑魚倒すのは十分だったよ? あたし、ちゃんと一撃一殺してたもん」
「それじゃ足りないんでしょうか」
戦術は間違っていないはずだ。
入り口を狭めて一度に相手にする数をコントロールしつつ、確実にひとつずつ潰していく。基本はこのはずだ。
そこに何かが足りないから、タイムアウトで……?
「――ああ、そうか。ボスが手を出してこないという条件なら、アレでよかったんだ。でも、ボスが参戦するなら、アレじゃ悪手でしかないってことか」
「え?」
「でも、雑魚やっつけないと、ボスの相手なんてできないよ?」
「かといってああやって引きこもって固まってては、今回のようにまとめてやられて終わりです」
「ボスの相手もしながら雑魚やれってことか……無茶すぎないか?」
あー、と声を上げて、ザールが髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
「作戦の立て直しです。それから、今回の戦いでボス戦の情報が入ったんですから、準備も万全にしましょう」
「うん!」
「炎対策は必須だな。それから、飛行タイプの魔物対策」
「それから、カタリナとロッサの力と防御を底上げする加護も必須です」
「でも、ボス対策ばっかりしてたら、あそこに行くまでの戦いがきつくなるぞ」
たしかに、ボスたちとだけ戦うならそれでいいだろう。
けれど、あの部屋へ行くまでのルートにも、魔物は多数出現するのだ。
「なので、ボス前で休憩を取る必要もありますよ。なるべく体力と魔力を回復してボス戦に臨みましょう」
「それってあの部屋の手前でキャンプするってこと? あぶなくない?」
「キャンプはここだけで張ればいいと思っていたのも油断です。やれることはすべてやれってことなんでしょうね」
「でも、時間制限は大丈夫なのか?」
ここでも前回の“試練”でも、入り口からボスのところまでいっきに駆け抜けて休憩を取ることはしなかった。もちろん、戦い始めてから終わるまで、時間に制限があるからだ。
「やってみなければわかりませんが……キャンプしてみて時間切れだと戻されたら、またその時作戦を考えましょう」
「うん、やってみないとわからないもんね!」
「わかった。ザールがそう言うなら、何か思ったことがあるんだろ?」
そしてボス再び。
今度は、三人とも散開しつつカタリナがボスを積極的に攻撃に行き、ザールは弱体その他を駆使しつつ魔物たちの動きを牽制、ロッサは雑魚魔物を順番に潰しながらカタリナの加護と回復をする……という作戦だ。
もちろん、ボスの直前でキャンプを張り、魔力と体力を回復したうえで必須の加護と強化を三人全員に掛けたうえで突入する。
事前に準備できることはすべてして、少しでも負担を減らしてその分攻撃する……そういう目論みのうえで作戦を立てた。
カタリナも、ボスにばかり意識を集中せず、余裕があれば雑魚を減らすほうにも手を貸すつもりである。せっかく“棘付鎖”という得物を使うのだから、その利点をしっかりと活用しなければ。
「今度こそ、勝ーつ!」
ボス部屋の扉を蹴り開けたカタリナが、勢いよく部屋へ飛び込んだ。
そのまままっすぐボスへ走るのを確認して、ロッサは手近な魔物を殴りつつ、さらに回り込むように走って行く。ザールは雑魚たちがカタリナへ行かないよう、移動阻害の呪文や壁作りの呪文を立て続けに唱えていった。





