12.スパイ大作戦(ただしあぶり出すほう)
「母上、救援が必要と」
「ああ、ロッサ。戻ったのか」
“虎の穴”から高飛びの翼も使って可能な限り最速で戻ると、ロッサの母、月影の国の女王マリッサは特にいつもと変わらない様子で三人を迎えた。
謁見の間の玉座にゆったりと座る姿はあまりにも普段どおりで、ロッサは「あれ?」と首を傾げる。
「あの、母上、あの伝令鳥は――」
「小母さま、魔物の大軍が襲ってきたんじゃなかったの?」
想像したような何かがあったわけではなかったのか。
困惑する三人に、女王はふっと笑った。
「こちらへおいで。茶でも淹れるから、ゆっくり話そうじゃないか」
立ち上がり、くいくいと手招きをして奥へ引っ込む女王に、三人は黙ってついて行く。つまり、ここでは話せない何かがあるということか。
「端的に言って、城内に魔物が潜んでいるようなのだよ」
ロッサは思わず女王たる母の顔を凝視する。
ザールとカタリナも、唖然とした表情に変わる。
「でも、小母さま、そんなの魔法でちょいちょいって」
「ちょいちょいで暴けるならそうしているさ。だが、姿を変えた魔物を見つけ出すってのはそうもいかない」
肩をすくめる女王に、ザールもううむと唸る。
熟練した魔法使いなら、魔法がかかっているかどうかを見分けることはそれなりに可能だ。だが、「熟練した」という条件が付くとおり、魔法使いなら誰でもできるわけではない。それに、魔物の生来持つ能力までを完全に暴くことができるかと言われれば、少々疑問でもある。
何しろ、魔法を使わずに化ける魔物もいるからだ。
「じゃあ、俺たちにその魔物の調査をしろってこと?」
「違うよ。お前たちをそんなことに使うなんてもったいないじゃないか」
もったいないってなんだよと、ロッサの眉が寄る。
だが、それも当然だ。二つ目の勇者の試練も終えて相当な力を手に入れたというのに、そんなつまらないことをさせて飼い殺すなんて、実際もったいない以外に何と言えばいいのか。
「お前たちに、“真を暴く鏡”を取りに行ってもらいたいのだ」
「え、でも、あれは善き神々の神殿に奉納してあるんだろ? なら、別に俺たちじゃなくてもいいんじゃないのか?」
「それならよかったのだがな」
ロッサの指摘に、ほう、と女王が溜息を付く。
もちろん、女王はすでに神殿へと人を遣ったあとだった。
だが、使いが見つけたのは、魔物に蹂躙されて地獄のような場所と化した元“善き神々の神殿”跡地だったのだ。
「たしかに、スパイを出そうなんて知恵の回る魔物が、神殿をそのままにするはずがありませんね」
「じゃあ、あたしたちで神殿きれいにして鏡ゲットしてくればいいってこと?」
「そのとおり。神殿は魔物軍の拠点からあまり離れていない。そもそも、あの神殿を抑えることも、魔物軍の計画の内だったのだろう。
最初はお前たちに魔物軍を攪乱させてその隙に、と考えたのだが、報告にあった神殿の魔物はどう考えても国軍の兵の手に余る。そちらであまりに消耗してしまえば、この先の戦いを維持できなくなってしまうだろう。
だから、お前たちに神殿の浄化と鏡の入手を任せたい。できれば、魔物軍には気づかれないように」
できるだろう? とにっこり微笑む女王に、三人はううむと考え込む。
「――今わかっている限りの神殿内や魔物の情報はいただけるのですよね?」
「もちろんだ」
「強い魔物がいるなら、レベラゲにもなるよね」
「城内の魔物をそのままにしておくわけにもいかないし」
「では、すぐにでも手配しよう。おおっぴらにお前たちを送り出すわけにはいかぬから、裏からこっそりではあるがな」
話は決まった、と女王はさっそく用意してあった諸々の書類やら物資やらを会議卓に積み上げた。すでに準備万端整えていたらしい。
ザールは報告書の写しを取って、「さすが女王陛下」と苦笑した。
* * *
城を出たのは翌朝だった。
女王にかねてより依頼していた魔法書を受け取った、という体で、常と変わらない様子で朝食を共にした後、挨拶もそこそこに再び勇者としての旅に出る……と見せかけて、元神殿を目指す。
そういう段取りだ。
もっと念を入れるなら“高飛びの翼”でいったんどこかへ移動してから戻ったほうがよいけれど、それをやってしまえば数日よけいにかかってしまう。
だから「ここから港を経由して西大陸の北部を目指す」ということにもした。
元神殿は城のほぼ真南の海にある島にあるので、実際は船を出した後、そっちを目指すことになるのだが。
「善き神々の神殿って、創世の女神と、女神を支える三柱の神々を祀った神殿なんだよね? なんで魔物が入っちゃったんだろう」
「さあ……清めた結界に魔物が入れる隙なんてなさそうだけどな」
「瘴気が入ったのかもしれませんが、いずれにしろ不可解ですね」
海を眺めながら、三人で首をひねる。
今乗っている船は西大陸へ向かう定期船だ。女王から託された命令書を使って、その定期船の航路を目的地の島寄りに変えてもらったのだ。
ちなみに、船から島へ移る手段は先日手に入れたばかりの“ドラゴンの翼もどき”である。背に付けた翼でどのくらいの距離を滑空できるのかは確認済だ。島が近づいたら、この船のマストのてっぺんから島に向かって飛ぶのである。
本来、定期船から小舟を下ろして島へ渡るほうが確実だ。しかしそんなことすれば目立ってしまうだろう。元神殿に誰かが渡ったとバレバレではまずい。かといって小舟で港から島へ渡るには距離がありすぎる――と、なるべく目立たないように渡ろうと考えた結果、この方法になったのだ。
「おためしじゃなくて実践で飛ぶの、すっごく楽しみ!」
「うっかり曲がって海に落ちないよう、気をつけてください」
「登るのめんどくさいな」
船を島に近づけるのは遠浅の海岸がある側にしたから、最悪海に落ちてもなんとかなるだろう。なんとかなるはずだ。
念のため鎧等の重たい荷物は全部袋に入れて――入れるのは、今回、月影の国の宝物庫から持ち出した“底なし袋”である――万が一泳ぐことになっても大丈夫なように備えはした。
“底なし袋”は、女神の使徒サーリスの考案で作られた、「入れたものの嵩も重さもなくなる不思議な魔法の袋」である。
サーリス曰く、勇者には必須の袋なのだという。
“底なし”と名前についてはいるが、実のところ入れられる量は決まっている。だが、三人にとって有用なものなことに間違いない。何より不思議なことに、袋に入れた食料は傷まない。入れられるだけ入れておけばこの先食べ物の心配がなくなることが、何よりありがたい。
作るにあたっては空間とか異次元とかどうのこうのという魔法理論があるらしいが、難しい理論を理解できるのは国の最高峰の魔法使いになれる頭があればどうにか、らしい。
ザールなら理解できるのかもしれないが、もちろん、ロッサやカタリナにはよくわからない。
そうして数日の船上の旅の後、決めておいた場所に到着した三人は、マストの上から思い切りよく島めがけてダイブした。
幸い、風は弱い追い風寄りだ。これなら変な方向へ風に流されることもないだろう。船乗りたちに見守られつつ、想定と練習どおり島に向かって滑空していく。
「気持ちいー!」
カタリナが楽しそうに声を上げる。
島まではまだ距離がある。つい左右にふらふらしたくなるのをぐっと抑えて、ロッサは正面の島を見た。
元神殿があるのは大小並ぶ島の小さいほうだ。
心なしか不穏な空気を感じるけれど、それは「神殿が穢されてしまった」という前情報のせいだろうか。
――そして、実際、島に降りたってみたら、島全体がうっすらと瘴気に包まれていると感じたのだった。
「瘴気だまり、あるな」
「そうですね。溜まってるのは間違いなく元神殿でしょう」
「元神殿に、強い魔物がいるってことだよね!」
みなぎってきた! と、カタリナはさっそく武具を装備する。ロッサとザールも武具を身につけて、それから改めて袋の中を確認した。
万が一に備えて三ヶ月は食うに困らないだけの食料が詰め込んであるし、武具の手入れに必要な道具も入れた。
国のことを考えればなる早で鏡を見つけて戻らなければならないけれど、この様子じゃ一筋縄ではいかなさそうだ。
「いつものとおり、この近隣の魔物で調子を見ながら、鏡を納めたという神殿の宝物庫を目指しましょう」
「わかった。でもあまり目立たないように、だよな」
「あたしたちが来たってバレちゃいけないんだっけ?」
「完全にバレないのは難しいですよ。バレてもいいですが「倒せる」となめられる程度にいきましょう」
「それ、すっごく難しそう!」
「カタリナは鞘付きの剣使えばいいんじゃないか?」
「あ、そっか!」
「あとは拠点にできそうな場所も探さないといけませんね」
ひととおりの準備を終えた三人は、気負うことも無く、元神殿を目指して歩き始めた。
三章の1話目「序〜」の後書きにマップ掲載しました
マップだけで地名がないので「どこがどこかわかんねえよ!」ではありますが、今のところ地名入りがないもので、心眼とか電波受信とかで適当に解釈していただければと思います





