6.乗り掛かった船だから
なし崩しに仲間に引き入れたガリルーは、それからもいい仕事をしてくれた。
私たちは、基本、少ない手数による圧倒的大火力で叩き伏せるタイプの戦いをするチームである。そこに今回新たに加わったクラウドコントロールという力は、間違いなく私たちにとっての福音だ。
ガリルーさえいれば、訳のわからん数が相手でも、無駄な火力と消耗を抑えたうえに、勝利も危うからずなのだから。
そのガリルーが適当に掴んだ小枝で地面に描いた、ごくごく簡単で雑な地図を、全員で覗き込む。
「大陸の南へ行くほど、魔王軍の被害が大きいんですよ」
「えーと……前の魔王城がそのまま今の魔王城として再利用されてるんだっけ? 陸続きになってる場所が南大陸のせいで、南は魔物が多いんだよね」
私は魔王城の位置を指差した。
内海をぐるりと囲む北大陸と南大陸のうち、南大陸から迫り出した半島の先だが――半島というより陸橋で繋がった島と言ったほうがいいかもしれない。
前魔王の時は、その島全体が瘴気のバリアみたいなもので覆われていたが、今回の魔王にそこまでのパワーはないはずだ。
ゲームの勇者は、特別な何かもなく魔王城へ突っ込んでたはずだから。
たぶん。
ちなみに、内海の広さは最大で地中海程度、大陸の大きさはヨーロッパ大陸プラスアフリカ大陸の地中海沿岸部、くらいだろうか。
もっとも、測量なんてしたこともないから私の体感でしかないし、実は黒海くらいのちんまりとした面積かも知れないけれど。
「姫様が拐われて捕まってるから、まずは姫様確保が先決なんだよね……考えてみたら、私たちに潜入して救出ミッションとか、無茶すぎじゃない?」
「サーリスお得意の”行って殴る”では助け出せませんからね。
まずはカステルと私が囮になって魔王と戦ってるうちに、潜伏したサーリスが姫を探し出して共に脱出、というのが現実的かもしれませんよ」
カシェルが何を今さらという顔で、私の疑問を引き取った。
たしかにそのほうが現実的かもしれない。
もともと魔王はテル坊ひとりでも倒せるくらいの強さのはずだ。そこにゴリヒーラーのカシェルがついてれば、何の心配もない。
だがしかし。
「それじゃダメだってば! ちゃんとテル坊が姫を助けないと、ラブラブ姫抱っこ移動の上での『昨晩はお楽しみでしたね』が成立しなくなっちゃうじゃん!」
「は?」
カシェルの表情がたちまち剣呑なものに変わる。
「何か企んでると思ったら――」
「え、いやその、何も企んでないし」
「そのお楽しみとは、よもやゲスい意味での“お楽しみ”ではありませんよね?」
「そ、そんなんじゃなくって、ええと……」
どうにも挙動不審になる私に、カシェルの視線が刺さる。
ガリルーは「なんと」と目を丸くして、テル坊だけがひとり「お楽しみって宴会か何かですか?」と首を傾げた。
「だから、テル坊と姫様がラブラブファイヤーのあれやこれやで、えー……」
「僕が姫様とラブラブってなんでですか?」
「なんていうかお約束の展開で――」
「サーリスの妄想ですね」
「妄想じゃなくて、実際そういうイベントが――」
「サーリス、成人したてのカステルをあなたの妄想に巻き込まないでください」
「だって、運命だから仕方ないっていうか――」
「当人の意思抜きに運命などと、ふざけた妄想は今すぐここで捨てなさい」
「――はい」
頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げたままのテル坊をちらりと見て、それからおもしろがるような表情のガリルーに視線を移し、最後にカシェルを伺った私は、しょんぼりと項垂れた。
ゲーム発の鉄板ネタだったけれど、たしかに当人の目の前で口にするのは不謹慎か。でもなあ……テル坊の今後の進退もかかってるんだけどなあ。
仕方ない。
姉姫本人と実際会った時にフォーリンラブするのを期待するだけにしておこう。
「えーと、気を取り直して」
私は改めて地面の地図に目を落とす。
「たしか、ここいらに城壁の町があって、ここからそこに向かうには、この険しい山岳地帯を回避しなきゃならなくて――」
百年前は海沿いを無理やり突破していた覚えがある。
ドット絵マップと違ってリアルワールドなので、海岸線沿いをなんとか通れないこともなかったからだ。
「今回もそのルートかな。山越えはちょっと避けたいし」
「私も賛成ですね。山越えとなると、装備が心許ないですから」
私とカシェルの意見に、ガリルーが「それがですね」と困ったように眉尻を下げる。
「海沿いの魔物がかなり凶悪になっているそうなんですよ。このあたりの海岸は切り立った崖の多い地形でしょう? 足場の悪さもあって、応戦も厳しいかと」
「あー、そっかあ……そういやオリさんの時はそこまで海は警戒しなくてよかったから、パワーで無理やり通ったんだっけ?」
「そうですね。外海側はさほどでもありませんでしたし」
「僕がご先祖様と同じくらい強ければ、海岸沿いでも大丈夫なんですか?」
テル坊の言葉に、「そうじゃなくて」と私は首を振る。
魔物だけなら今のテル坊で問題ない。たとえイカ大王に襲われたって返り討ちの瞬殺をキメられるだろう。
だが、海岸沿いルートの足場の悪さがそれ以上に問題なのだ。
オリさんはあのゴリマッチョな身体で魔物相手に八艘飛びをキメちゃうような俊敏さを持つ、稀に見る逸材だった。
私とカシェルも、腐ってもエルフ族であるくらいには俊敏さに自信がある。襲われながら岩場をひょいひょい抜けるくらい楽勝だ。
だが、テル坊に、フル装備着たまま戦いつつあの岩場を抜けるのは少々荷が重いんじゃないか。ガリルーなんて言わずもがなだ。
「テル坊のパワーは十分だよ。
ただ、足場がね……空飛べたりしたらなんとかなるんだけど、ヘタ打つと殴られて吹っ飛ばされた先が崖っぷちで海の中一直線、て感じの場所が続くんだよね」
肩を竦める私に、テル坊ががっかりした顔になる。
テル坊にオリさん並のウェイトがあればそこまで吹っ飛ぶ心配はしないのだが。
「飛行系の魔物手懐けて飛べたら楽だろうなあ」
「たしかに。でも、魔物は人間に決して馴れませんからね……」
改めて、地面に描いた地図を突き回しながらああでもないこうでもないと、今後進むルートを話し合う。
そして正直言うと、オリさんの時にはくっきり覚えていたはずのゲームのフィールドマップも、百年経ってだいぶおぼろげだ。
おかげで、前回は自信を持って断言できてたのに、今回はそうでないことが多い。
「机上でうだうだしてても仕方ないか。外海側のルートで、なるべく足場のいいなだらかな場所探りつつ進もうか」
結局は出たとこ勝負ですか、というカシェルの呟きは、聞こえなかったことにした。
* * *
結論。
崖ごとき、我らの障害になどならなかった。
ガリルーの芸の多彩さを、私たちは舐めていた。
「うちの家系、旅が好きなもので、移動関連の呪歌がたくさん伝わってるんですよ」
そう言ってガリルーは笑いながら、足場の悪い場所でも普通に歩ける呪歌やらを惜しみなく駆使してくれたのだ。
それに乗って戦闘より逃亡と移動に重きを置いた結果、襲いくる魔物どもを難なく振り切って予定の半分くらいの日数で難所を抜けてしまったのだ。
吟遊詩人マジすごい。
ゲームじゃ範囲デバフくらいしか見てなかったけど、こんな小技をもっているなんて吟遊詩人侮がたし!
――けど、ゲームで移動関連の呪歌なんてあったっけか?
リメイクであれこれ職業やら新要素やらが追加されたりしてたので、この世界がどのバージョン準拠かによってもろもろ違うはずだけど……さすがに全部はやってないからわからないんだよなあ。
まあいいか。
ともかく、ガリルーの目指す竪琴があるとかいう城塞の町に着いた。
名前のとおり、立派な城壁に囲まれた見るからに防御重点なつくりで、ちょっとやそっとの襲撃なら難なく耐えられそうである。
町に入ってすぐ、竪琴の売り先である貴族家を訪ねてくるというガリルーと別れ、私たちはとりあえずの宿を取った。
彼ともここでお別れかと思うと、少々どころでなく残念である。
とにかく、彼の力はとても有用だったので。
――なんて考えてから一刻もしないうちに、真顔で慌てるガリルーが戻ってきた。「皆さんに相談があるんですよ!」などと言いながら。
「実は、この街に迫る脅威をどうにかしてくれたら竪琴を私に下賜してくれるって、この街の領主が言うんです!」
「え?」
「売り先の貴族の先代だか先々代だかの当主が領主殿に献納したらしく、領主殿には私が勇者ゴリラ殿のお供としてこの街に入ったと伝わっていたこともありまして、勇者殿が街の脅威を払ってくれるなら喜んで差し上げようとおっしゃるんですよ!
私としては、ここまで来て、あるとわかっていてこの手に竪琴を爪弾くこともできずに終わるなんてできません!
なので、勇者ゴリラたるカステル様にお願いします。どうか私と共に、街の脅威と戦ってください!」
立て板に水のように捲し立てるガリルーの言葉に、私やカシェルが口を挟む間も無くテル坊は「もちろんです!」と即答してしまった。
あれ、こんなイベントがあったようななかったような――?





