7.とにかく殴れば勝つわけじゃ
百年前、魔王により女神が封じられ、毎日のように魔物の襲撃を受けてゆるゆると滅びに向かうだけだった時代、その錬金術師は考えた。
次にまた何か魔王みたいなものが現れた時のために、この町と人々を守ってくれるような人造の魔物を作り上げようと。
そして、その錬金術師は何年もかけて願いどおりの魔物を作り上げた。
魔王に直接殴られでもしない限り壊れることもなく、がっつりしっかり町を守ってくれる頑丈で強いスーパーな人造魔物を作り上げたのだ。
寿命ギリギリ滑り込みセーフ、くらいのタイミングだったらしい。
いったい何をどうしたらそんなものが作れてしまうのかなんて知らない。
とにかく、世の中にはマッドなアルケミストやウィザードが少なからずいるものだし、そういう輩はひとりよがりにヤバイモノを錬成してしまうものなのだ。
「最初はうまくいってたらしいんですね」
領主から聞いてきたというガリルーに、私は溜息を吐きながら相づちを打つ。
そういえばたしかに、この町にオリさんと寄ったとき、そんな話を聞いたような記憶がほんのりとある。
気のせいかもしれないけど。
「ところが、今魔王が出現したあたりから、様子がおかしくなったと」
「そうなんですよ。人造といっても結局のところ魔物は魔物だったもので、すべての魔物の王である魔王にしか従わなくなったあげく町を襲い始めたと」
あ、これ間違いない。続編ゲームのイベントだ。
そこまで聞いて、私はようやく思い出す。
気のせいじゃない。うろ覚えの続編で、そんなイベント戦闘があった記憶がほんのりある。
あの魔物はなんだったっけ……えらく堅くて魔法が効きにくかったような。
いや、それより何より。
「――でもさ、それ強制終了コマンドついてないの? 無理矢理機能停止できる、安全装置」
「サーリス?」
「カシェルも覚えてない? 今後何があっても大丈夫なように、町の守りを強化するってイキってた、たしか錬金術師か魔術師がいたと思うんだけど」
「ああ……そういえば?」
オリさんの強さにえらく感動したその人物が、オリさんのような鬼の強さの町の守護がどうとか……で、その時、そんな守護装置が暴走とか絶対ないとは断言できない以上、いざというときの安全装置はつけとくべきだと言ったはずだ。
「強制的に機能停止できるなら、こんなことになってないと思いますよ。領主はそんな話してませんでしたし」
「なるほど……」
ガリルーの言葉に、面倒だからつけなかったのか、それとも安全装置なめてたのかと溜息を吐く。
こういう悲しい事故を防ぐための安全装置なのに、つけないとかあり得ない。
ヒヤリハットに備えてこそ、安全は守られるのに。
「ともかく、テル坊はどっちかっていうと物理特化だから魔法抵抗はどうでもいいんだけど……そんなに堅いのは困るなあ」
「これまでみたいに力押しとはいかなそうですね」
めんどくさいなあとカシェルを見ると、しょっぱい顔になっていた。
テル坊はやる気満々なようだ。
「とりあえず、堅実な攻略は情報収集からって爺ちゃんが言ってたし、その魔物の仕様書とか探してみようよ。作成者の研究室とかって残ってるんだよね?」
「そうですね。魔物がどんなものかわからないと対策も立てられません」
今回に限ってどうして慎重論なのかと、テル坊が不思議そうな顔になった。
「でも、殴り続ければ勝てるって、いつもサーリス師匠が――」
「殴り続けて大ダメージ与えれば、だよ。ダメージ入らなきゃこっちがじり貧になるじゃん」
「そんなあ――」
「だいたい、人造魔物って魔法と物理の耐性強化してるものなんだよ。その分ピンポイントなところに弱点があるんだけど、その弱点知らずに戦うとか愚の骨頂でしかないからね」
「とにかく殴れば勝つ理論で押すのかと思ってました。さすがエルフ族ですね」
感心しきりと頷くガリルーは、私にケンカでも売ってるのだろうか。
「サーリスは、この手の勝たなきゃならない魔物戦ではかなり周到に準備をするほうですよ。まあ、準備といってもだいたい“れべるあげ”ですが」
「――レベル差あれば与ダメは通って被ダメは通らなくなるものなの! レベルは正義なの!」
しかし、そのレベル上げだってやみくもにやったってしかたないのである。
情報を集めてから必要なレベルを割り出さねば、いつまでたってもレベル上げが終わらないのだから。
「その魔物には、ゴオレム、と名付けをしたそうです」
さっそく領主に会って詳しいことを、と訪ねて聞いた最初の言葉がそれだった。
どう考えても聞いたことのある名前である。
「なんでも、女神の使徒にして勇者の供たるエルフ族が天恵となるような知恵を与えてくれたので、それにちなんだ名付けにしたのだと」
「サーリス」
「もしかして、それ私か?」
そんな話したっけか? 覚えてない――些細すぎて覚えてない。
カシェルが「元凶はお前か」という顔で私を見ている。
「あっでもゴオレムがゴーレムなら、弱点の予想はできるね!」
「本当ですか?」
「私の知ってるゴーレムの逸話を参考に作ったっていうなら、身体のどこかに“emeth”って刻んであるはずだから、その頭の一文字を削れば止まるよ! やった! これで勝ち決定!」
「師匠、すごい!」
領主の表情がぱあっと明るくなる。
相手がゴーレムなら話が早い。錬金術とゴーレムの逸話なぞ、元ゲームオタクなら必修科目なのだ。知らないわけがない。
人間に作り出された無敵を誇る泥人形ゴーレム。しかし、その身体に刻まれた“真実”という言葉の頭一文字を削り取ってしまえばすなわち“死”という言葉に変わり、“死”を刻まれたゴーレムは滅びを迎える――そんな伝説だ。
よかった、これなら勝てる。むしろ楽勝だ。
パン、とハイタッチで笑顔になる私とテル坊に、領主が「さすがは伝説の女神の使徒様……!」といたく感激していた。
ガリルーもようやく竪琴が手に入るとにっこにこだった。
――カシェルはしょっぱい顔のままだったけど。
ともかく、私は領主からさらに魔物のことをあれこれと聞き出して、やはり相手は私の考える“ゴーレム”だと確信を深めたのだった。
ついでに、ゴーレムは七日に一度の頻度で町を襲撃するらしく、その襲撃に当たる日は明日だという。
ならば明日、迎え撃とう。
一文字削るのはやはりテル坊の役目だろうからと、私はテル坊にゴーレムの予備知識をがっつりとたたき込んだのだった。
――が。
「師匠! emethなんて文字、どこにもありません!」
「は? マジで? なんで?」
楽勝だと思ったゴーレム戦は、全然楽勝じゃなかった。
テル坊の剣が「刃こぼれしちゃう!」と悲鳴を上げるほどにゴーレムは堅く、私の魔法矢はもちろんカシェルの秘蹟もまったく通じない。
ガリルーが役に立たないのは言わずもがなだ。
「……どっ、どこかになんか書いてない? 印でもなんでもいいからさ!」
「探してみます!」
ダメージの通らなさに、さすがのテル坊も焦っているようだった。
剣はもちろん、『刃こぼれええええ!』と悲鳴を上げ続けている。刃こぼれなんてしていないのに。
「――おかしい。仕様書には、強制停止つけたって書いてあったのに」
そう、ゴオレムには作成にあたっての仕様書だって残されていた。
もちろん、肝心の作成方法についてはふんわりぼかされていて、仕様書としてはあまり使えないものだ。だが、つけられた機能やらスペックやらを伺うには、十分な仕様書ではあった。
強制停止の機能については、目立たない端っこに、めちゃくちゃ小さい字でちょろっと書いてあっただけだけど。
「私の話で強制停止つけたっていうなら、emeth刻むでしょ。そういうもんでしょ。元ネタの古典に則って作るのがスジってものでしょ」
岩をも砕くゴオレムパンチをどうにか邪魔しながら、私はぶつぶつと文句をたれる。さすがマッドな錬金術師だけあって、先人へのリスペクトがまるで足りてない。
テル坊は防戦に徹しながらゴオレムの本体を必死に観察している。
あの、一撃で城壁を崩すほどのゴオレムパンチを受け流して平気でいられるのだから、テル坊も立派なゴリラに育ったものだなと少し感慨深い。
「師匠、なんかありました! でも意味わかりません! 読めない文字がふたつですけど――これ一文字削ればいいんですか!?」
「待った! 文字数足りないから今回は撤退まで耐えるに作戦変更!」
「了解です!」
二文字? なんで?
emethなら五文字なのに、何と書いてあるのか。
確かめに行きたいが、さすがの私でも接近戦でゴオレムパンチを凌ぐのは厳しい。うっかり一撃食らったら、骨まで粉砕されてしまうだろう。
エルフの身体は繊細で脆弱なのである。
テル坊が読めないというなら仕方ない、今回は、おそらく仕様通りに強制停止が付いていたとわかっただけでヨシとしよう。
そしてどうにかゴオレム撤退まで凌ぎきり、疲労困憊のテル坊が棒きれで地面に書いてくれたのは、どう見ても……
「書いてあったのはこういう文字でした」
「は? タヒ?」
「たひ、って読むんですか? 形も師匠が言ってたのと違うんですけど、この頭文字を削ればいいですか?」
どう見てもカタカナで“タヒ”である。意味がわからない。
ぐったりと座り込んだカシェルが、「たひってなんですか。サーリスは知ってるんですか」と私を見る。
ちなみに、体力の限界を迎えたガリルーはそばに転がって夢の住人だ。
「これじゃどっち削っても意味ないじゃん……emethは頭文字削るとmethになるから意味があるってのに……」
「どうしたら倒せますか?」
『アレ、ちょっと堅すぎね。この子の力でガンガン行こうぜなんてされたら、さすがのアタシでも折れるわよ?』
「だよねえ」
ゴオレムの身体は神の鉄製だと仕様書にはあった。
テル坊の剣もオリハルコン製である。つまり、あれと戦うならテル坊の剣でなければ無理だ。普通の鋼では傷も付かないだろう。
ダイヤモンドをカットできるのはダイヤモンドだけ理論である。
だが、本気の力でぶつかりあって壊れるのがゴオレムかどうかは五分五分……いや、質量が違い過ぎて、こちらの分が悪すぎる。
「まさか……詰んだのか……タヒとかイミフなこと書かれても困るっていうかさ……あ、いや、待って、タヒ?」
ふと閃いて顔を上げる私を、テル坊が不思議そうに見上げた。
テル坊が地面に書いた“タヒ”の二文字を見つめて、まさかなと思いつつ、私は一画付け足した。
なんでこの世界の錬金術師がネットスラングなんか知ってるんだよ。
「足すんだわ、これ」
「足すんですか? 横棒足すと何か変わるんですか?」
テル坊とカシェルが訝しげな顔で私を見る。
私だって今ひとつ信じがたい。だが、これに賭けるしかないだろう。
「ここに横棒足すと、“死”って意味の文字に変わるんだわ」
「死? 師匠が言ってたmethですか?」
「そう……っていうか、まさかネットスラング採用するとか思わないじゃん」
「ねっとすらんぐ? またサーリスの前世の話ですか?」
「そう――よりによってネットスラングだよ!? なんでそんなの採用してんの! なんなのマッドアルケミストって、ほんっとなんなの!」
一画書き添えたその横を棒でざくざく刺しながら、マッドな錬金術師への呪詛を垂れ流す横で、カシェルとテル坊が顔を見合わせる。
ともかく、これで強制停止の仕組みはわかった……と思う。
違っていたら、海にでも誘導して沈めるしかなさそうだ。
「テル坊、次回の襲撃の時は、今私がしたように、ゴオレムに傷をつけて。
タヒの二文字の上、両方にかかるように長すぎず短すぎない直線を一本。それでいけるはずだから」
「わかりました、やってみます」
「援護はするから……たぶん削るより足すほうが難しいと思うけど、がんばって」
タヒの上に横線一本。つまり、「死」という漢字の完成である。
本当にマジなのか。全然記憶にないけれど、おそらくは私がネットスラングの例としてそんな話をしたってことなんだろう。
だからってなんでそんなの採用しようと思ったんだ、本当に。
マッドアルケミスト、頭おかしい。





