こぼれ話 仕返し陛下と酒やけ皇妃
ハロウィンの次の日。
陛下が残念な感じなのはいつものことですね。(にこっ)
楽しい楽しい一夜を過ごし、色々と新たな扉を開いてしまった甘党陛下は「さて、どうしたものか」と目の前にある物を見ながら考えている。
酒やけ皇妃が黒猫に扮した昨夜のこと、陛下にも用意した衣装があると皇妃は言っていたが、結局それを着ることは無く、
――悪戯とは何をどのようにしてくれるのか。
――酒はやらんから存分にしてみせろ。
とかなんとか言って「思ってたのと違う!」と悲鳴を上げた皇妃のことをにゃあにゃあと鳴かせて猫かわいがりした陛下であった。
いやあ、充実した夜だった。などと感慨に耽りながら、陛下の思考は冒頭へと戻る。
目の前の衣装。さてこれでどうにか遊べないものだろうか。
“こすぷれ”という新たな扉を開いてしまった陛下はそれはそれは愉快そうに笑みを深めるのを、宰相は気味悪げに「…執務室にそんなものを持ち込むな」と小声で呟いた。
***
ううう、と項垂れている皇妃は昨夜の失敗がどこであったかをずっと考えていた。
間違いなんて無かったはずだ。
『お菓子をくれないと悪戯するぞ』は祭の決め台詞であり、言われた者は素直に要求を飲むのが当たり前。暗黙の了解というやつだ。
それをまさか、悪戯を求められるなんて誰が思いつくものか!
そもそもそんな文化が無い国に生まれた陛下にその暗黙の了解を求める方が酷というものだが、今の皇妃にはそのことについて頭は回らなかった。
ごろんごろんと羞恥でのた打ち回る皇妃を無視し、せっせと部屋の片づけをしている侍女ライハは「そういえば」とつい今思い出しましたと言わんばかりの口調で皇妃に告げた。
「陛下があのお衣裳を持って行かれましたよ」
「え!?」
「大層ご満悦な表情でいらっしゃいましたので、今宵もさぞや…」
「らららライハ!?どうして止めなかったの!!」
「私如きが陛下をお止め出来るとお思いですか」
「それはっ、そうだけどっ」
しれっと言う侍女に反論したいところだが、一介の侍女に陛下が止められるはずもなく、ただただ顔を真っ赤に染めることしか出来なかった。
「お気をしっかりお持ち下さい。ご自分で始めたことなのですから最後まできちっとやり通すのが筋と言うものでしょう」
けど!とか、でも!などと往生際の悪い皇妃に溜息を吐いて、今日もお食事はお部屋で良いかしら、などと考える侍女なのであった。
***
「一体何事だ」
ベッドの上にこんもりと出来た山。その中身はふるふると震える子兎のような皇妃というのは分かっている。
―――猫の次は兎か…それも良いな、なんて考えて緩む陛下の顔を皇妃が見なくて正解だったかもしれない。
「具合が悪いか」
そう聞いてみれば、「…そうなんです」というか細い返事が聞こえてくる。
余程昨夜の仕打ちが堪えたのだろうと、陛下は笑いを噛み殺しそっとベッドの縁に腰を下ろした。
「そうか、昨夜は無理をさせたからな。すまなかった」
皇妃の身体が強張ったのが陛下にも伝わり、尚も込み上げる笑いを堪えるのに必死だった。
「昨日は楽しい夜だった。お返しに色々と考えているところなんだが」
「…いえいえ滅相も無い!気にしないで!」
「そうか?」
―――残念だな。
到底残念そうに聞こえない声音で言う陛下に、皇妃はぎゅっと手のひらに隠している物を握り締めた。
「まあ、それは一旦置いておく。食事も出来なさそうか?」
一旦と言わず忘れて欲しい、と皇妃は口には出さず、「…今日は遠慮させて頂きたいです」と言った。
「分かった。暫く休んでいると良い」
掛布団越しに撫でられてすぐ、陛下が立ち上がった。そして寝室を出て行く気配を感じ、皇妃はそっと息を吐いたのだった。
頭を撫でられている気配に気づき、皇妃が目を覚ます。
ぼんやりとした眼差しは宙を彷徨い、ゆっくり瞬きを繰り返した。
「起きたか」
頭を撫でている手の持ち主がそう声を掛けると、皇妃は「まだ眠い…」と呟いた。
大きな手のひらで撫でられるのは心地よく、瞼を閉じて自らもその手に擦り寄った。
「こうしていると本当に猫のようだな。ここを撫でたら喉を鳴らしそうだ」
頭から顎へと手が移動し、擽る様に顎下を撫でる。羽根のような微細な感触に皇妃は肩を竦め、逃れるように身を捩った。
「くすぐったい…」
「昨日お前もやってくれただろう」
そのお返しだ、と眠気が抜けきらない身体で逃げを打とうとする皇妃の身体を柔らかく封じ、覆い被さる。
抵抗も弱弱しい皇妃が「あれ、何かおかしい…」と気付き始める前に、耳元でこう、囁いた。
「お菓子か悪戯か」
……ん?
漸くここで覚醒した皇妃は自分の上に居る存在を見上げた。
「お早う、お姫様」
「お、はよ……って………っ!!」
昨夜の己と同様に大きく目を見開いた皇妃に、陛下は満足げに笑った。
皇妃の目の前に居たのは、彼女の夫である陛下に間違いは無いのであるが、如何せんその姿が違うのである。
いや、明確に違うということは無いかもしれない。むしろほとんど普段通りであるはずなのだが、身に着けている物がいつもと違うだけでこうも印象ががらりと変わるものなのかと皇妃は眩暈さえ感じた。
「リューディア。お菓子か悪戯か、選べ」
再度問われるその言葉。
あ、これは全部分かってるわ。この後の展開も読めるわ、と冷や汗をだらだらとかく皇妃。
血の滴るような笑顔、と言ったらその衣裳を用意した張本人としてはしてやったり!と得意げにもなろうが、その唇から覗く鋭い牙を向けられて、正に獲物になってしまっているのは自分な訳で。もう少し違うのを選べば良かった、シーツお化けにしておけば良かった、などと後悔しても既に遅く。哀れな獲物は二つに一つの答えを迫られている。
しかし、ここで諦めるつもりは皇妃には毛頭ない。陛下が衣装を持って行ったと聞いてすぐにぴんと来ていたのだから。
彼は必ず仕返しに同じことをするだろう。彼のことだから収穫祭のことを調べ、本来の用途で迫ってくるはずだ。甘党の彼が元の台詞を使わないはずが無い。甘い物を普段持ち歩かない私は悪戯一択になってしまうことは明白だった。
だが残念ね。皇妃は心の内で不敵に笑う。
すでに先回りして用意してあるのよ!と布団の下で眠る前まで確かに握っていたある物を探す。…探る。ぽんぽん。あら、無いわね。どこ行ったのかしら…。
「お探しの物はこれかな」
目の前に差し出されたのは小瓶。それは今しがた布団の下で必死に探していた、悪戯避けのお守り(蜂蜜)だった。
「な、なな、なん」
「“何で”とは心外だな。眠っているのにこんなものを握り締めているから邪魔だろうと思っただけだ」
零れると厄介だろう。と言いながらゆらゆらと小瓶を揺らす陛下の指先を目で追いつつ、皇妃は混乱する頭で懇願した。
「かか、か、かえし」
「返してやりたいのは山々だが、まだ答えを聞いてないぞ?」
すっと身を起こし、尊大な態度で皇妃を見下ろすその姿はお伽話に出てくる吸血鬼そのものだ。
古風な真っ黒いマントを身に着け、これまた古風な装飾が施されたブラウスを優雅に着こなし、薄い唇からは仮装用の付け牙が覗いている。
真っすぐに見下ろされている目は眇められ、またその視線は首筋に当てられているとさえ感じてしまうのは、これほど吸血鬼が似合うとは思っていなかったからか。というか今日は休ませてくれるんじゃなかったの…!?
「さあ、リューディア。選べ」
―――お菓子か、悪戯か。
選べも何も、皇妃に許された選択肢は一つしか無かった―――。
こすぷれに目覚めてしまった陛下……!!
開けちゃいけない扉、開けてしまったようです。残念です。主に私の脳内が残念です。陛下ごめんね!(もう何度陛下に謝ったことだろうか)
この後の展開は、もう、はちみつぷれいしか思い浮かびませんね!はちみつはお菓子じゃないけど気にしない方向で!
くびすじにはちみつたらしてがぶーっとかみついたらいいじゃないですか。きれいになめまわしたらいいです。
…おや、だれかき(ry
久しぶりの更新ではっちゃけましてすみませんとても楽しかったです。
最後までお読み頂きましてありがとうございました!