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勇者と魔王、温泉に行く。  作者: 芳Hacca
第四話 勇者と魔王、合流。
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エピローグ 勇者と魔王 日常に戻る

月曜の朝、勇者はいつもの作業着でオフィスへ入った。


仕事用の鞄と、温泉まんじゅうの入った紙袋を持っている。


自分の席まで行く前に、魔法使いが顔を上げた。


「おはようございます。不在中の報告、まとめてあります」


「ありがとう。これ、土産」


紙袋を差し出すと、魔法使いは中をのぞいた。


「ちゃんと草津へ行ってきたんですね」


「どこへ行ったと思ってたの?」


「途中で現場へ寄っていないかと」


「寄ってないよ」


勇者は鞄を机へ置いた。


金曜の朝には持たなかった重さが、いつもの場所へ収まる。


魔法使いはまんじゅうの箱を共用の卓へ置き、代わりに書類を持ってきた。勇者がPCを開くと、戦士と僧侶も席のそばへ集まる。


「人員配置は、こちらです」


戦士が一枚の表を広げた。


「応援は一個小隊にしました。もう一隊は帰還が遅れる予定だったので、先方と調整してます」


勇者は日付と部隊名を目で追った。


「装備は?」


「確認済みです。足りない分は先方で用意できると」


「うん。これなら大丈夫だな」


戦士の肩が、少しだけ上がった。


魔法使いがその横から、別の書類を重ねる。


「補給の変更はこちらで処理しました。確認していただきたいのは、来週分の配分です」


僧侶からは、勤務を調整した者と、引き続き様子を見る者の報告があった。


勇者は名前へ印をつけ、午後に一人と話す時間を決めた。


大きな問題は起きていなかった。


引き継ぎ書の余白には、三人がそれぞれ対応した日付と結果が書き込まれている。自分の知らない金曜が、そこではきちんと終わっていた。


勇者は最後のページを閉じた。


「助かった。ありがとう」


「次も休めそうですね」


僧侶が言った。


「次の予定は、まだないけど」


「予定がないうちに入れておくんです」


返事を考えていると、部下が資料を持って近づいてきた。


「すみません。こちらの確認をお願いできますか」


「どこまで進んだ?」


「比較までは終わりました。二案で迷っていて」


勇者は差し出された資料へ目を落とした。


二つの欄を見比べ、片方を指す。


「こっちの条件を一つ確認してから決めよう。先方の返事は来てる?」


「まだです」


「じゃあ、そこを聞いておいて」


部下が戻っていく。


入れ替わりに、会議室の方から声がした。


「朝の会議、始めます」


勇者は画面に開いたままの予定表を見た。


最初の枠が、もう始まる時刻になっていた。


「まんじゅう、皆で食べて」


そう言い残し、会議資料を持って立ち上がる。


自分の分を取るのは、あとにした。


*


魔王が会議室へ入ると、ドラゴンはすでに席についていた。


卓上へ置いた温泉まんじゅうの箱を見て、片方の眉が上がる。


「現地確認の成果か」


「土産だ」


「温泉はどうだった」


「よかった」


答えてから、魔王は資料を机へ置いた。


否定する理由も、もうなかった。


ドラゴンが笑い、箱の蓋を開けた。


「それは何よりだ。こっちも大きな問題はない」


現場の状況が順に報告される。


調整の済んだ拠点。返答を待っている加盟勢力。今週中に確認すべき人員の配置。


魔女は各部隊から上がった報告を揃え、未処理のものだけを魔王の手元へ寄せた。


「この二件は、先方の条件が変わっています」


「分かった。今日の調整会議に入れる」


魔王は該当する箇所へ書き込んだ。


死神が端末をこちらへ向ける。


「補給については、こちらです。金曜の変更分は反映してあります」


「再調整案への返答は?」


「本社から追加資料の依頼が来ています」


「提出済みの資料では足りないのか」


「様式が違うそうです」


魔王は画面を見た。


必要な数字は、すべて前の資料に載っていた。


入れる枠だけが違う。


ドラゴンがまんじゅうの包みを開いた。


「戻ってきた感じがするだろう」


「十分にな」


報告が終わる前に、入口で部下が二人待ち始めた。


一人は判断待ちの資料を持ち、もう一人は次の会議の接続先を確かめに来ている。


魔王は時計を見た。


まだ午前中だった。


*


その日の夕方、勇者が席へ戻ると、机の端にまんじゅうが一つ置いてあった。


包みの下に、小さな紙が挟んである。


『あなたの分です』


魔法使いの字だった。


勇者は椅子へ座り、包みを開いた。


甘い餡を飲み込む前に、端末が鳴る。


次の会議は、開始が十五分遅れるという。


勇者はその十五分で、朝から開けていなかった報告書を一つ読んだ。


翌日も、朝は会議から始まった。


廊下で部下に呼び止められ、昼前に別の会議へ入り、午後は進捗を確認する。夕方の打ち合わせが終わると、その結果を説明するための資料を直した。


窓の外が暗くなってから、ようやく自分の資料を開く。


時計を見て、勇者は一度だけ手を止めた。


――どうやるかは、考えてるんだよな。


旅館の座卓で、自分が言った言葉だった。


画面の上には、明日までに提出する資料の名前がある。


勇者は椅子へ座り直し、続きの一行を打った。


*


魔王の予定表も、日付だけが変わっていった。


朝の報告を上へ伝え、戻ってきた確認事項を現場へ返す。返事を待つ間に別の会議へ入り、出てくる頃には新しい返事が届いている。


ようやく最後の会議が終わると、机には朝から置いてある資料が残っていた。


温泉まんじゅうの空箱は、もう片づけられていた。


数日後の朝、魔王が会議用の資料を揃えていると、魔女が鞄を持って席の前へ来た。


「新潟へ出張に行ってきます」


魔王は顔を上げた。


「例の案件か」


「はい。現地で動きます」


魔女は端末へ予定を表示した。


移動と現地対応の時間が、隙間なく並んでいる。


「現地との連絡は?」


「済んでいます。先方の準備も確認しました」


「こっちの案件は」


「引き継いであります。確認先も一覧にして置きました」


魔王は予定を確かめ、端末を返した。


「分かった。変更があれば連絡してくれ」


「承知しました」


魔女は眼鏡を直し、鞄を持ち直した。


そのまま迷いなく出口へ向かう。


魔王は彼女を見送ってから、自分の資料へ目を戻した。


こちらには、朝の会議が待っていた。


*


勇者が昼前の会議を終えたところへ、魔法使いが入ってきた。


閉じかけていた資料を、勇者はもう一度机へ置いた。


彼女は端末を手にしている。


「新潟から報告です。魔女が奇襲に来ています」


「魔女?」


「以前、新潟へ来た相手です」


資料の端を揃えていた手が止まった。


草津の食卓が浮かんだ。


冷酒の入った杯と、何でもないことのように料理を食べていた魔王。


――俺と同じ職場にいるぞ。魔女として。


細身の眼鏡。


話す時に、少しだけ首を傾ける後輩。


「勇者?」


魔法使いに呼ばれ、顔を上げた。


彼女が端末を机へ置く。


現地から届いた報告を読み、勇者は現在の配置と対応状況を確かめた。魔法使いは隣で補足し、最後に午後の予定を開いた。


「現地対応の担当を、これから――」


「俺が迎撃に行く」


魔法使いの指が止まった。


「あなたがですか?」


「ああ。今回は俺が行く」


勇者は報告を自分の端末へ送り、開いていた会議資料を閉じた。


魔法使いはまだ、こちらを見ている。


「午後の会議は?」


「俺の報告分はまとめてある。先に共有する。調整が必要なところも、出る前に確認していく」


「……分かりました。現地へ伝えます」


魔法使いが端末へ入力する間に、勇者は立ち上がった。


仕事鞄を持ち、上着へ腕を通す。


会議室のガラスに映った自分が目に入った。


勇者は一度だけ、襟元を直した。


「ずいぶん決断が早いですね、今回は」


魔法使いが顔を上げる。


「奇襲だからな」


勇者は真顔で答え、会議室の扉を開けた。


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