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勇者と魔王、温泉に行く。  作者: 芳Hacca
第四話 勇者と魔王、合流。
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第一話 勇者から魔王へLINE

北の大地から南を目指す勇者軍と、南の果てから北へ勢力を広げる魔王軍。


二つの陣営は、列島の中央で長く拮抗していた。


勇者軍が新たな地へ旗を立てれば、魔王軍も別の地で勢力を伸ばす。どちらかが優位に立ったかと思えば、ほどなく均衡は押し戻された。


勇者は北から人々を率いていた。


魔王は南から魔族たちを率いていた。


人々は二人を宿敵と呼んだ。


互いの名を知らぬ者はいない。いつかどちらかが相手を討ち、長い争いに決着をつけるのだろうと、多くの者がそう信じていた。

その日の業務が片づいたのは、日付が変わる少し前だった。


勇者は人のまばらになったオフィスで、一人、椅子の背にもたれた。


机の上には確認済みの報告書が三つ。未確認が七つ。明日の会議資料が一つ。右端に置いた確認中資料には、赤字の修正が増えすぎて、もはや修正なのか作り直しなのか分からなくなっている。


オフィスにはまだ数人が残っている。


皆黙々とPCに向かい、淡々と作業を続けている。勇者だけが特別に遅いわけではない。


それが、いちばんよくない。


勇者は机の端に伏せていたスマートフォンを手に取った。


三十代も半ばになれば、長い間連絡を取っていない友人も増える。

半年ぶりならまだ近い。一年ぶりでも、まあ珍しくはない。


しかし、これから連絡しようとしている相手とは、十年以上まともに話していなかった。


連絡先の一覧を遡る。


大学時代の同級生。もう何の集まりで知り合ったのかは思い出せないグループ。その中に、妙に簡素な名前が残っている。


『魔王』


大学時代からそう登録していたわけではない。


彼が魔王になったと知った日に、勇者が面白半分で書き換えたのだ。


トーク画面を開く。


最後のやり取りは、大学を卒業しお互いが社会人になって数か月目で終わっていた。


『落ち着いたら、温泉でも行こうぜ』


『草津な』


『なんで草津指定なんだよ』


『有名だから』


『雑だな』


そこで会話は終わっている。


社会人になってしばらくしたら。


仕事を覚えて、生活が落ち着いて、有休を気軽に取れるようになったら。


当時は、それが二、三年後くらいに来るものだと思っていた。


勇者は入力欄を開いた。


『久しぶり。元気か。』


一度そう打って、消した。


元気なわけがない気がした。勇者軍と魔王軍が互いに勢力圏を競い合っている今、相手も自分と似たような立場なら、元気で暇にしているはずがない。


『お疲れ様。』


これも違う。


十年以上ぶりの友人に送るには、あまりにも仕事の連絡じみている。


結局、勇者は前置きを全部やめた。


『来週、空いてる?』


送信。


時刻は二十三時四十八分。まともな社会人へ送る時間ではない。


もっとも、この時間に返信が来るなら、相手もまともな働き方はしていないことになる。


既読は、十秒でついた。


しかし返事は来なかった。


勇者は画面を見つめた。


さすがに唐突すぎたか。


そもそも最後の連絡から十年以上だ。互いの近況は、本人からではなく組織の発表や報道で知っている。勇者と魔王。現在の二人を並べれば、旧友より先に競合組織の現場責任者という関係が出てくる。


三分後、短い返信が届いた。


『……久しぶり』


勇者は少しだけ笑った。


『久しぶり』


今さら挨拶を返すと、またしばらく表示が止まった。


『来週、空いてる?』


『何日』


勇者は日付を打った。


来週末の、平日を含む三日間。半年前から休暇予定表へ仮入力し、忙しくなるたび何度も後ろへずらしてきた日程だった。


『何で?』


『草津』


今度はすぐに返事が来た。


『まだ覚えてたのか』


『お前も覚えてるじゃん』


入力中を示す表示が出て、消える。もう一度出て、また消えた。


勇者はその間に、未確認の報告書へ目を落とした。


行けるだろうか。


休暇の三日前に問題が起きるかもしれない。前日には上層部から追加指示が来るかもしれない。当日の朝、部下から判断を求められる可能性だってある。


考え始めれば、休めない理由はいくらでも出てくる。


だから十年以上、行かなかったのだ。


スマートフォンが震えた。


『調整する』


『休めんの?』


『出張にする』


『旅行だろ』


『関東方面の現場確認だ』


勇者は吹き出した。


オフィスに、自分の笑い声が静かに響く。


『それ通るの?』


『通す』


学生の頃から、こういうところは変わっていない。


無茶を言っているようで、最後には本当に形にする。たぶん今回も、旅程のどこかへ実際の現場確認を組み込み、誰にも嘘とは言わせない申請書を作るのだろう。


『じゃ、長野原草津口駅で』


『了解』


『あと俺は有休だから、仕事の話振られても知らんぞ』


少し間があった。


『お前も休めるならな』


勇者は返事を打たず、机の上を見た。


未確認の報告書が七つ。会議資料が一つ。赤字だらけの引き継ぎ候補一覧。


まずは、この机から三日分の仕事をどかさなければならない。


勇者と魔王は大学時代の同級生だった。


卒業後、勇者は人類側組織へ、魔王は魔族側組織へ就職した。二人とも最初から今の肩書を持っていたわけではない。


勇者は一人の現場要員として剣を振るい、判断を覚え、小さな部隊を任された。危機が起きれば対応し、上層部の無茶な要求を現場で実行できる形へ組み直し、部下をなるべく欠けさせずに成果を積み重ねた。


その結果、通常より早く役職を上げられ、気づけば広い地域と複数の部隊を預かる『勇者』になっていた。


魔王も同じだった。


彼は各地の魔族勢力をまとめ、地方ごとに異なる事情を調整し、本社の要求と現場の都合をどうにか両立させ続けた。その手腕を買われ、三十代半ばで『魔王』へ抜擢された。


二人とも、出世した。


そして二人とも、組織の狭間から動けなくなった。


大学卒業から十年以上。


かつての約束を果たすには、友人へLINEを一通送るだけでは足りない。


勇者には有給申請が、魔王には出張申請が必要だった。

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