8 エレノア、追い詰められキレる
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王城奥の禁書庫。
レイナルド殿下の私室から、何回も廊下を曲がって、螺旋階段を登った先まで歩かされ、エレノアの身体はバテかけてる。
ほんとに貴族令嬢って軟弱ね。なんとか鍛えたい。
「エレノア、ここが禁書庫だ」
そうなんだ。禁書庫って、凄い本が保管されていて限られた人しか入れない場所ね。
凛子だった時も、会社でも閲覧権限とか、セキュリティカードで行動範囲も決まっていたわね。
さすがに奥まった場所、遠くて山登りくらいきつかった。
「エレノア、ここに手を当ててじっとして」
扉に手を置くと、殿下が私の手を上から包み込むように手を置くから、一瞬ビクッとしてしまった。
「動くな」
そんな近い、なんか壁ドンみたいになってる。
この人、むやみやたらに顔が良いから、なんとも思ってなくても、ドキってするんだもん。
ましてや、エスコート以外は触れたことなんてなかったはず。
殿下が手にした鍵を当てると、音もなくスッと扉が開いた。
「おぉ〜すごい」
「何を驚いている。粉々の魔石を元通りにするあなたが」
しまった、声を出してしまった。
それに、それとこれとは違うでしょ?
ってか、扉は開いたんだから手を離して。
殿下について中に入ると、タタタタッと灯りがついていく。
もしかして人感センサー?まさかね。
少し埃っぽい匂いがした。
そして一番奥の本棚へ。
そこには分厚い本が乗った小ぶりな机と椅子があった。殿下がそこに座るように促す。
大人しく椅子に座ると殿下は書棚に軽くもたれて腕を組んだ。
「エレノア、お前が意識を失う前にしていたことは覚えているか」
「ええ、壊れた魔石を元通りにしましたわ」
今日こそ、ドヤ顔よ!
「あの祈りも?」
「もちろんですわ」
「最後の言葉は」
最後の言葉?
「最後の祈りの言葉は『私の心をお渡しします』ですが」
「よろしい。ではこの本を、栞のところから熟読するように、読めたら声をかけてくれ」
ものすごく古い革張りの表紙。イギリスのなんとかポッターに出てくる魔術書みたい。
とりあえず読み始める。
そして、読み進めるうちに、何かが変だと思い始めた。
え?どういうことなの?
私がエレノアの記憶から知り得た内容と少し違う気がする。
聖女の祈りで生涯に一回しか使えない祈りがある。
ふんふん、で、いつ使うの?
え?
でも脳裏に一瞬浮かんだあの記憶は、文書の記憶じゃなくて、エレノアが誰かに向かって祈っていたはず。
見間違えたのかな?いや彼女の前に誰かいた。
ええっ?何これ、そんなのあり得ない。
あれは祈りの言葉ではない?
額に汗が滲んでくる。どうしよう。足から力が抜けてくる。
どうしよう。殿下はご存知なのよね?
凛子、考えるのよ。
「読めたか?」
「……ええ」
「どうした歯切れが悪いな、さっきまで意気揚々と返事をしていたように感じたが」
殿下が、私の座っている椅子の背もたれを片手で掴んで私と視線を合わせた。
透き通るサファイア色の瞳、待って、近い!
「エレノア、何と書いてあった」
これは、正直に言うしかないけど、知らないものは知らないし。
「私の知っている祈りと違います」
「違う?母上から妃教育で聞いているはずだが」
「殿下、私、その記憶がないのです」
殿下の視線を外せない。
「では何故、この前は祈ることができた?」
「魔石の修復のために、状態異常を治す祈りを使ったつもりだったのです。その祈りの言葉自体の記憶はありましたが、それをどこで覚えたかわかりません」
「ずいぶんと都合のいい言い訳だな」
ダメだわ、疑われてる。どう言えば。
「私が嘘をついていると?」
「言葉は信じないといったであろう」
「だから、目の前で魔石を元に戻しました」
「それは信じる、では、心を渡してくれたのは、言葉だけか」
「っ!」
それを聞く?だってこの本に書いてあるから知ってるんでしょう?
性格悪っ!
「それは言葉だけか、何度も言わせるな」
「殿下こそ、そうやって、言葉遊びをしておられます」
「言葉遊び?お前は私の婚約者、いずれ私の妃になる、その私に何と言った!責任を取れるのか、言葉だけでは信じない」
「私は、あの祈りをこの前、初めて使いました。だからこそ魔石が元に戻りました、それではダメなのですか」
しつこいな!
何をそんなにムキになってるのよ?
「魔石の話は終わった。そのあとの話をしている」
「あの言葉も、初めて言いました」
「私は、お前から四日前に初めて聞いた」
「ならば、一回ではないですか」
そこで殿下の視線が冷たくなった。
「私に一回、兄上に一回ではないのか」
何を言ってるの?
「は?王太子殿下のお名前が、何故ここで出てくるのですか」
「お前は、二年前にあの祈りと言葉を、兄上に伝えたではないか」
「???」
私の頭の中では解決できない。
「言葉も出ないか」
「何を仰っておられるのですか、後にも先にも祈ったのは、レイナルド殿下だけです」
「母上にも兄上にも聞いた」
じゃあ、もしかして、あの記憶は、エレノアが本当に祈った情景だったの。何やってるのエレノアっ!
「あれはエレノアが……」
「お前が、エレノアだ」
「そうですが、今の私はリンコです」
「何を言っている」
そうよ、何を言ってるの、凛子。
ああもう無理!
「いい加減にして!私だって知らないことばっかりなのよ、エレノアは軟弱だし、あなたは意味わかんないし、そんなに私が嫌ならほっといて」
私は怒り満載で殿下を睨みつけ、今度は思いっきり殿下の胸を押した。
殿下が一瞬怯んだ隙に、椅子と殿下の間をすり抜ける。
「エレノア、待てっ」
「もう我慢ならない。そんなに気に入らないなら、放っておいてよ。婚約もやめて。どうせ男なんて、みんな後から裏切るのよ。でも私は絶対に裏切らない。王太子殿下には絶対に言ってない。あなたみたいな男、大っ嫌い!」
私は書棚の間を抜けて、さっきの扉まで走り、押す。
開かない。
もう!どいつもこいつも!
思いっきり手のひらに魔力を貯めた。
そして出せる限りの大声で怒鳴った。
なんでもいいから、
「開け、ごま!!!」
扉はポン!と開いた。
あ、開いた。
急いで通り抜け、思いつくまま走った。
遠くへ、遠くへ。王城の中を。




