2 台車を作って、内緒で納品しました
レイナルド殿下が去って、安堵と疲れが押し寄せてくる。
「エレノアお嬢様、大丈夫ですか、お嬢様らしくない事を」
侍女のマーサが駆け寄ってくる。
「マーサ、ちょっと取り乱しただけ」
「少し休まれますか」
周りをみるとお茶会の準備がされている。
ケーキスタンド五段はすごいわ。
そしてお茶会の予定だった席に座り、マーサがサーブしてくれるお茶を一口いただく。
「今日のお茶は格別ね」
「殿下が、エレノアお嬢様のためご準備されたのですから」
今、思い出したけれど、二週間ぶりに殿下とお会いするお茶会だったのね。マーサのお小言を聞きながら、私はこの世界について考えていた。
危なかった。
死罪になるかと思った。
前世の圧が強すぎる鬼クライアントより怖かった。
とにかく、今世は大人しく空気のように生きるのよ。
絶対にもう激務で過労死なんて嫌よ!
祈っているだけでいいのなら、それが一番。
そう決意し、もう一口お茶を飲んで庭園を眺める。
——あれは?
庭園の先、遠目に見えた。
回廊の裏への通路があり、厨房係の女の子が、大きなカゴを引き摺るように山盛りの何かを運んでいる。
あっ?横から誰かが飛び出てきた。危ないと思った瞬間女の子が転んで、カゴが手から離れ、中身がコロコロと四方八方に転がっていく。ジャガイモだわ。
飛び出してきたのは給仕係かしら。
「あらあ、ごめんなさい」と笑って通り過ぎて行く。
あれ、わざとよ!転んだ少女は、地面に這いつくばっている。
それを見た瞬間、私の脳内のバリキャリのスイッチが入ってしまった。
……はあ!?
あんな重いものを一人で?
なにその嫌がらせ!
息をするように改善を思い浮かべる。
問題は運搬方法と標準作業内容だわ。
そして、嫌がらせは論外よ!
なんで誰も仕組み化してないのよ!
よし、わたしは腕まくりをしようとして、気がついた。
駄目よ、エレノア。
関わっては駄目。
今世はおとなしい聖女。
静かに、目立たず、働かず。
空気のように健康に生きる。
空気と祈りなのよ。
なのに。
前世で培った『理不尽を放置できない習性』にスイッチが入ってしまう。
転移魔法。
でも、あっちゃこっちゃに魔法陣を書くのは、祈りの合間には大変だし、私一人が抱え込むべきじゃない。
あ!ほら!台車よ。
なんでもかんでも納品時には台車を持って一階に走っていた記憶が蘇る。車輪に魔法を組めば軽く押せる。
「マーサ、お部屋に戻りましょう」
第二王子の婚約者兼【鈴蘭の聖女】という役目があるので、王城にお部屋を与えられ、そこで暮らしながら、祈りと祈りと妃教育のお役目を日々果たしている。
夕食もそこそこに、私は台車の材料を探す事にしたけれど、一人では無理。
マーサに協力を仰ぐしかない。マーサは侯爵家の筆頭侍女の娘で、私が王城に住む事になった時に付いて来てくれた。
マーサには、神のお告げがあったと説明したら、最初目を剥いていたが、お嬢様に無理はさせられないと言って、内緒で協力してくれることになった。
私は紙に絵を描いて、欲しいものを説明する。
そして一時間後、何とか材料が揃った。
簡単な事。
野菜や果物が入っていた木箱に車輪をつける。車軸をつけると前後にしか動かないので、キャスターをイメージして四つの車輪が自由に向きを変えるよう、風魔法を付与すればいい。
手押しの持ち手もつける。
そして、車輪の中央に魔石を入れるのだけど、これがなかった。確かにゴミ置き場で調達できるようなものではないわね。
手元には安い魔石がないと思う。聖女の仕事がら、超高級な魔石はたくさんあるけど。
うーん、宝石箱の中を引っ掻き混ぜていて、小ぶりな青色の耳飾りを見つけた。
「これいいわ、風魔法が付与してあるし、台車自体の重さを軽減できるはず」
その魔石に魔力を流して小さく割った。
「まあ、小さな魔石がいっぱいできたわ。他にも使えそうね」
車輪の真ん中に小さな魔石を取り付けて完成。
使い方の説明を簡単にイラストで描いて、ヨシ!
「マーサできたわよ」
「……」
「ダメ?」
「いえ、これすごいですわ」
「押してみて」
カラカラ、カラカラカラ。
「軽く押せます」
マーサが名前を聞いてくる。
「これは何と言うものでしょう」
「台車」
「ダイシ」
「ダイシャよ」
「ダイシ、ですね」
マーサが気に入ったのか、まだ試し押しをしている。
何でもいいわ。
「では、納品に行きましょう」
「え?どこへ」
「厨房へ」
「エレノア様、夜中ですよ」
「夜中だから行くのよ、誰にも見つからないように置いてくればいいのよ」
「……わかりました。参りましょう」
私とマーサは黒いローブを着込み、お互いが一台ずつ押しながら、廊下から回廊へ、騎士の夜勤巡回をやり過ごし、裏道を抜け、厨房へ辿りついた。
小声でマーサに話しかける。
「マーサ、ジャガイモ置き場はどこ?」
「この奥に野菜貯蔵庫があるそうです」
「わかったわ、そこに置くわよ」
厨房は夜中でも少し人がいる。王族や高位貴族のために、夜食や朝食の仕込みやパン焼きなど、夜中から準備をするから。
そーっと、ダイシ?を置いて、そこからは一目散に部屋に戻った。
「マーサ、ありがとう!」
「エレノア様の下々を思われるお気持ちが嬉しかったので。ようございました」
「マーサの仕事も増やしてしまったけれど」
マーサが微笑む。
「さ、エレノア様、明日の朝のお祈り時間まで少しでもお休みくださいませ」
そうして、私は安堵を胸に、眠りについた。
数日後、大変なことになるとは、つゆとも知らず。
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レイナルド執務室
今夜もまだ執務中のレイナルドが、一瞬手を止める。
第二王子である証の魔石の指輪が、淡く青く光った。
「……?」
「どうかしたか、レイ」
「いや、何でもない。オスカーもそろそろ終われ」
「ダイシ」無事に納品しました。




