1 転生したのを思い出した瞬間〜第二王子を突き飛ばしました
目の前に、黒髪碧眼の男性がいた。
近い! 距離が近い。満員電車でも、くっつきすぎよ。
なんとなく嫌で、腕でエイと押し退けてみた。
ドンっ!
その人は見事に転び、床に尻餅をついた。
え?軽く押しただけなのに?
「「「殿下っ」」」
どこからともなく、騎士たちが駆け寄る。
ええー?
まだ夢を見てるの?
キシ?
ついでに、デンカって何?
私、さっきスマホのアラームを止めて飛び起きて、五分で服着て、満員電車に乗ったよね?
「……おい」
その重々しい声、どっから出してるの。
いやいや、この人達、何のプロモーション?
フラッシュモブ?
漆黒の騎士服の男性は、騎士たちを片手で制している。
そして、床からスッとカッコよく立ち上がった。
腹筋すごいな。
その『デンカ』と呼ばれた男が、切れ長のサファイア色の目でこれ以上なく不機嫌そうに私を睨みつけていた。
「婚約者である私を力任せに突き飛ばすとは、どういうつもりだ、エレノア。いくら我が国に一人しかいない【鈴蘭の聖女】だからといって、許される不敬ではないぞ」
……は?エ、エレノア?
誰それ。
っていうか婚約者? 鈴蘭の聖女?
その男性を押した自分の手元を見つめて、私はパニクった。
白い、細い、驚くほど透き通った綺麗な手。
昨日紙で切った傷がない。
この手は誰の手なの?
毎日終電まで残業して、万年あかぎれだらけだった私の手じゃない、誰、私。
その瞬間。
満員電車。
押し潰されそうな人波。
胸を圧し潰すような猛烈な痛み。
そこから先の記憶がない。
(……私、もしかして、死んだ?)
そう思った途端、今度は別の記憶が濁流のように頭の中へ流れ込んできた。
ここは異世界。
私は奇跡の力を持つ、おとなしくて物静かな『鈴蘭の聖女』。
そう、わたくしは、エレノア・ヴァルト侯爵令嬢。
そして目の前で服の埃を払っている冷ややかな男は、この国の実務を統べる第二王子、レイナルド・フォン・ルクス殿下。
記憶の中の私は、静かに祈るだけのお飾り聖女だった。
(……待って)
お飾り?
誰かが全部決めてくれる?
仕事しなくていい?
(もしかして、最高じゃない……!)
前世であれだけ身を粉にして働いて、最後には電車の中で死んだのよ。
今世は用意された聖女という特等席で、誰の目にも留まらず、静かでお気楽なスローライフを送れるわ!
そのためには、まずこの『不敬罪で処刑』されそうな状況を秒でクリアしなければならない。
前世で幾度となく会社の危機を乗り越えてきた私は、危機管理モードを発動した。
私はハッと我に返ったフリをして、おとなしく胸の前で手を組み、儚げに目を伏せた。
「あ、あの、 レイナルド殿下、申し訳ございません。神からの強い啓示を受けました。私の修養が足りないばかりに、拒絶反応を……。決して、殿下を押しのけたわけではございません。神に誓って」
ああ、背中を冷たい汗がツーーと落ちていく。
「……これだから神殿の連中は。奇跡だの啓示だの、非科学的な言い訳ばかりだ。気味が悪い、私に触るな」
レイナルド殿下は醜い魔獣でも見るかのような冷たい視線を私に投げつけると、踵を返して去って行った。
騎士たちも慌ててそれに続く。
「ふぅーーーーーっ!!」
まずは、生き残ったわ。
⌘
レイナルド執務室。
「アレは帰ったか」
書類にサインをしながらレイナルドが側近兼親友のオスカーに声をかける。
「それが、まだ庭園でお茶を飲んでいると、騎士から報告が」
レイナルドの眉が少しあがった。
「いつもは私より早く帰っていたのではないか」
オスカーも手を止めた。
「それに、今日はいつもよりよく話してましたね」
「あんな女だったか」
レイナルドとオスカーは視線を合わせたが、すぐに書類に目を戻した。
「なぜ、一人で茶を飲んでいるのだ」
オスカーがレイナルドを見たが、レイナルドは書類を見ながら言った。
「いや、なんでもない」
不定期更新ですが、完結します。
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よろしくお願いします。 澪




