17 殿下の思い人
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レイナルドの寝所。
顔の疼きで目が覚めた。
熱くて痛い。
「マーサ、おみしゅひゃしょー」
え?なぜ、言葉をきちんと話せない。
口を開こうとして激しい痛みに襲われる。
「エレノアお嬢様、お水をお持ちいたします。お傷があるので、今はお話なさらずに」
お傷?
思い出した。あの高慢な王女、ヴィヴィアン。
しかも私をお飾り人形って言ったわ。
でも、扇ってあんなに痛いもの?
あれは凶器よ。
マーサが水を持って来てくれるけれど、痛くて飲めない。
喉が渇いて死にそうだわ。
朝から忙しかったから、水さえ飲んでない。
寝るしかないと目を瞑った時だった。
「エレノアっ、傷は大丈夫か。遅くなってすまない」
レイナルド殿下のお声。
天蓋の薄いカーテンが開けられ、殿下が覗き込んで絶句、した、と思う。
私もさっき、鏡で自分の顔を見て失神したし、微笑もうと思うけれど痛くて無理。
口の中は血の味しかしない。
殿下の形相が変わって行く。
まるで、そう、般若の面?
「あの女、ぶった斬ってやる!」
殿下が儀式用の剣を床に放り投げ、寝台近くの剣立てから、真剣を握って寝所を出て行った。
その先でオスカー様や護衛騎士達の声が聞こえる。
「殿下、お待ちください」
「何を待てと、我が妃がここまで辱めを受けて黙っていろとっ!」
めちゃくちゃ怒ってるわね。ここまで聞こえてくる。
それに、まだ妃ではなく、婚約者。
「今しばらくお待ちください」
「王妃様がこちらへ向かっておられます」
「私がエレノアの仇を取る。エレノアは何の抵抗もしなかった。なのにあの女!」
「殿下、お待ち下さい」
なんだか、えらいことになっている?
なんかこう、殿中でござるって、あの仇討ちの時代劇みたい。
「静まりなさい!レイナルドは少し落ち着きなさい」
あ、王妃様のお声だわ。
「母上は、あの場をご覧になってないから悠長なことを」
「全て、ひまわりの聖女から聞きました。アウグストはブルベールの責任者と会談中です」
「しかし」
「レイナルド、あなたらしくありませんよ。これは属国ブルベールの扱いを含めての外政問題。今、陛下は、宰相達と会議中です」
どうしよう起き上がれない。
「エレノア、よく耐えましたね。起き上がらなくていいのですよ」
「ほうしひゃま」
やっぱり言葉が言えない。そして口を開くと出血する。
王妃様が手を握って下さった。
「エレノア、もう少し我慢してちょうだい。聖女の魔力を合わせれば治癒はできます。ですが、ブルベールの王女問題を片付けるまで、被害証拠を消すわけには行かないの。もう少しだけ頑張って」
ああ、そう言う事ね。この世界にはカメラがない。
私の傷が完全に治れば、なかった事にされる。
絵に描いたって大袈裟と言われたらおしまいだもの。
私は王妃様の手をぎゅっと握り返した。
「ありがとう、エレノア。この責任は必ず取らせます」
「………」
「せめて痛みが軽くなるように、痛みを止める治癒魔法をかけるわ」
ふわりと薔薇の香りがして、ズキンズキンとした痛みがマシになった。すごいわ、王妃様の薔薇の治癒魔法。
その後、芸術交流団副団長、つまりあの女のお目付役が、お見舞いにやって来た。
その人は、ブルベール王国宰相補佐、つまり次期宰相であり宰相の息子だった。
更に、狂犬のようなヴィヴィアン王女の婚約者。
深く詫びる彼に、私は微笑む。
口の端から何か流れたけど仕方ない。
マーサが拭いてくれた。
そして彼は、詫びて、詫びて、詫び、転げるように部屋を辞した。
殿下が呟く。
「これで済んだと思わないことだ」
いつもは透き通って煌めいているサファイア色の瞳が、怒りでギラついている。
その横顔を見ながら眠りに落ちた。
次に目が覚めた時は、周りが真っ暗だった。
ブランケットの中で、モゾモゾとすると誰かの手が当たった。
マーサ?いや、このごつさは。
「エレノア、目覚めたか」
「ん」
「灯りをつけるか」
「ん」
部屋の灯りがついて、殿下が私を覗き込んでいる。
「おみしゅ」
「水か」
「ん」
やっぱり飲めず、口端から流れ落ちる。
ストローがあれば、あ、そうだ。
私は殿下の手を掴んで、身振りで伝える。
この人、冷静なだけに勘も鋭い。
すぐに紙とペンを握らせてもらう。
そこに書いた。
——水を飲みたい。
痛くて飲めない。
だから、これを作るから、材料集めて。
「エレノア、具合が悪いのだから、今くらいじっと寝ている方が良い」
——水がほしい。
喉がからからで苦しい。
だから、これを作る。
自動的に水が下から上がってきて、そっと飲める、水が飲める細い管。
そして絵を描いて、魔石をつける場所も記載する。
すると殿下は、ポンと手を打った。
「そういう事か、わかった。でこれは何と言う?」
「シュリョリョ」
「シリリ?」
「しゅりょりょうー」
「シリリー、だな」
なんでストローがシリリーになるのよ。
でもさすが、頭脳明晰と言われた第二王子殿下は、二十分もせずに、それを作りあげ、私はそろそろと水をのんだ。
やっと一息ついた。
「こんな時でもお前は前向きだな」
紙に書く。
——水が飲みたかっただけ。
でもこれは幼子や病床にある人達も使えます。
「お前は」
殿下が優しく髪を撫ででくれる。
なんて珍しい。
私は思い切って、気になっていたことを聞いてみることにした。
そして、紙に書いた。
——ヴィヴィアンが言っていたことで聞きたいことが。
私と同じハニーブロンドにピスタチオグリーンの瞳のお姉様って、殿下の思い人だった方なの?
だから私は、お飾り聖女だったの?
不定期更新ですが、完結します。




