偽書職人
レインとグランは、次の街へ向かっていた。
丘を越えた先に、
大きな都市が見え始める。
「でかいな。」
グランが呟いた。
「ラストライトに近いからですか。」
「違う。」
グランは即答した。
「ここは“書かれる街”だ。」
「書かれる?」
レインは首を傾げた。
グランは頷く。
「記録が集まる場所だ。」
「ラストライトの記録も?」
「全部だ。」
街に入ると、空気が変わった。
静かだった。
だが妙に重い。
本の匂いがする。
紙の匂い。
インクの匂い。
「変な街ですね。」
「昔からだ。」
グランは歩き続ける。
やがて一軒の建物の前で止まった。
看板には何も書かれていない。
ただ古びた扉だけがある。
「ここか。」
グランが言った。
扉を開ける。
中は本で埋まっていた。
壁も床も本だった。
その中央に、男が座っていた。
年齢は分からない。
目が異様に静かだった。
「来たか。」
男は顔も上げずに言った。
「久しぶりだな。」
グランが答える。
男は小さく笑った。
「また来たのか。」
「来るさ。」
グランは肩をすくめる。
レインは周囲を見渡した。
すべての本にタイトルがある。
だが中身は見えない。
いや、
“途中で止まっている”ように見えた。
「ここは何です。」
レインが聞いた。
男が初めて顔を上げる。
「記録だ。」
「何の。」
「世界の。」
淡々とした声だった。
レインは理解できなかった。
「全部書いているんですか。」
「違う。」
男は首を振る。
「書いているのは“起きたこと”ではない。」
「じゃあ何を。」
男は少しだけ笑った。
「起きたことに“意味”を足している。」
レインは眉をひそめた。
「意味?」
「例えばだ。」
男は机から一冊の本を取る。
開く。
そこにはこう書かれていた。
『ラストライトを踏破した英雄は、世界を救った』
レインは息を止めた。
「それは事実ですか。」
男は静かに言う。
「事実ではない。」
「では嘘ですか。」
「違う。」
男は本を閉じる。
「人は“そうであってほしい形”で世界を覚える。」
レインは黙った。
グランが口を開く。
「お前は昔からそうだ。」
「そうだ。」
男は頷く。
「俺は“世界を完成させる”仕事をしている。」
「完成?」
レインが聞く。
男は本を撫でる。
「誰も最後まで見ない世界を。」
沈黙が落ちる。
レインは本棚を見た。
無数の未完成の世界。
「それは本物なんですか。」
レインは聞いた。
男は少しだけ間を置いて言った。
「本物かどうかは重要じゃない。」
「重要なのは。」
「読んだ奴が“そうだと思うか”だ。」
レインは言葉を失った。
そのときグランが笑った。
「お前も変わらんな。」
「お前もな。」
二人は短く笑う。
レインはその会話を理解できなかった。
だが一つだけ分かった。
この男もまた、
何かを“終わらせない”人間だ。
外に出ると空は暗くなっていた。
街の灯りが揺れる。
「変な街でしたね。」
レインが言う。
グランは頷く。
「だが必要だ。」
「何が。」
グランは少しだけ空を見た。
「誰かが物語を作らないと、
ラストライトもただの穴になる。」
レインは空を見上げた。
ラストライト。
まだ見ぬ終点。
その意味はまだ分からない。
ただ一つだけ。
この旅が、
ただの冒険ではない気がしていた。




