落ち続ける老人
翌朝。
レインとグランは街を出た。
空はよく晴れていた。
昨日のチキンの話をまだグランはしている。
「やっぱり塩加減が絶妙だった。」
「まだ言ってるんですか。」
「大事なことだ。」
レインは苦笑した。
旅は続く。
ラストライトは遠い。
だが不思議と退屈ではなかった。
昼過ぎ。
二人は丘陵地帯へ入った。
草原が広がっている。
風が強い。
その時だった。
遠くで何かが飛んだ。
正確には。
飛ぼうとして落ちた。
ドサッ。
鈍い音が響く。
レインは立ち止まった。
「今のは。」
「今のだな。」
グランも見ている。
二人が近づくと、
そこには老人が倒れていた。
背中には奇妙な木製の羽。
身体中に土が付いている。
「いててて……。」
老人は起き上がった。
そして何事もなかったように羽を拾う。
「何をしてるんですか。」
レインが聞いた。
老人は首を傾げる。
「見てわからんか。」
「わかりません。」
「空を飛んでいた。」
レインは黙った。
グランも黙った。
風だけが吹いている。
「落ちてましたよ。」
「うむ。」
老人は頷く。
「今回は三秒だ。」
「何がです。」
「飛んだ時間だ。」
誇らしげだった。
レインは理解できなかった。
老人は七十近い。
髪は真っ白。
腕も細い。
どう見ても飛べそうには見えない。
「飛びたいんですか。」
「飛びたい。」
即答だった。
迷いがない。
「なぜ。」
老人は少し考えた。
そして笑った。
「見たいからだ。」
「何を。」
「空から見る世界を。」
レインは空を見上げる。
青空だった。
どこまでも高い。
「鳥は毎日見ている。」
老人は言う。
「だが俺は見たことがない。」
「だから見たい。」
あまりにも単純な理由だった。
レインは言葉を失う。
「諦めようとは。」
「した。」
老人は頷く。
「百回くらい。」
「じゃあなぜ。」
「次の日になると作りたくなる。」
そう言って笑った。
まるで料理人だった。
昨日の男に少し似ている。
「何年目ですか。」
レインは聞いた。
「四十年。」
老人は答えた。
「四十年飛べない。」
そして笑う。
「なかなか難しい。」
レインは思わず聞いた。
「もし飛べたら。」
老人は首を傾げる。
「うん?」
「飛べたらどうするんですか。」
老人はしばらく考えた。
そして答えた。
「もう少し高く飛びたい。」
レインは思わず笑った。
老人も笑った。
グランは大声で笑った。
風が吹く。
木製の羽が揺れる。
レインはその羽を見る。
何度も修理されている。
何度も壊れた跡がある。
それでも捨てられていない。
「変な人だ。」
レインは呟いた。
老人は嬉しそうに笑った。
「よく言われる。」
その日の夕方。
二人は再び旅を続けていた。
丘の上から振り返る。
遠くで老人がまた走っている。
羽を背負いながら。
飛ぶために。
落ちるために。
それでも飛ぶために。
「変な人でしたね。」
レインが言う。
グランは頷いた。
「そうだな。」
しばらく沈黙が続く。
やがてグランが言った。
「だが。」
「?」
「楽しそうだった。」
レインは振り返る。
遠く。
小さな人影。
何度落ちても。
何度失敗しても。
また走り出している。
その姿は確かに楽しそうだった。
レインは空を見上げる。
青い空だった。
なぜだろう。
少しだけ。
本当に少しだけ。
空を飛んでみたいと思った。




