明日が楽しみ
レインが再びギルドを訪れたのは、それから数日後だった。
相変わらず酒の匂いがする。
相変わらず騒がしい。
だが、グランの姿はすぐに見つかった。
掲示板の前で仲間たちに囲まれている。
「だから無茶だって言ってるんだ!」
「五十八だぞ、お前!」
「今さらラストライトか!」
周囲の声に、グランは大笑いしていた。
「だから面白いんだろ!」
その言葉に酒場が呆れたような笑いに包まれる。
レインは少し離れた場所からそれを見ていた。
不思議だった。
なぜあんなに楽しそうなのだろう。
成功する保証はない。
むしろ失敗する可能性の方が高い。
それなのに。
「お。」
グランが気付いた。
「来たか。」
「ええ。」
「ちょうどいい。」
グランは一枚の地図を広げた。
古びた羊皮紙だった。
何度も書き込みがされている。
「見ろ。」
レインは覗き込む。
ラストライト周辺の地図だった。
細かな印。
メモ。
危険区域。
予想経路。
何十年も積み重ねてきた跡が残っていた。
「まだ作ってたんですか。」
思わず言う。
グランは笑った。
「当たり前だ。」
まるで子供だった。
新しい玩具を見せる子供。
レインはしばらく地図を眺める。
そして気付く。
この男は本気だ。
本当に行くつもりなのだ。
「一緒に行く仲間は。」
「いない。」
「いない?」
「いない。」
グランは笑う。
「みんな家族がいるからな。」
「止められたか。」
「全員にな。」
そう言って豪快に笑った。
レインも少しだけ笑った。
「笑い事じゃないですよ。」
「そうか?」
「そうです。」
グランは肩を竦める。
そして静かに言った。
「でもな。」
その声は不思議と真面目だった。
「行かなかった方が後悔する。」
レインは黙る。
「失敗してもいい。」
「辿り着けなくてもいい。」
「笑われてもいい。」
「でも行きたい。」
グランはそう言った。
レインは父の言葉を思い出していた。
届かなかっただけだ。
その言葉を。
グランは届いていない。
だがまだ終わっていない。
オルドは届かなかった。
だが忘れてはいなかった。
では自分はどうだろう。
レインは考える。
自分は届いた。
ラストライトに。
誰もが夢見た場所へ。
そして。
何もなくなった。
「グランさん。」
「なんだ。」
「あなたは怖くないんですか。」
グランは少し考えた。
そして笑った。
「怖いさ。」
意外な答えだった。
「毎回怖い。」
「今も怖い。」
「死ぬかもしれんからな。」
そう言って笑う。
レインは目を見開く。
「でも。」
グランは続けた。
「明日が楽しみなんだ。」
その言葉に。
レインの心が少しだけ揺れた。
明日が楽しみ。
いつからだろう。
そんな感覚を忘れたのは。
ラストライトを踏破してからだろうか。
それとももっと前からだろうか。
わからない。
ただ。
今、目の前にいる男は確かに生きていた。
自分よりもずっと。
生きているように見えた。
「グランさん。」
「なんだ。」
レインは地図を見る。
書き込みだらけの地図。
何十年分もの夢。
何十年分もの挑戦。
そして静かに言った。
「準備を手伝います。」
グランが固まった。
「……本当か?」
「ええ。」
「ラストライトには行きません。」
そう言ってから少しだけ間を置く。
「でも。」
レインは続けた。
「あなたがどこまで行けるのか。」
少しだけ笑う。
「見てみたい。」
グランはしばらく黙っていた。
やがて大きく笑った。
その笑い声は酒場中に響いた。
レインはその顔を見ていた。
そして思う。
もしかすると。
自分はまだ見たことのない景色を探しているのかもしれない。




