届かなかった父
レインが実家へ向かったのは、グランと別れた翌日のことだった。
街の外れ。
古びた石造りの家。
子供の頃から何も変わらない場所だった。
扉を叩く。
返事はない。
構わず開けた。
「入るぞ。」
相変わらずだな、とレインは思う。
家の中は静かだった。
奥から金属を叩く音だけが聞こえてくる。
裏庭へ回る。
そこには一人の男がいた。
白髪交じりの髪。
日に焼けた肌。
節くれ立った手。
オルド・ヴァルク。
レインの父親だった。
「珍しいな。」
オルドは振り返りもせず言った。
「そうか?」
「お前から来ることは少ない。」
レインは苦笑する。
確かにそうだった。
仲が悪いわけではない。
だが良いわけでもない。
親子らしい会話をした記憶も少なかった。
沈黙が流れる。
昔からそうだった。
オルドは必要なことしか話さない。
レインも似てしまった。
「聞いた。」
しばらくしてオルドが言った。
「グランのことだ。」
レインは頷く。
「ラストライトへ行くらしい。」
「馬鹿な男だ。」
そう言いながらも、どこか嬉しそうだった。
「そう思うか?」
「思う。」
即答だった。
「だが嫌いじゃない。」
金属を叩く音が響く。
カン。
カン。
規則正しい音。
レインはその背中を見る。
子供の頃から変わらない背中だった。
大きくはない。
英雄にも見えない。
ただの男の背中だった。
「父さん。」
「なんだ。」
「どうして俺に何も教えなかった。」
金属を叩く音が止まった。
風が吹く。
しばらく沈黙が続いた。
やがてオルドは息を吐く。
「今さらだな。」
「そうだな。」
「だが聞くのか。」
「聞きたい。」
オルドは金槌を置いた。
そして空を見る。
遠く。
ずっと遠くを見るように。
「お前にハンターになってほしくなかった。」
レインは黙って聞いていた。
「俺は知っていた。」
オルドは続ける。
「夢を追う人間がどうなるか。」
「父さんは夢を追っていたのか。」
オルドは笑った。
珍しいことだった。
「追っていたさ。」
その顔は少しだけ寂しそうだった。
「ラストライトだ。」
レインは言葉を失う。
「知っているだろう。」
オルドは言った。
「俺の師匠のことを。」
知っている。
世界中の誰もが知っている。
千年の歴史で初めてラストライトを踏破した男。
伝説のハンター。
「俺はあの人に憧れていた。」
オルドは言う。
「才能はなかった。」
「剣も。」
「知識も。」
「勘も。」
「何もだ。」
「だが師匠だけは本物だった。」
レインは黙っていた。
「だから真似をした。」
「知識を盗んだ。」
「歩き方を盗んだ。」
「考え方を盗んだ。」
「生き方を盗んだ。」
オルドは少し笑う。
「それでも届かなかった。」
風が吹く。
レインは初めて知った気がした。
父親のことを。
何も知らなかったのだと。
「悔しかったか。」
オルドは少し考えた。
そして答える。
「悔しかった。」
迷いのない声だった。
「今でもか。」
「今でもだ。」
レインは空を見上げる。
青空だった。
グランの顔が浮かぶ。
あの目。
少年のような目。
「父さん。」
「なんだ。」
「夢を叶えられなかったら、どうなる。」
オルドはレインを見る。
その目は鋭かった。
「お前。」
そう言って少し笑う。
「変なことを聞くな。」
レインも少し笑った。
確かに変な質問だった。
だが知りたかった。
オルドはしばらく考えた。
そして静かに言う。
「どうにもならん。」
「どうにも?」
「ああ。」
オルドは肩を竦める。
「飯を食う。」
「酒を飲む。」
「働く。」
「歳を取る。」
「それだけだ。」
あまりにも普通の答えだった。
「夢はなくなるのか。」
レインは聞く。
オルドは首を横に振った。
「なくならん。」
そして空を見上げる。
どこか遠くを見るように。
「届かなかっただけだ。」
レインは父の横顔を見る。
その目は穏やかだった。
だが。
ほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ。
今でもラストライトを見ているように見えた。




