第一層
ラストライトの内部は、音がなかった。
正確には、
音が“吸われている”ようだった。
レインは一歩踏み出すたびに、
自分の足音が消えていくのを感じていた。
「ここからが第一層だ。」
グランが言った。
「第一層?」
レインは周囲を見回す。
そこには“地面”があった。
だがそれは岩ではない。
黒く、硬く、しかしわずかに脈打っているように見える。
「層ってなんですか。」
レインが聞く。
グランは少しだけ歩を進める。
「分からん。」
即答だった。
「だが昔からそう呼ばれてる。」
風はない。
空もない。
あるのは“広がり”だけだった。
上下の感覚が曖昧になる。
遠くに影のようなものが見える。
動いているのかどうかも分からない。
「生き物ですか。」
レインが聞く。
グランは目を細めた。
「分からん。」
「だが昔は“何か”だったらしい。」
レインは黙る。
情報があまりにも曖昧すぎる。
確かなものが何もない。
そのときだった。
黒い地面が、わずかに波打った。
レインは反射的に身構える。
しかし何も起きない。
ただ一瞬だけ、
“誰かが通った痕跡”のようなものが浮かんで消えた。
「今のは。」
グランはしゃがむ。
指で地面に触れる。
「残響だな。」
「残響?」
「ここは“過去が残る場所”だ。」
レインは息を飲む。
過去。
それが残る。
「じゃあ、今も誰かが。」
レインが言いかける。
グランは首を振る。
「違う。」
「ここでは“過去と今の区別が曖昧になる”。」
レインは言葉を失う。
意味が分からない。
だが、理解できないことだけは理解できた。
歩く。
進む。
それだけで空間が変わる。
しばらく進むと、
そこに“扉”のようなものがあった。
壁はない。
天井もない。
ただ扉だけが立っている。
「なんですかこれは。」
レインが聞く。
グランは少しだけ笑う。
「第一層の出口だ。」
「入口ではなく?」
「同じだ。」
意味が分からない。
だがグランは迷わず扉に手をかける。
「行くぞ。」
レインは一瞬だけ止まる。
扉の向こうに何があるのか分からない。
でも、
ここに留まる理由もない。
料理人の言葉が浮かぶ。
空を飛ぼうとした老人の笑い声が浮かぶ。
偽書職人の静かな目が浮かぶ。
そして、名前のない少年。
みんな進んでいた。
たとえ意味がなくても。
レインは扉に手をかける。
冷たい。
だが確かにそこに“存在”している。
グランが言う。
「ここから先は少しだけ面倒だ。」
「何がですか。」
グランは笑う。
「世界が少し壊れてる。」
扉が開く。
その瞬間、
視界が白く歪んだ。
レインは一歩踏み出す。
そして気付く。
第一層は終わったのではない。
“まだ始まっていなかった”のだと。




