ラストライトの入口
ラストライトは、地図の上ではただの“境界地”だった。
誰も正確な位置を知らない。
それでも、近づくほど空気は変わると言われている。
レインとグランは、最後の集落を抜けていた。
人の声が消える。
風の音だけになる。
「ここから先だ。」
グランが言った。
目の前には巨大な谷が広がっていた。
谷底は見えない。
霧が常に漂っている。
その奥に、何かが“沈んでいる”ように見えた。
「これがラストライト?」
レインが呟く。
グランは首を振った。
「まだ入口だ。」
レインは息を飲む。
入口。
これだけでこの圧は異常だった。
風が強い。
霧が揺れる。
視界が一定ではない。
まるで世界そのものが不安定だった。
「行けるんですか。」
レインが聞く。
グランは笑った。
「行くために来た。」
二人は崖の縁に立つ。
そこには古い石の橋がかかっていた。
橋というには頼りない。
半分崩れている。
それでも誰かが渡った跡がある。
「まだ誰か行ってるんですね。」
レインが言う。
グランは頷く。
「行くやつはいる。」
「戻らないだけだ。」
その言葉に、
空気が少し重くなる。
レインは橋を見る。
揺れている。
風に軋む。
下は見えない。
落ちたら終わりだ。
それでも。
グランは迷わず一歩踏み出した。
「行くぞ。」
レインは一瞬だけ立ち止まる。
その瞬間、頭の中に浮かぶ。
料理人。
空を飛ぼうとした老人。
偽書職人。
そして、名前も持たない少年。
みんな“進んでいた”。
どこへ行くか分からなくても。
レインは息を吐く。
そして一歩踏み出した。
橋が揺れる。
木と石の軋む音。
風が全身を叩く。
それでも進む。
一歩。
また一歩。
グランは前を行く。
振り返らない。
ただ進むだけだ。
やがて、対岸が見えてくる。
霧の向こうに、
黒い大地のようなものが広がっていた。
そこは“地面”ではなかった。
正確には、
何かが沈んだまま固まっているような場所だった。
「これが……」
レインは言葉を失う。
グランは静かに言う。
「入口の向こう側だ。」
レインは足を止める。
風が止んだ気がした。
音が消える。
世界が一瞬だけ静止する。
そして、
レインは気付く。
ここから先は、
もう“普通の旅”ではない。
グランが振り返る。
「怖いか。」
レインは少し考えた。
そして答える。
「分からないです。」
グランは笑う。
「それでいい。」
そして一歩踏み出す。
レインも続く。
霧の向こうへ。
ラストライトの“入口のさらに奥”へ。
世界が、少しだけ歪んだ気がした。




