表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【番外編】鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
1章 番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

オーギュストと櫻井、飲み友になる

満月の夜は、街の輪郭を少しだけ淡くする

ホストクラブ「Nightingale」も例外ではない。シャンデリアの光がいつもより柔らかく揺れて、グラスの縁に月の色が落ちる。客足は落ち着き、店内は静かな熱を保ったまま深い夜へ沈むーーはずだった


「邪魔をするぞ」


その声が扉の向こうから落ちてきた瞬間、空気が少し冷えた

入口に立っていたのは、背筋の伸びた青年だった。年は紫苑と大差なさそうだが、雰囲気が違う

鋭く整った顔立ち。人間の“イケメン”という言葉では追いつかない、冷たい完成度。月光を切り出して作ったみたいな肌の白さと、紅い瞳の深さ。栗色の艶やかな髪。ーーどこかで見た系統の“美しさ”


ホストたちが、ぽかんと口を開ける


「……え、なに。エレオノールちゃん?」

「いや、でも身長が高くない?」

「待って、あの美しさ……兄妹……?」


姫たちもざわめきを抑えきれない

宝石箱をひっくり返したような店内の視線が、入口の青年に刺さった

彼は視線を浴びても微塵も怯まない。むしろ、じっとりとした好奇心の群れを、氷みたいな目で一掃するだけだった


「……ここが、例の“ほすとくらぶ”か」


低く呟く声音に、店の空気がさらに冷える

その時、カウンターの奥からひょっこり現れた男がいた。櫻井だ。いつものように気取らず、軽く、けれど目だけはよく見ている


「どうしたんだ兄ちゃん。……あー、なるほど。噂の人か」


櫻井が声を掛けた瞬間、青年の視線がそちらへ向く

ぶつかるようで、ぶつからない。櫻井はにやりと笑った


「紫苑ならいねぇぞ。今日は店の外だ」

「別に、あの男に会いに来たわけではない」


青年は淡々と言った


「妹が夢中になる“ほすとくらぶ”とやらが、どんなものか見に来ただけだ」


………妹

その一言で、ホストも姫も、全員が理解する。

――エレオノールの兄だ

噂でしか知らなかった、“過保護で危険で、けれど誰より妹を愛している男”

櫻井は肩をすくめた


「そうかい。なら、こっちに来な。酒の一杯くらい奢ってやるよ」


ホスト達は内心で叫んだ


(いや、この状況でナチュラルに奢るなよ!)

(懐が深いとかいう次元じゃない!)

(今、店に“神話”が降臨してるんだけど!?)


けれど櫻井は、いつも通りの櫻井だった

そして、青年もーーほんの一瞬だけ、その肩の力を抜いた


「……恩に着る」


二人は、人の波から少し離れた席についた

櫻井が選んだのは、値札を見た瞬間に一般人なら卒倒しそうな高級ワインだった。深い赤がグラスの中で静かに回る。満月の光が、液面に薄い銀の線を引いた

青年ーーオーギュストは、グラスを持つ指先までも品があった。右手の人差し指に、赤い石の指輪。ルビーが小さく燃えている


「……そいつ、綺麗だな」


櫻井が何気なく言うと、オーギュストの目が一瞬だけ細くなる。


「家宝だ。……父から受け取った」


言葉は短い。なのに、底に沈んだ痛みが透ける

櫻井は、それ以上踏み込まなかった

ただ、「そっか」とだけ返し、ワインを注ぎ足す

沈黙が落ちても、気まずくならない

それが櫻井の妙な才能だった

しばらくして、櫻井が口を開いた


「エレオノールちゃんが紫苑に惚れたの、納得いかねぇって顔してるな」

「顔に出ていたか」


オーギュストは、面倒そうに息を吐いた


「……納得など、できるはずがない。あれは人間だ。しかも、夜の仕事をしている」

「偏見だなぁ」


櫻井は笑った


「……でも、兄としてはそう思うか。俺も妹いたら、まあ、怒るかもな」


オーギュストがグラスを傾ける

ワインの香りがふわりと立ち、紅い瞳が炎みたいに揺れた


「妹は……鳥のようだ」


オーギュストがぽつりと言った


「綺麗で、朗らかで、美しく歌う。……手元におこうとする人間は数多いるだろう」


その言葉に、店の喧騒が遠のく

満月が窓の外で静かに睨んでいる気がした


「だから、守るつもりだった」


オーギュストは続ける


「だが、“守る”と“閉じ込める”を取り違えていたらしい。……それで妹を傷つけた」


櫻井は茶化したりせずに、じっと聞いていた

オーギュストは唇を薄く結んだ


「俺が刃を向けた相手が、妹を救った。……皮肉だな」

「皮肉かもしれねぇけどよ」


櫻井はグラスを軽く持ち上げた


「エレオノールちゃんが好きになったのが紫苑だったって事実は、悪くねぇだろ。あいつは“守る”って決めたら、絶対に折れねぇ」


オーギュストは、ふっと鼻で笑った

けれど、その笑いには棘が少なかった


「お前は、なぜあの男を買っている」

「一緒に働いてりゃ分かる。……それに、俺はあいつの“父親代わり”の顔も持ってんだよ」


櫻井は肩をすくめ、少しだけ声を落とす


「紫苑は、昔から飢えてた。愛情に。だから、愛した相手に対しては……多分、怖いくらい一途だ」


オーギュストの瞳が、わずかに揺れた

妹の笑顔が浮かんだのだろう。あの夜、庭で紫苑の胸に顔を寄せたときの、ほどけた表情


「……妹は、幸せそうだった」


それは、悔しさより先に出た言葉だった

櫻井は明るく笑った


「だろ?なら、兄ちゃんがやるべきことは一つだ。……邪魔でも見張りでもなくてさ。“味方”になってやれ」

「簡単に言う」

「簡単だろ。兄ちゃんが妹を愛してるなら」


櫻井はワインを飲み干し、空になったグラスを見せた


「ほら、もう一杯。今日は満月だ。こういう夜は、頑固なやつほど酒がいる」


オーギュストは一瞬迷って、ーーそして、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた


「……付き合え」

「よし来た」


櫻井が笑い、ボトルを傾ける。赤い液体が二つのグラスに注がれ、月の銀がその上に静かに浮かんだ

ホスト達は遠巻きに見守りながら、ひそひそと囁き合う


(あの二人、なにしてんの……?)

(飲み比べ?……世界観が違いすぎる)


姫たちは姫たちで、妙に目を輝かせていた


(何あれ、尊い……)

(エレオノールちゃんの兄、怖いのに美しいのに、今ちょっと寂しそう……)


オーギュストは、2杯目を口に含んだ

さっきよりも味が分かる。自分の中の氷が、ほんの少し溶けた気がした


「……お前は、不思議な男だな」

「よく言われる」

「敵に回すべきではない」

「そりゃ光栄」


オーギュストの口元が、ほんのわずかに緩む

それを見た櫻井は、勝手に嬉しくなってしまったように笑った


こうして、満月の夜

神話級の美貌を持つ吸血鬼と、夜の街で生きる男はーーなぜか、飲み友になった


次に紫苑が店へ戻ってきたとき、彼はきっと目を丸くするだろう。ーーカウンターに並ぶ二つのグラスと、珍しく穏やかな義兄の横顔を見て

櫻井は、その瞬間を想像して笑った

満月は静かに、柔らかな光を落とし続けていた

もしよろしければ、リアクションとか頂けると泣いて喜びます(作者が)

よろしくお願いしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ