エレオノールと紫苑の初めての夜
だいぶ甘めに仕上げました
R-15くらいかな?
黄金の鳥籠ーーそう呼ばれる屋敷は、夜更けになるほど静けさを深めていた
月光が白いカーテンを透かし、寝室を照らす
ベッドは広く、シーツは新しい。寝室にはほのかな花の香りも漂う
今夜のために整えられた清潔さが、紫苑の胸の奥にある緊張を一層強めた
身を清めた紫苑は、清潔な夜着に身を包んだまま、ベッドの中央に座っていた
ーー大丈夫。傷つけない。怖がらせない
何度も自分に言い聞かせるほど、今夜がどれほど大切かを思い知らされる
もう鼓動しないはずの心臓が、早鐘のように暴走する気配すらした
キィ……と、扉が小さく鳴った
そして、白いネグリジェを纏ったエレオノールが、扉の隙間から姿を現した
光を吸い込むような白さが闇に浮かび、栗色の髪はふんわりと揺れる。紅い目は期待と不安を抱えたまま、紫苑をゆっくりと見つめていた
彼女はそっとベッドに近づく。その所作ひとつひとつが優雅で、けれど彼女の緊張も物語っていた
紫苑の隣に座ったエレオノールは、湯上りの熱をまだ身に残していた。近づいた瞬間、ほのかな香りがする。石鹸の清潔さの奥に、花のように甘い香りが潜んでいて、紫苑の喉が小さく鳴った
「エレオノール」
呼ぶ声は思ったよりも低かった。優しくしたいのに、胸の奥の衝動が声に滲む
エレオノールはわずかに肩を強張らせ、ゆっくりと頷いた
「………はい」
「………大丈夫。エレオノールを傷つけることは絶対にしないから」
紫苑は、エレオノールの手を優しく包み込んだ
エレオノールの紅い目は、不安そうに揺れる
「その……でも、わたくし……こう言う経験がなくて……。紫苑はきっと、お店で綺麗な女性と……」
「無いよ」
紫苑は間髪入れずに首を振った
「………え?」
「俺が愛してるのは、カップケーキを貰った日から、エレオノールだけだよ。他の女性に体も心も許してない」
紫苑は彼女の手をギュッと握った。強すぎず、弱すぎず、確かめるような優しさで
エレオノールは息を呑み、瞬きをひとつする。不安が、ゆっくりと解けていくのを感じた
「紫苑……」
呼び返す声が、熱を帯びる
「そんなの、ずるいですわ……」
「ずるくてもいい」
紫苑は微笑んだ
「今夜エレオノールと一緒に過ごせるのなら、いくらでもずるくなる」
紫苑は彼女の頰に指を添えた
「俺の初めてをあげる」
怖がらせないように、丁寧に丁寧に言葉を選ぶ
「だから……エレオノールの初めてを俺にちょうだい?」
言ってしまえば簡単なお願いが、口から出るまで時間を要した
彼女の“初めて”は、世界のどんなものよりも尊く、繊細で、壊してはならないものに思えたから
エレオノールは一度深呼吸をしてーー
「………はい」
そっと頷いた
ーーーーーーー
紫苑は彼女を怖がらせないように、慎重に距離を詰める。そして、そっと唇を合わせる
最初は触れるだけ。その次は確かめるように
彼女は最初、身を固くしていた。けれど紫苑が焦らずに息を合わせると、やがて小さく息を漏らし、紫苑の夜着を掴んだ
紫苑はキスの間に、そっと囁いた
「痛かったら止める。怖かったら止める。嫌ならーーすぐに言って」
「……言いますわ。でも紫苑……離れないで」
そのおねだりは子供みたいに素直で、紫苑の心を一層柔らかくした
「離れない」
紫苑はもう1度キスをし、今度は頰へ、こめかみへ、首筋へと、ゆっくり唇を滑らせる
そして、白いネグリジェに手をかけた
引きちぎるような乱暴なマネはしない。結び目を解くみたいに少しずつ。彼女の目を見ながら、確かめるように
エレオノールは恥ずかしそうに頷いた
紫苑はそっと布を取り去って行く
ーー白が、月光に淡く透ける
露わになった肌は、驚くほど白く、ほんのりと火照っていた
紫苑は目の前の美しさに息が止まりそうになり、慌てて自分を戒めた。ここで止まったら、彼女が不安になる
だから触れる。言葉を添える
「……綺麗」
それは、どうしようもない事実だった
エレオノールは頰を赤らめ、視線を逸らす
紫苑は彼女の頰に触れ、微笑んだ
「……恥ずかしがらないで。全部見せて」
その声は、とびきり優しくて甘い
「でも、無理はしないで。君の身体は俺のものじゃ無い。君自身のものだ。……ただ、その“初めて”を俺に預けてくれるだけ」
“所有”ではなく、“預かる”
その言い方に、エレオノールの眉間の強張りが解けた
「………紫苑は、優しすぎますわ」
「優しくしない理由がない」
「……それでも、ちょっとだけ怖くて……」
「……俺も、怖い。だから怖いままでいい。……続きをしてもいい?」
エレオノールは紫苑を見つめ、自分からキスを贈った
その自発的なキスに、紫苑の背筋が熱くなる。彼女はただ“される”のではなく、自分で選んで手を伸ばしている
その事実が、紫苑を静かに昂らせた
紫苑は彼女をベッドに導く。押し倒すのではなく、シーツの上に花を置くように
髪がシーツに広がり、栗色が月光を受けて煌めいた
紅い目が紫苑を見上げ、不安の名残りを残しつつも、決して逃げない
夜は、ゆっくり進んだ
焦らない。奪わない。置いていかない
紫苑は何度も彼女の目を見て、声を聞いた
エレオノールもまた、紫苑の背中に手を回し、許可を重ねていった
……やがて、エレオノールの声が変わる
「紫苑……」
不安そうな声から、とろけるみたいに甘くなってゆく
紫苑はその声に応えるように、額を合わせた。鼻先が触れ、息が混ざり合う
「大丈夫?」
「……大丈夫」
「痛い?」
「……少し。でも、紫苑がいますから……」
そんなエレオノールが、愛おしくてたまらなかった
月明かりは2人の影を静かに抱き、シーツの白を淡く染めた
世界は広いのに、今夜の紫苑にはこの寝室だけが全てだった。黄金の鳥籠の名は、閉じ込めるためではなく、守るためのものに思える。誰にも踏み荒らされない、秘密の場所
そこで、エレオノールは紫苑の腕の中で少しずつ解けていった
紫苑は最後の瞬間まで、言葉を忘れなかった
「嫌なら、言って」
「……言いません」
「怖い?」
「……怖い。でも、嬉しい」
「君は、俺のーー」
言いかけて、言葉を探す
“初恋”よりもっと深いもの
“運命”よりもっと確かなもの
「俺の……生きる意味、だ」
エレオノールの瞳がふわりと潤み、彼女は紫苑の頰に手を伸ばした
そして、エレオノールは紫苑を受け入れた
ーーーーーーー
長い夜の終わり、2人は絡めたままの指を解かずにいた
エレオノールと紫苑は、シーツの上で仲良く寄り添う
「エレオノール」
紫苑は彼女の額にキスを落とした
「俺は、何があっても君を大切にする」
「………わたくしも、紫苑を守りますわ」
その言葉は、覚悟の強さを帯びていた
……黄金の鳥籠の中で、夜はまだ深い
けれど、2人は月光の中で幸せに包まれていた
紫苑はエレオノールの肩を抱き寄せ、彼女の温度を確かめる
閉じ込めるためではなく、失わないために
愛しさが胸を満たすたび、彼は思う
ーーこの夜を、何度でも丁寧に重ねていきたい
「……おやすみなさい、紫苑」
「おやすみ。……愛してる」
返事の代わりに、エレオノールは微笑む
黄金の鳥籠は静かに、2人の秘密を守り続ける
甘くしっとりと、少しだけ燃えるような熱を抱いたまま




