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【番外編】鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
1章 番外編

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5/12

喉の渇き

吸血鬼になった紫苑は、まず自分の身体が「もう人間ではない」ことを理解した

乾きは痛みではなく、飢えに似ていた。水でも食べ物でも満たされない、血への渇望。理性で押さえ込もうとするほど、乾きはひどくなってゆく

そんな紫苑を見て、エレオノールは迷わなかった

白い指先が自分の肌をなぞり、薄い爪でそっと皮膚を裂く。紅い血が、月光を吸って艶めく

彼女は微笑むように首を傾け、差し出した


「大丈夫ですわ……飲んで下さいませ」


その声はいつも通り優しい

紫苑の胸の奥で何かがほどける音がした。拒む言葉を探すより先に、彼の本能が喉を鳴らす。理性が「だめだ」と囁く頃には、もう彼女の血の香りが世界のすべてになっていた。

口づけのように唇を寄せた瞬間、甘さが舌に流れ込む

花の蜜に似ているのに、ワインのように酔いしれてしまいそう。ひと口で終わるはずがなかった

紫苑は、彼女の血に溺れた。熱が身体の芯を満たし、冷えた指先にまで血が巡る。渇きが消えていく代わりに、別の欲が育つ――もっと、もっと、と

抱きしめたい。離したくない。彼女のすべてを、自分のものにしてしまいたい


けれど、エレオノールは怯えない

紫苑がかすかに震えれば、彼女はその震えごと受け止める。彼の髪に指を絡め、背を撫で、まるで全てを許すように、じっと腕を伸ばした


紫苑は最後の一滴まで奪わない。そこだけは必死に守った。彼女を傷つけたくない。死なせたくない

――それでも、彼女の血が喉を通るたび、自分の内側の獣が甘く笑うのが分かった


「もういいよ」


そう言って唇を離した紫苑の口元には、血の紅が残る。彼は指でそれを拭い、震える息で彼女の顔を見上げた。エレオノールは、頬を少しだけ紅くして、それでもまっすぐに紫苑を見返した


「次は、君の番だね」


紫苑は指先を立て、ためらいなく自分の肌を裂いた

滲んだ血は、彼女の白さを汚すほど濃い色をしている。エレオノールは静かに息を呑み、そして――唇を寄せた

彼女が紫苑の血を飲む瞬間、紫苑は息を止めた。自分の血が誰かに飲まれる感覚。痛みよりも、ゾクゾクと背筋を撫でる快楽に似たものが走った

エレオノールの喉が小さく動くたびに、紫苑の身体は熱を帯びた。血を与える行為が、こんなにも支配に近いなんて知らなかった


――綺麗。とっても、綺麗


エレオノールは吸血鬼の姫で、神話のように稀少な存在だ。けれど、今この瞬間だけは、紫苑の血を必要としている。己の血が彼女の体内へ流れ、自分の一部が彼女を生かす

その光景を見つめながら、紫苑の唇が仄暗く歪む。笑うつもりなどなかったのに、笑ってしまった。胸の底で、甘く、どろりとした感情が湧き上がる


(エレオノールは、俺の血で生きていればいい)

(ーー不純物の血なんて、飲ませない)


独占欲は、愛の皮を被って牙を隠す

守りたい、という誓いに似ていて、壊したい、という衝動にも似ている。紫苑はそれを自覚しながら、目を逸らさなかった。彼女を汚したくない。彼女の世界に、自分以外の影を落としたくない。彼女が生きるための唯一が自分であってほしい――そんな願いは、綺麗な言葉にできないほど醜く、そしてどうしようもなく真実だった


やがてエレオノールが唇を離し、紫苑の傷を指でなぞる。血が止まり、肌が元通りになるのを見て、彼女はほっと息をついた。その表情が、あまりにも無防備で、愛しい

紫苑は彼女の細い肩を抱き寄せた。逃げられないように、けれど壊れないように。腕の中に閉じ込めるというより、世界の冷たさから隔てるみたいに。彼女の髪に口づけ、耳元で囁く


「……俺がいる。だから大丈夫」


エレオノールは小さく笑い、紫苑の胸に頬を寄せた。その温度が、彼の夜を照らす灯になる。紫苑の中にはまだ飢えが残っている。闇も、欲も、消えてはいない。けれど、そのすべてを抱えたまま、彼は彼女を愛する


仄暗い誓いは、甘い鎖になる


紫苑は腕をほどかない。ほどけない。彼女が自分の血で生きる限り、彼もまた彼女で生きていくのだと知ってしまったから

そして、その残酷なほど優しい運命を――紫苑は、幸福だと思ってしまうのだった

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