表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【番外編】鳥籠に咲いた愛の花  作者: 朝凪
1章 番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/12

2

前回からの続きです!

兄妹はふたりぼっちになってしまった

2人の持ち物は小さな鞄が1つ。中身は、僅かなお金と通帳、パスポート、そして4人の家族写真。折れないように、濡れないように、何度も確かめながら奥へ押し込んだ。写真の中のヴィクトワールは美しく、テオドールは穏やかに笑い、兄妹は無邪気に寄り添っている

ーーもう戻れない場所が、紙の中だけに残っていた


行く当てはない。夜に森を抜け、街の灯りを避け、空き家に潜り込んでは息を殺して眠る

エレオノールは疲れからすぐ寝てしまうけれど、オーギュストは眠れなかった。まぶたを閉じれば、赤い月の夜が燃え上がる。そして、もっと恐ろしい想像が脳裏にこびりつく

ーー明日、もし妹が居なかったら

それだけで胸が痛くなり、息ができなかった


時折、知り合いの吸血鬼の家に身を寄せることもあった。けれど、オーギュストの心は晴れない。ヨーロッパにはまだ過激派が蠢いている。例え今日が無事でも、明日はわからない

油断できない状況に、オーギュストの心は凍りつき始める

それでも、エレオノールは兄の後ろをちょこちょことついてくる。小さな指で服を掴み、怯えた目で周りを見て、それでも兄を見ると微笑む

その笑顔が、オーギュストの希望だった。同時に、その笑顔を失うのが怖かった


ある夜。廃屋の床に座り、家族写真を見つめながらオーギュストは決める

この大陸では駄目だ。ここに居る限り、狩人の影は消えない。妹の未来が、常に恐怖に縛られる


「どこか、遠くに行かなきゃ……」


オーギュストの声は小さかった


「吸血鬼伝承のない、過激派もいないところへ」


そして彼が選んだのは、極東の国・日本

遠い海の向こう。噂が届きにくい場所。狩りの熱が伝統として根を張っていない国。少なくとも、今のオーギュストには“可能性”に見えた

彼は日本語や株取引を必死に学び始めた。生き延びるため、妹を守るため

知り合いの吸血鬼の手を借りて手続きを整え、通帳の数字を数え、パスポートを握りしめた


旅立ちの日。港は潮と鉄の匂いがして、冷たい風が頰を刺した

エレオノールは小さな鞄を抱えるように持ち、兄の袖を離さない

オーギュストはゆっくりとしゃがみ、妹の目を見て、優しい声で言った


「エレオノール、海を渡るよ。平和な国へ行こう」


妹はコクンと頷いた

こうして、悲劇の兄妹は日本へ向かった。小さな鞄と、写真と、重すぎる過去を抱えて



日本へ来たオーギュストは、株取引で必死にお金を稼ぐ

そして山を1つ買い取り、そこに豪奢な鳥籠のような屋敷を建て、エレオノールを閉じ込めてしまうのだった

それが、妹を守る1番の方法だと信じて


ーーーーーーー


時は流れ、エレオノールは7歳になった

妹はまだ少女だというのに、すでに女神のような美しさを備えていた

オーギュストは気が気でない。山は安全だと分かっていても、赤い月の夜が脳裏で燃える

ーーまた、奪われる

その恐怖が、兄の心を頑なに凍らせる


そして案の定ーーエレオノールが人間の子どもと遊んでいるのが発覚した


オーギュストの中で何かが切れる

人間、危険、奪う者

そんな存在が妹の近くにいるのが許せなかった

だから、エレオノールから記憶を奪った


「忘れろ」


その夜。エレオノールはなぜか涙を零した

オーギュストは妹を抱きしめ、囁いた


「大丈夫だ。私が守る」


それは救いの言葉であると同時に、鍵をかける宣言だった


ーーーーーーー


さらに時は流れ、オーギュストは29歳に、エレオノールは23歳になった

エレオノールは、母ヴィクトワールそっくりの、美しい女性へと成長した。栗色の髪は艶やかで、紅い瞳は宝石のように深く澄む

そしてエレオノールは、あの時の少年・紫苑と再会した。2人の間には恋が芽生え……


当然、オーギュストはそれに気づいた。エレオノールの瞳に宿る“誰かを想う光”に

オーギュストの中で恐怖が叫ぶ

ーーまた奪われる

ーーあの赤い月の夜のように

ーー妹は、人間に殺される!

そして、オーギュストはエレオノールを閉じ込めてしまう


だがーーエレオノールの中で、封じられていた記憶が軋み始める

眠らされ、閉じ込められた事で、逆に心が反発したのだ


「紫苑……?」


そうして、エレオノールは窓を壊し、部屋を抜け出した



ついに、3人は交差する


オーギュストは紫苑を殺そうとする

人間は敵だ。妹を奪う者だ

そう思わないと、今までの自分が壊れる

しかしーーエレオノールが紫苑を庇った

白い肌に、紅い血が咲く


「俺が………?」


呟きがポツリと落ちる

手から落ちたナイフが、カランと音を立てた

ーー妹を傷つけた

ーー俺が

ーー守るべき妹を?

その事実が、彼の心を折った


呆然とするオーギュストの前で、紫苑はエレオノールを抱きしめる

紫苑は自分の血を分け、エレオノールを回復させた

憎しみの対象から、命を繋がれる

その矛盾が、オーギュストの世界を崩していく


そして、オーギュストはエレオノールに謝った


「………すまなかった。……俺は……お前を守っているつもりだった。お前を、失いたくなかった」


オーギュストの声が震える


「けれど、守るふりをして……お前を苦しめた」


エレオノールは、オーギュストをまっすぐ見た


「わたくしは、お兄様を嫌いになりたいわけではありません。……でも………わたくしを、鳥籠から出してくださいませ」

「……わかった。……鳥籠の鍵を開けよう。……お前が行きたいところへ、自由に飛んで行くといい」


ーーーーーーー


オーギュストは鳥籠の鍵を開けた

エレオノールと紫苑は付き合い始め、少しずつ日々を重ねていく。2人で手を繋ぎ、お茶をし、ともに笑う

オーギュストはその姿を見ながら、ゆっくりと理解していく

ーー人間も、悪い者ばかりではない

憎しみは、両親を殺した人間達に向けるべきであって、世界そのものへ垂らす毒ではない

そして何よりーー妹の幸せは、兄の檻の中では育たない


オーギュストは、まだ怖い

油断すると、赤い月の記憶が疼く

けれど彼は、その恐怖を“鍵”にしない努力を始める

怖いままでも、手放す

守るために、閉じ込めない


ーーーーーーー


悲しそうな小夜鳴鳥に気づいた青年は

鳥籠の扉を壊します

小夜鳴鳥は自由に羽ばたき

青年の側で美しく囀っているのです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ