第8話 手ごたえ
フォルが優たちに提案したセル内での自身の立ち位置。それは、優と春樹が担っているのと同じ前衛だ。
いや、もっといえば優たちよりさらに前。誰よりも前に立って魔獣をさばく、いうなれば「最前衛」とでも呼べるポジションだった。
彼女の提案をひとまず飲んでみてから、はや1週間。早朝はもちろん、外地演習でも、可能であれば放課後も。フォルを最前衛においた連係を確認し続けた優たち。
遠征に行く前、最後の外地演習を迎えた彼らの前には、黒い砂になっていく魔獣の姿があった。
今しがた彼らが倒したのは、牛の魔獣だ。
体長は3mほど。ともすれば軽乗用車よりも重く大きい中型魔獣だ。
並みの〈魔弾〉では吹き飛ばず、武器による傷も通りにくい。以前のスリーマンセルであれば、魔獣の攻撃をいなしながら、いかにしてシアが放つ最大火力の魔法を当てるのか、苦心していたところだろう。
だがフォルを最前衛に置くと、魔獣の攻撃は彼女に集中するようになる。自ずと魔獣の動きは予想しやすくなり、フォルを補佐する優たちも動きやすくなった。
さらに驚くべきは、フォルの上達速度だろう。
初めての単独での魔獣討伐をしてからというもの、フォルの動きは見違えた。
魔獣を相手にひるむことは無くなり、堂々と魔獣から向けられる殺意と向かい合えるようになった。
そうなれば、もともと身体能力・魔法技能共に優たちと同等以上の実力を持つフォルだ。
柔軟な身のこなしで魔獣の攻撃をかわし、折に付けて反撃。まだ優たちの動きを見る余裕はないようだが、そこは当初の予定通り、連係の経験値を豊富に持つ優たちが合わせてあげるだけで良い。
目の前。黒い砂になっていく牛の魔獣の前で、見えない“何か”の感触を確かめるように手を開いて閉じた優。
今日はこの後、フォルを正式にセルに迎えるかどうかを決める最後の話し合いがある。
時間的に考えても、今の牛の魔獣との戦いが遠征まえ最後の魔獣討伐だろう。ということは、この手ごたえをもとに、優はフォルの加入の可否を決めなければならない。
遠征予定地は外地も外地だ。この辺りで出会う、内地付近まで追いやられてしまうような弱い魔獣とは危険度も異なる。
当然、優たちがフォルの動きに合わせる余裕も無くなることが考えられた。
(俺の、答えは……)
命がかかっている。それも、優自身の物だけではない。春樹とシア。そして、フォル。この後の決断には合計4人分の命が伴うことになる。
自分たちにとって、何が重要なのか。努めて冷静に判断した優は仲間を連れ、第三校への帰路に就くのだった。
数時間後。予定通り、遠征に向けた最後の話し合いを行なうことになった優たち。
場所はいつものエントランスロビーではなく、優の部屋だ。
遠征前に最後の話し合いをしようとしていた同級生によってエントランスロビーは大混雑。重要な話し合いをできるような雰囲気ではなかったからだった。
それぞれが飲み物を準備し、いざ話し合いを、と、優が口を開こうとした時だった。
「ちょっと待って」
フォルが片手をスッと上げて発言権を求めた。
どうかしたのかと優たちが目を向けてみれば、フォルは赤い瞳をベッドに腰掛けるシアへと向ける。
「なんでシアちゃんが神代優のベッドに座ってるの? それも、当たり前みたいに……。答えて、神代優」
声に糾弾の色をのぞかせながら、フォルは優へと目を向ける。
「いや、なんで、と言われましても……何か変ですか?」
学生寮の1部屋は1人で暮らす分には十分すぎるくらいに広いが、4人も集まれば手狭になる。座卓を囲むように座ろうとした場合、誰かがベッドの上に座った方が、収まりが良いのだ。
かつては天が担っていたポジションを、今はシアが務めているに過ぎない。
特段、違和感を覚えているわけでもない優たち。互いに顔を見合わせて首をかしげる3人を、フォルは冷めたまなざしで見つめる。
「たとえ同級生でも、セルの仲間でも。恋人でもない女の子が異性のベッドに入るって良くない……と、思う」
「…………。……た、確かに!」
フォルに指摘に、シアが紺色の瞳を大きく見開く。
天が優のベッドを占拠するのが許されていたのは、彼女が優の「妹」だったからに他ならない。他人で、かつ、異性のシアが知り合いの男性のベッドに座るというのは、世間一般からすると“不埒”に当たるのかもしれなかった。
自信の状況を改めて指摘されてシアが顔を真っ赤にして口をわななかせる一方、天のおかげで異性がベッドを使うことにはあまり抵抗がない優だ。特段、慌てることもなく冷静に言葉を返す。
「ですがフォルさん。フォルさんはシアさんがお尻を痛めても良いんですか?」
「そんなわけない。ただ、1年も一緒に居ながらシアちゃんのために……というより、お客さんのためにクッションを買わない神代優が悪い。あたしも、きっと瀬戸くんも。現在進行形でお尻が痛い。反省して」
「あ、うっす……。なんかすみませんでした……」
女性の立場が強い神代家で育ってきた優だ。女子にぴしゃりと言い切られてしまうと、事実はどうあれ、反射的に謝るように癖づいてしまっていた。
「ふぉ、フォルさん! お尻が痛いようでしたら、私の横にどうぞ! いえ、むしろ来てください……っ!」
「推しと同じベッドに!? で、でも、本人からの誘いだし、良いよね……!?」
「お~い、フォルさん。さっきの自分の言葉、特大のブーメランになってるぞ~」
1人で座っていると変に意識してしまうため、フォルを誘って共犯者に仕立て上げることにしたシア。そして、彼女の勧めに全力で乗っかるフォルと、苦笑する春樹。
1週間前よりもさらに打ち解けた彼らにはもう、ほとんど遠慮など必要がなくなりつつある。言いたいことはきちんと言えるし、お互いの理解も深まった。
だからこそ、
「こほん。それじゃあ、気を取り直して……早速ですが、フォルさんを遠征に連れていくか否か、決めようと思います」
優の切り出しに、他の3人も表情を硬くする。
「前提として、これは多数決じゃありません。俺、春樹、シアさん。それからフォルさん。4人全員が賛成してようやく、フォルさんをセルに加えます……大丈夫ですか?」
「神代優。あたしも、なの……?」
目を瞬かせるフォルに、優は首を縦に振る。
「もちろんです。むしろ、俺は最初に確認するべきだとも思いました。……フォルさん、俺たちと一緒にセルを組めそうですか?」
優の質問は、裏を返せば、自分たちに命を預けられるのかという質問でもある。
なんの実感も経験もなかった編入当初ならともかく、今は何度か魔獣との戦いも経験した。その中では当然、フォルだけでなく優たちも小さな“やらかし”を何度もしてしまっている。
例えば優が木の根に足を取られて転びそうになったり、春樹は狙いを外して空振りをしてしまったり。シアもなんど、トドメとなる〈魔弾〉を外したことだろうか。
優たちが選ぶ側であるように、フォルもまた、命を預ける相手を選べる対等な立場に立ったのだ。
ここで彼女が拒むようであれば、そもそも入れる・入れないという話ではない。早々に、この話し合いもお開きとなる。
しかし、そこはフォルだ。
「あたしは、シアちゃんを守るために特派員になった。シアちゃんが居る場所が、あたしのいる場所」
自身の胸に手を当て、堂々と胸を張って見せる。
「フォルさん!」
彼女の覚悟が嬉しくて笑顔の花を咲かせたシア。だが、すぐに表情を曇らせることになる。
というのも、フォルの言葉が暗に、優や春樹を信頼したからではないと言っているように聞こえたからだ。
メンバーが誰であれ、シアが居る場所がフォルの“いるべき場所”になってしまう。シアからすると嬉しくもあり、もどかしくもあった。
と、そんなシアの心配をフォルが察したわけではない。ただ、「それに」と続けたフォルの言葉は、シアの心配を杞憂に変える。
「それに……今日。最後の最後だった、けど。神代優たちとの連係にも、手ごたえ? みたいなのがあった。あなた達とならシアちゃんを守れるって、なんとなく、感じた」
外地演習で討伐した牛の魔獣を引き合いに出しながら、フォルが優と春樹を順に見る。
別に明確な根拠があるわけではない。ただ、フォルの女神としての直感が、この人たちなら大丈夫だと言ってくれた気がしたのだ。
また、曲がりなりにも優たちは、フォルがシアの同級生になるきっかけを作ってくれた恩人でもある。ここ数週間を一緒にして、彼らがシアをきちんと大切にしてくれていることもよく分かった。
「自分で言うのもなんだけど、あたしはあんまり人付き合いが得意じゃない。だから、その……できるなら、一緒に戦うのは、よく知ってる人が良い」
暗に、神代優と瀬戸春樹だからこそ、自分は一緒にセルを組みたいのだ、と。不器用ながらも自分の言葉で伝えたつもりのフォル。慣れないことをしたために耳が赤くなってしまうのはご愛敬だろう。
情けない自分の姿を見られまいと、ベッドの上で膝を抱えて顔を隠したフォル。そのまま――優たちの顔を見ないで済む状態のまま――フォルは自ら、核心に触れる。
「し、シアちゃん達こそ、どう……? あたしは、みんなと戦うだけの動き、できてた、かな……?」
生い立ちゆえ、どうしての自分に自信が持てないフォル。彼女がこの、自分の価値を問う言葉を口にするのに勇気が必要だったことは言うまでもない。
それでも尋ねずにいられなかったのは、フォルが本気で、優たちと一緒に遠征に行きたいと思っているからに他ならないだろう。
まつげを震わせ、膝を抱える腕に力を籠めながら審判の時を待つフォル。緊張と不安で脈打つ鼓膜は、まるで頭の中に心臓が来てしまったような感覚になる。
数十秒、数分、数十分。
フォルとしては長く感じた時間は、その実、ほんの数秒しか経っていない。
「もちろんです!」
「はい、大丈夫です」
「おう、大丈夫だ!」
ぴったり一致とはいかなかったものの、ほぼ時差なく。シア、優、春樹が順にフォルの問いかけに頷く。
前提として、優たちはフォルの加入に前向きだった。少し口下手だが人柄には大きな問題は無いし、魔法の扱い、身体能力ともに何の問題もない。
朝から晩まで自信を追い込み、課題だった魔獣討伐への自信も最低限は身に着けた。そんな“四条フォル”だからこそ、だ。
「改めて言わせてもらいます、フォルさん。俺たちと――」
「ちょっと待ったぁ~、です、優さん!」
優が何を言わんとしているのか察したシアが、ベッドから立ち上がって待ったをかける。
「コホン……その先は、どうか、私に言わせてください」
決然とした顔つきで言うシアに、優も静かに頷きを返す。
そして、シアが振り返ったその場所には、ベッドの上で膝を抱えながらこちらを見上げるフォルが居る。
フォルも馬鹿ではない。話し流れや場の雰囲気から、シアが何を言おうとしているのかを察している。
ただ、自己肯定感が地を行くフォルだ。自身の推測がただの幻想や希望的観測にすぎないのではないかと、どうしても疑ってしまう。
疑心暗鬼に揺れる赤い瞳。そんな親友の瞳から、内心をつぶさに読み取ったシア。
大好きで大切な親友がきちんと笑顔になれるよう、まっすぐに赤い瞳を見つめ返してあげながら、手を差し伸べる。
「フォルさん! 私たちと一緒に、戦ってくれませんかっ!」
「……っ!」
あなたが必要だ、と。あなただから一緒に戦いたい、と。シアが言外に込めた万感の想いが、どれだけ伝わったのかは分からない。
ただ、大きく見開かれたフォルの瞳からは、一瞬にして揺れが消え去る。
「シア、ちゃん……」
無意識のまま、すぐそこにある光と温もりに手を伸ばしていたフォル。しかし、直前でなぜか怖くなって、シアの手を取るのを躊躇してしまう。
それでも、
(あたし達で、シアちゃんを守るんだ……っ!)
手を引いてもらうばかりでは守れない。自分こそがシアを守るのだ、と。
自身の誓いを力に変えて、届かなかった数センチを埋める。
「よろしくね、シアちゃん、瀬戸くん、神代優!」
こうしてフォルがシアの手を取ったことで、晴れて優たちはフォーマンセルで遠征に向かうことになる。
向かう先は瀬戸内海の離島、家島。梅雨明けが近づくに伴って、灰色の雲は遠ざかっていく。そうなれば、次に待っているのは夏の象徴たる入道雲だ。
背の高い、大きな大きな黒い雲が一足先に、日本にやってきていた。




