第6話 自分の戦い方
反省会から2日。木曜日の6、7時限目。優たちはフォーマンセルになって2回目の外地演習を迎えていた。
場所こそ前回の遠征地から少し奈良市方面へ移動した森の中だが、やるべきことはいつだって変わらない。
〈探査〉による状況把握。目と耳による索敵。魔獣を補足し次第、接敵・討伐。派手さも、奇をてらう必要もない。淡々と、命を懸けた己の職務を全うするだけだ。
ただ、優たちが一般の学生と少し異なるのは、より遠い場所・範囲を探索することになることだろう。
彼らのセルには2人も天人が居る。その他大勢の学生と同じ動きをしていては、宝の持ち腐れも良いところだ。シアの“天人して”という責任感も加わって、より積極的な索敵となる。
そうして探索範囲が広がれば、当然、魔獣との接敵リスクも跳ね上がるわけで――
「来たぞ、優!」
春樹の鋭い声を聴きながら、優は地面を滑るようにして駆ける。一方の春樹も、優とは反対方向に走り始める。
いま優たちが相手をしているのは、体長1.5mほどの鹿の魔獣だ。魔獣らしい特徴と言えば、お腹から下向きに生えている食虫植物のような口だろうか。
若いイノシシ程度なら丸呑みにできてしまいそうな巨大な口から生えた牙には、食べたばかりと思われる何らかの動物の肉片がこびりついていた。
そんな魔獣の左側面から、透明な刃を手に接敵する優。
草食動物系の魔獣は、非常に視野が広い。そのため奇襲作戦といったものが通用しづらい。ゆえに真っ向勝負を、というわけでもない。
そもそも人間の身体能力など、野生動物たちの足元にも及ばない。
時に乗用車に迫る速度で走る鹿だ。人間の足では追いかけても追いつけないし、追いかけられても逃げきれない。真っ向勝負など、下の下も良いところだろう。
にもかかわらず優と春樹が魔獣を迎え撃っているのは、もちろん、作戦があるからだ。
(俺たちの方に来てくれればいいんだが……)
自分が標的になることを祈る優だが、やはりというべきか。軽やかな足取りで駆ける鹿の魔獣は、優と春樹を無視して走り去って行く。
狙いはもちろん、魔獣にとっての「ご馳走」ことシアとフォルだ。
「フォルさん。よく見ていてくださいね」
「う、うん」
背後にフォルを庇いながら、手元に真っ白な銃を〈創造〉するシア。すぐに銃の先端に白い球体――〈魔弾〉――が出来上がる。
「天さんのように遠距離から当てられる自信があるのなら良いですが、私はそれほど器用ではありません。なので、こうして魔獣を引き付けて、引き付けて……」
血眼になってこちらに駆けてくる捕食者を前に湧き上がる、本能的な恐怖。それを、これまで自分が魔獣討伐で積み上げてきた自信で踏みつぶし、紺色の瞳を細めるシア。
10m、9m、8m……。魔獣が5mの位置に来た次の瞬間、「いま」と静かに引き金を振り絞る。
すると、銃の先端に充填されていた〈魔弾〉が発射される。いや、弾けると言った方が正しいだろうか。
というのも、シアが放った〈魔弾〉は、時計で言うところの針の中心と3時、9時、12時。合計4つの平行した軌跡をえがく〈魔弾〉へと分裂したからだ。
これにより正面はもちろん、左右と跳躍。対象がどこへ逃げても確実に〈魔弾〉を当てられる仕様になっていた。
一見するとマナの無駄遣いにも思える。
実際、天のように器用で百発百中という人物なら、単発射撃でも十分に実戦で戦えることだろう。が、シアはそうではない。動き回る相手に何度も〈魔弾〉を使用して、ようやく命中させられるといった程度だった。
そんな彼女の状況を見かねたのが、男性の天人・ザスタだ。
優が常坂家で修業に励んでいた春休みの間、シアは彼と共にいくつかの依頼をこなし、大量の魔獣と戦った。その中で、シアが俊敏な魔獣を苦手とすることをザスタは見抜いたらしい。
『シア。去年、俺と戦った時のように〈魔弾〉を使え』
任務からの帰り道、シアはザスタにそんなことを言われた。
『ザスタさんと戦った時……というと、〈流星〉ですね?』
かつて対人実技試験でザスタと対戦したシア。その際に使用したのが、複数の〈魔弾〉を曲線的に相手に発射する魔法だ。
〈流星〉とは名付けたものの、なんとなくマナの無駄遣いに思えたシア。あれ以来使用していなかったのだが、ザスタに言われて思い直す。
それまでシアは、1つの〈魔弾〉の射出速度や軌道を調整することに苦心してきた。
しかし、実際の戦闘では、動く対象をなかなか捉えられず、外してしまうこともしばしば。そうしてもたついているうちに魔獣に接敵され、結局は〈創造〉した武器で戦うことになったことも一度や二度ではない。
であれば、4つの〈魔弾〉を一度に使用して、確実性を重視した方が相対的に見てマナの効率がいいのではないか。
そう考えるようになってからは、この分裂する〈魔弾〉を使うよう心掛けるようにしていた。
今のところは、それまでの戦い方と比べて楽に魔獣を討伐できている手ごたえがシアにもある。どうやら今回も例に漏れないらしい。
魔獣が反射的に攻撃をかわそうと横に跳ぶが、そこにも保険として放たれた白い〈魔弾〉がある。魔獣が目を見開いた次の瞬間には、彼の身体ははるか後方に吹き飛ばされていた。
さすがに内地から少し離れた場所で暮らしている魔獣は頑丈だ。全力でもないシアの〈魔弾〉では仕留めきれない。
(――でも、これで良いんですよね、優さん、春樹さん!)
地面を転がって起き上がろうとする魔獣に迫る影が2つ。優と春樹だ。
「ふぅっ!」
「せいっ!」
優がサバイバルナイフで足を。春樹が長剣で首を。それぞれ狙いながら、得物を振り下ろす。
ここまでしても魔獣を仕留め損ねることも珍しくない。反撃されないためにも、2人は魔獣を切ってすぐにその場から退避。木の影から様子を伺う。
と、魔獣が黒い砂へと変わっていくのを確認できる。今回は無事、討伐できたようだった。
念のために魔獣が全て黒い砂になったことを確認してから、緊張を解いた優と春樹。互いに頷き合って、シア達と合流する。
「お疲れ様です、シアさん」
「お疲れ様だ、シアさん」
「はい、お疲れ様です、優さん! 春樹さん!」
互いに笑い合って無事を確認した優たちは続いて、神妙な面持ちをしているフォルへと目を向ける。
反省会の際、魔獣との戦闘経験が無いことが判明したフォル。一昨日と昨日、今朝もそうだが、優たちは学校近辺の森で可能な限りの時間を過ごした。
しかし、ほとんどが空振り。2回ほど弱い魔獣の反応があったが、行ってみればどちらも他の学生によって討伐されてしまっていたのだった。
そうして迎えた今日、学校から離れたことでようやくこうして魔獣と戦う機会に恵まれた。さっそく4人での連携を、と。意気込む優とシアに待ったをかけたのが、春樹だ。
曰く、まずはフォルに「魔獣は怖くない」と思ってもらうようになるのが先ではないか。ついでに3人での連係を見てもらうことで、“神代天の代打”ではない。“自分”の立ち位置を決めてもらってはどうか。
春樹のそんな提案を受けて、今しがた優たちは3人での討伐を行なったのだった。
「本来、視野が広い草食動物が元の魔獣は複数人で攻撃。脳の処理をパンクさせて反応が遅れたところを叩くのが定石なんですが……」
「まぁ、見ての通りですね。オレたちの場合、どうしても魔獣がシアさんのところに行く。当然、シアさんの負担が大きくなるってわけです」
優、春樹の順で、スリーマンセル時の“穴”について解説する。
かつてはシアと天で魔獣の標的を分散させることもできていた。しかし天が抜けてからは、今のようにシアにかかる負担が大きい状況が続いている。
もちろんシアも、自分に危険が集中するのは「どんと来い!」の姿勢だ。優たちが怪我をするくらいなら、自分が傷ついた方がはるかにマシと考えるのがシアという人物でもある。
それでも現実問題として、
「1体、2体程度であれば私も問題はありません! ですが、それ以上となると……」
シアまっしぐらの魔獣が複数いた場合、もはやシア1人では対処不可能だ。
「なので、できればフォルさんにはシアさんを補佐できるようなポジションをお願いしたいんですが、どうですか?」
実戦を見てもらって、イメージを持ってもらったうえで、フォルが何を思うのか。優が聞いてみると、フォルは考え込むようにうつむいたまま口を開いた。
「えっと。前の女……コホン。前にいた子は、シアちゃんと神代優の間くらいの位置で遊撃を担当してた、で、合ってる?」
一瞬、シアと大層仲が良かったらしい天に対する敵意を声ににじませてしまったフォル。自分でさえ「フォルさん」なのに、天に対しては「天ちゃん」なのだ。嫉妬するなという方が無理だろう。
ただ、フォルは愛に狂う色情女神というわけでもない。努めて冷静に言い直し、優たちが自分に求めているだろう役割を言語化する。
「そうです。1年近く魔獣を倒していた天と同じ動きをフォルさんに求めることまではしません。魔獣の標的を分散してくれるだけでも御の字です」
優の言葉に、ピクリと目元を反応させるフォル。力も経験も足りないのだ、と、改めて突き付けられたように思えたからだ。
とはいえ、言われたことが事実なのも変わりはない。今の自分にできるのはせいぜい、広範囲の〈探査〉と、攻撃役であるシアの囮になってあげることくらいだろう。
(1年……)
心の中で呟きながら、ぎゅっと拳を握るフォル。
たった1年。されど1年だ。
自分とシア達の間にある1年という時間の差があまりにも大きいことを、フォルは実感せざるを得ない。
アイドル活動にうつつを抜かしていた、などと言うつもりはない。アイドルもまたフォルにとっては大切な在り方であり、生き方だ。
権能を使わずとも自分を好きでいてくれるファン達だっている。彼らからの厚意を、声援を、フォルは「アイドルなんか」などと言う言葉では絶対に片付けたくない。
それでも、やはりどうしても考えてしまう。
――あと1年早く、シアと再会できていれば。
三校祭のテレビ中継を通じてシアのことを知ったフォル。もちろんシアと一年早く出会うなんてことはありえない。頭では分かっていても、ついついそう思ってしまう自分が、フォルはただただ憎い。
やはりアイドルではない自分はまだボッチ根性が染みついた根暗な女神のままなのだ、と。マイナス方向へ思考を向けていたフォルだったが、そこでハタと気づく。
「そっか……あたし、ボッチだった……!」
小中高と。不登校ゆえに基本的に誰とも交わってこなかったフォル。家族の支えを受けながらも、彼女はきらめくステージの上で、常に1人で戦い続けてきた。
そんな自分が誰かと、それも命を懸けた連係をしようという考えが間違っていたのだ、と。曇り空の間にある青空を仰ぎ見て、天啓を得たフォル。
「ふぉ、フォルさん! フォルさんはボッチじゃありませんよ! 少なくとも私が居ます!」
親友の突然のボッチ宣言に、慌ててフォローを入れる。そんなシアの手を、フォルは瞳を輝かせながらむんずと掴む。
「シアちゃん! 瀬戸くんと、ついでに神代優。あたし、ちょっとやってみたいことがある、かも!」
常に1人で戦い続けてきた女神が、自分なりの戦い方を思いついた瞬間だった。




