第5話 覚悟の反省会
フォルを加えた4人体制での魔獣討伐を行なった外地演習の夜。寮の1階にある広いエントランスロビーに優たちの姿はあった。
2人掛けのソファに優と春樹。机を挟んで正面にある1人掛けのソファ2つにシアとフォルが座る。
議題はもちろん、今日の演習についてだ。
現在、演習まで2週間を切っている。連係を確認できる回数もかなり限られている状態だ。
――演習までに最低限の連係が確認できないなら、フォルには申し訳ないが今回はスリーマンセルで遠征授業に当たる。
それはフォルを加入させる際、優たちが全員で確認した最低条件だ。
そんな中で迎えた、今朝の演習。結果は知っての通り、魔獣と接敵した際にシアとフォルが接触。危うく大怪我をするところだった。
その際の反省点について話し合う中、明らかになったのは、フォルの意外な事実だった。
「えっ! フォルさん、今日が初めての魔獣討伐だったんですか!?」
温かい緑茶が入った紙コップを手に声を上げたシアに、フォルは暗い表情のまま頷く。
フォル本人によって改めて肯定された事実に、優たちが目を見張ったことは言うまでもない。が、直後には「それもそうか」と納得してしまう。
「去年が異常だっただけで、本来、1年生は夏休みの任務で初めて魔獣討伐をする奴が多いんだったな」
仕方ないとフォルをフォローする春樹の言葉に、優も「ああ」と頷く。
そう。優たちの年が異常だっただけで、1年次の外地演習で魔獣と接敵できる機会は少ない。
まだ身体も心も出来上がっていない1年生の春に、魔獣と戦うのはあまりにも危険が大きい。だからこそ、教員や先輩が授業に先立って学校周辺の魔獣を討伐するからだ。
1年次の外地演習は基本、外地に慣れること“だけ”が授業の狙いなのだ。
「まして、今年からは第三校周辺はほぼ内地に等しい状態です。10期生の中で魔獣と戦ったことがある奴の方が少ないんじゃないですか?」
無糖のアイスカフェオレを手に尋ねた優に、フォルはまたしても首を縦に振る。
「そう。神代優が言うように、あたしが授業で外地演習をしたのは合計で3回。でも、魔獣とは会えなくて……」
例年通りであれば、1年生の外地演習は5月の頭から始まる。
そんな中、フォルは9期生として編入するため、5月の中旬には一度退学をしてしまっている。他の学生に比べると、外地で過ごした時間もはるかに少ない。
自然、いくら魔獣に狙われやすい天人とはいえ、魔獣と接敵する機会に恵まれてこなかったようだった。
「なるほど……。つまりフォルさんが魔獣に接敵するのはアレが初めて。……だから魔獣と会った時、昔のシアさんみたいになったのか」
「はぅっ!? けほっ、けほ!」
優からもたらされたキラーパスに、シアが飲みかけていた緑茶を吹き出しそうになる。
優とシア。2人が初めて対峙した魔獣は、小型のイノシシの魔獣だった。その魔獣に突進された時、シアは恐怖と混乱で動けなくなってしまった過去がある。
今では考えられないような失態――黒歴史――を掘り起こされ、シアは思わずむせてしまった。
「シアちゃん!? 大丈夫……?」
羞恥で顔を赤くしながら口を押さえるシアに、そっとハンカチを差し出すフォル。それをシアが受け取ってくれたことに少し表情を柔らかくした彼女だが、すぐに目つき鋭く優を見る。
他方、別に深い意味もなく、むしろ過去を懐かしむような気持で先の言葉を口にしていた優だ。まさかシアがこれほど大きなリアクションをするとは思っていない。
「神代優……!」
「おい、優。今のは無いぞ……」
「いや、その……すみませんでした、シアさん」
フォルからは敵意を。春樹からは呆れを。それぞれ視線を向けられて、素直にシアに詫びる優。対するシアもきちんと謝罪を受け入れ、むしろ過剰に反応してしまったことを恥じ入るのだった。
「さて……」
シアが落ち着くまでのわずかな時間、反省会をするわけにもいかないと考えた春樹。実は少し前から気になっていたことをフォルに聞いてみることにする。
「フォルさん。なんで優のこと、フルネームで呼ぶんだ?」
シアを介抱していたところに話しかけられ、しばし質問をかみ砕くように瞬きをしたフォル。ただ、すぐに春樹から問いを投げかけられたことに気づいて居住まいを正した。
「神代優は神代優だからで……だよ?」
敬語が出そうになったところをグッと堪え、ため口に変える。フォルなりに、少しでも春樹たちとの距離感を埋めようと思っての行動だ。しかし、
「えっと……どういうことだ?」
春樹にそう聞き返されてしまっても、返す言葉を持ち合わせていない。
なにせフォルの中では優の呼び方は「神代優」だからだ。
もちろん、フルネーム呼びという他人行儀な呼び方になってしまう裏には、きちんと理由がある。
同級生には優の妹である天が居るため紛らわしいから、というのが表向きの理由だ。
ならば優の名前を呼べばいいのだが、まだあまり知らない男子を名前で呼ぶことには抵抗感があるし、何より。
大好きなシアと“仲良し”である優を親しげに名前で呼ぶことを、フォルの深層心理が激しく拒否していた。
ただ、暗い幼少期をやり過ごすために、自身の心に鈍感にならざるを得なかったフォルだ。まさか嫉妬心からくる“せめてもの抵抗として”優をフルネームで呼んでいる、などと。考えもしないし、気づかない。
口下手で、自身の感情に鈍感。芸術の神として理論よりも感覚を頼りに生きてきた彼女にとって、“自分について語ること”ほど苦手なことは無い。
「えっと、だから……神代優は神代優、でしょ?」
これ以上の説明を持ち合わせないフォルはそう言って、首をかしげることしかできなかった。
「おぉう……。ま、まぁ、フォルさんが面倒じゃなければ、それで良いんだけどな」
春樹が苦笑して話を締めたところで、シアの話をする態勢が整う。流れで優たちも表情と空気を引き締め、次の外地演習――木曜日の6・7限目――に向けた話し合いを再開した。
冒頭のフォルの告白により、そもそも連係以前の話であることが判明している。つまるところ、差し当たり優たちのセルに必要なのは“フォルの場慣れ”だろう。
「まずはフォルさんを問題なく動ける状態にしてから、4人での動きを確認したいな」
春樹の言葉に、優とシアも首を縦に振る。
今からでもフォルを外した方が良いのでは、という話し合いを彼らは行なわない。仮にもフォルをセルに加えた時点で、ギリギリまでフォーマンセルでの活動を追い求めることに決めているからだ。
天人という戦力を問題なく加えられるのであれば、それ以上の“最善”は無い。
――いつでも、どこでも、最後まで最善手を追い求める。
天がいた頃から変わらない、優たちのセルの方針だ。
ゆえに彼らは、どうすればフォルをセルに迎えられるかを全力で検討していく。
アイドルとしての身体・体力作りを欠かしていなかったフォル。運動方面においては、優たちに見劣りしないものがある。もちろん魔法の腕も一級品。優が評価するのもおこがましいレベルだ。
「つまり、どうにかしてフォルさんに魔獣との戦いに慣れていただくことが先決だ、と?」
「そうです、シアさん。なので、まずは明日から遠征が始まるまで、朝練として俺たちと一緒に山に出てもらいたいんですが……?」
少しでも魔獣と接敵できる確率を上げたい。そんな考えのもと、フォルへと目を向ける優。確認する口調なのは、フォルはただの学生ではないからだ。
彼女には、アイドルとしての活動がある。しかも、決して趣味などではなく仕事だ。彼女がアイドル活動をしなければ、四条家の生計が成り立たなくなる可能性があるからだ。
そもそもフォルにとって「特派員になること」は、シアと一緒にいるための口実でしかなかったと優は記憶している。いわば副業で、本業のアイドル活動をないがしろにはしないし、できない。
そう思っていたのだが――。
「あんまりあたしを舐めないで、神代優」
優の心配など必要とないとばかりに、芯のある声でフォルが答える。
「あたし、アイドルしながら特派員になれるほど器用じゃない。それはこの前……10期生だった時に身をもって知った」
アイドルを続けながら特派員を目指すとどうなるのか。それはまさに、先月までのフォルが示してくれている。
アイドル活動も特派員候補生としての活動も中途半端に終わり、周囲にも迷惑をかける。惨憺たる結果になっていた。
であれば、どちらか一方に専念する道しかフォルにはない
「――そして、あたしがこの場所にいることが答え」
自身の胸に手を当てたフォルは、神秘的な赤い瞳で優を見つめる。
「なるほど……。フォルさんはアイドル活動を自粛しているんですね?」
「だから、神代優。あたしを舐めないでって言ってる」
言いながらおもむろに自身の携帯を取り出したフォル。手元で何やら操作していたかと思えば、とある画面を優の鼻先に突き付けてきた。
映されていたのは、もはや見慣れつつあるフォルのファンクラブのホームページだ。様々なお知らせの文字が躍る中、「重要」の表記のもと大きく記載された表題がある。
「『活動休止のお知らせ』……!?」
踊っていた文字を読み上げて、驚愕を顔と声に乗せる優。どうやらフォルは自身の半身ともいえる在り方を蹴ってまで、特派員を目指すことにしたらしい。
優が目を見張ったことに満足したのだろう。フスッと鼻を鳴らしたフォルが、自慢げに優を見てくる。
「これがあたしの覚悟。シアちゃんへの想い」
ドヤァとばかりに優を見るフォルの真意を推測できるほどの余裕は、今の優にはない。
もちろん、これまでもフォルをセルに迎えることには前向きだった優。だからこそ彼女を「仲間」だと位置づけ、可能な限りの歩み寄りを試みてきた。
一方で、本気で特派員を目指す自分と、アイドルをしながら特派員を目指さなければならないフォル。心の奥底で、自分たちの間にはどうしても隔たりがあると思っていたのも事実だ。
そんな中での、特派員に専念するという宣言。
誇張抜きにして、今この瞬間、優はフォルが自分と同じく全力で“特派員”を目指す仲間なのだと認識できた。
「お義父さんのことは心配しなくていい。これまでの稼ぎは、神代優の給料に2つ0を足したくらいあるし――」
「フォルさん!」
「きゃぁっ!?」
突如として手を握ってきた優に、可愛らしい悲鳴を上げたフォル。普段はあまり表情を表にしない彼女が、珍しく目を白黒させる。
「なに!? い、今になってあたしの可愛さに気づいて、握手したくなった、とか……?」
「いや、それは全然。そんなことより、なんでアイドルを辞めてまで、特派員になろうと?」
「『そんなこと』!? 自慢じゃないけどあたしとの握手券、数万円するんだけど……って、ひとまず離して」
ぺちっと手をはたかれ、フォルの手から手を離した優。ただ、キラキラとした瞳をフォルに向けることは止めない。
どうしてそこまでして特派員になろうと思ってくれるようになったのか。特派員のどこに魅力を感じてくれたのか。相手に構わず尋ねる優は、同胞を見つけたオタクに等しい熱がある。
なにせ特派員は優にとって実在するヒーローであり、今まさに目指している“夢”でもあるのだから。
普段の冷静であまり口数の多くない優からは想像できない勢いと熱に気圧されながら、それでも、シアのためには負けていられないと表情を引き締めたフォル。
「そんなの、決まってる――」
前置きをした彼女は、隣。優の方から触れてもらったフォルに対する嫉妬心を秘かになだめていたシアを抱くと、
「――あたしが、魔獣から生き甲斐を守るため!」
声高に、自身が命を懸ける理由を口にしたのだった。




