第4話 代打
あくる日の火曜日、1・2時限目。優たち9期生は外地演習のため、第三校からほど近い奈良県西部の雑木林にやってきている。
わざわざ第三校から少し足を延ばしているのは、学校周辺の森は下級生たちが外地演習で使うため。また、未だ県全域を内地化できていない奈良県の内地化を、授業の一環として目指しているからだった。
梅雨の合間の数少ない晴れの日。木漏れ日を背に、優たちも他の学生に倣って雑木林を散策する。
メンバーは優、春樹、シアの3人。そして、案の定というべきだろう。シアが天に代わる“4人目”として推薦してきた白髪の天人・フォルを加えた、フォーマンセルでの行動となっていた。
索敵係として、慎重に先頭を行く優。授業が始まって数分。他の学生たちと距離を取っただろう辺りで、背後にいるセルメンバーを振り返った。
「それじゃあフォルさん。〈探査〉をお願いします」
魔獣討伐の基本的な流れが変わることは無い。まずは魔力――体内に保有しているマナの量――が多い人員が広範囲を〈探査〉で索敵し、周辺状況と地形を把握。その情報をもとに、セル全体の行動を決める。
優たちに限らず、この雑木林にいる学生全員が取るべき行動だ。
これまではシアが担当していた部分だが、今回はフォルの魔法技術を見る意味も込めて、彼女に〈探査〉を任せることになっていた。
「……分かった」
優の言葉に表情を変えないまま頷いたフォル。目を閉じてスゥと大きく息を吸った彼女は、学生服の胸に手を当てながら大きく息を吐き出す。
一般人が使う魔法と、天人・魔力持ちが使う魔法は一線を画する。
フォルも例にもれず、優や春樹では絶対に放出できないような多量のマナの波で雑木林をさらうに違いない。そう考えていた優たちは、しかし。
「――〈旋律〉」
イメージしやすいように、だろう。フォルが固有の魔法名を唱えた瞬間広がった光景に、目を見張ることになった。
「これ……音楽で習った『五線譜』か……!?」
思わずといった様子で呟く春樹に、優も呆然としたまま頷く。
フォルが広げたマナの波は、地面と垂直に細いマナの糸が5本、列をなすものだったのだ。器用なことに、五線譜には音符や音楽記号までマナで再現されている。
そうして生まれる“マナの旋律”たちが、フォルを中心として、渦を巻くように周囲に広がっていく。
通常は“壁”のようなマナを広げる〈探査〉だが、〈旋律〉は五線譜、つまり5本の糸だけで索敵を行なう。一度の波に使用されるマナの濃度は極めて少ない。
半面、糸と糸の間は索敵の穴になるのだが、さすがは普段、歌って踊りながら権能まで使いこなすフォルと言ったところか。器用に五線譜を波打たせることで、可能な限り索敵の穴を無くそうと工夫してある。
しかも、フォルが使った〈旋律〉は断続的な探索の波を生み出す。波が発生するたびに感知できる対象の所在から、移動する速度さえも把握できそうだ。
使用するマナの量を大きく抑え、かつ、ただマナを広げるだけの〈探査〉では不可能な、動的な探索をも行なう。さらに、音符たちが踊るように広がる様は、見た者の士気をも向上させることだろう。
魔法1つ取っても“実用性のあるエンターテインメント”に変えてしまう。
(コレが芸術系の天人の力……!)
フォルを見る優の目に、改めて尊敬の色が宿ったのだった。
そうして優が驚愕と尊敬のまなざしでフォルを見詰める先。当のフォルは小さく息を吐き、こともなげに〈探査〉の結果を伝える。
「ふぅ……。周囲に他のセルが3組。南西……じゃない。4時方向、130mくらいに魔獣が1体。魔力は子供相当……って、神代優……? えっと……どうかしたの?」
優の熱烈な視線に気づいたフォルが、胸元でぎゅっと拳を握る。
大阪でのラストライブを経て、色々と吹っ切れたフォル。ほんの少しだけ自分の想いに素直になることができたし、“ただのフォル”と“アイドルのフォル”の間にあった境界線も薄れている。
だからといって、幼少の頃から培われた性格や考え方が一変するわけがない。
かつての天真爛漫な性格も、自身の歌と踊りに対する絶対的な自信も、取り戻せたわけではない。アイドルという仮面を心にかぶせなければ、かつての自分を演じることができないのが現状だ。
現実は物語のように、何かを解決すれば全て“元通り”というわけにはいかないようだ。
「……あ、あたしの報告に何か間違いがあったんだったら、ごめ――きゃぁ!?」
「フォルさん~!!!」
小学校の頃に踏み砕かれた自尊心のまま、つい自身に非があったのかと勘ぐってしまうフォル。深い意味もなく優に謝罪しようとした彼女を、不意に、柔らかな温もりが包み込んだ。
いや、勢いからして、突っ込んできたと表現するべきだろうか。おかげでフォルは、抱き着いてきた人物――シアによって押し倒され、お尻を地面に打ち付けることになった。
「~~~~~~……っ!」
フォルが声にならない悲鳴を上げるのに構わず、シアは興奮した様子で親友をたたえる。
「すごいです、フォルさん! こんなきれいな〈探査〉、私、始めて見ました~!」
フォルのお腹に抱き着きながら、紺色の瞳を輝かせているシア。その姿はどこかフォルに大型犬を幻視させる。もしもシアに尻尾があれば、はち切れんばかりに左右に振られていたことだろう。
「シアちゃん……。そ、そう……かな?」
「そうです! ねっ、優さん、春樹さん!」
フォルを押し倒した姿勢のまま見上げてくるシアに、優と春樹も頷きを返す。
「おう! さすがオレ達のフォルさんだ!」
「はい。俺もフォルさんの〈探査〉に見とれていただけです。報告に問題はありませんでした」
春樹、優。それぞれ順に言いながら、不安そうにするフォルに笑みを見せる。この時ようやくフォルも、はにかむような控えめな笑みを浮かべられるようになるのだった。
とはいえ、まだまだフォルの表情には緊張があるように見えた優。友人との触れ合いの中でフォルにリラックスしてもらう時間を取る意味も込めて、隣にいる春樹へと目を向けた。
「おい、春樹。『オレ達のフォルさん』ってファンっぽい言い方やめろ。一応、俺たちはもう“仲間”なんだ」
立ち上がるシア達に手を貸しつつ、優はフォルの手を取る春樹にじっとりとした目を向ける。
権能という名の催眠が解けた今も、春樹はフォルのファンのままだ。人の認識を誤らせる権能の影響力と後遺症についての話はさておき、優は春樹の言葉からフォルに対する“心の距離”を感じた。
もしそれで“遠慮”が発生してしまえば、命に係わる事態になりかねない。そのため、これからは切磋琢磨する仲間であることを改めて強調した形だ。
仲間を思うがゆえに、少しキツイ言い方になってしまう。そんな優のことを分からない春樹ではない。小学校の頃から2人が重ねてきた時間はダテではないのだ。
「そうだな……悪かった、優。フォルさんも。優の言う通り、これからはなるべく仲間として扱う。……ただ、な」
逆説の言葉を付けくわえた春樹に優たちが目を向ける中、春樹は気恥ずかしさと申し訳なさで苦笑しつつ口を開く。
「もうしばらく、推しに対するような言動もあると思う! だから、その時は遠慮なく叱ってくれ!」
無意識とは恐ろしいもので、自覚症状がない。ましてそれが癖づいたものであれば、まず春樹の力だけでは修正できないだろう。
だからこそ、客観的な評価を春樹は求める。彼もまた優同様に、遠慮することの危険性を理解しているからだ。
「こう……な。好きって気持ちは、案外、どうしようもないもんだろ? だから――」
天に向ける想いと、フォルに向ける想い。それぞれ質は違うが、春樹の中では同じくらいの熱量を持っている。
その熱量がつい言動に出てしまう理不尽さを、優は春野にまつわるアレコレで。シアは優に対するアレコレで。それぞれ理解しているだろうことを春樹も知っている。
ゆえに同意を求めようとしたわけだが、春樹は優のような鋼のメンタルを持っていない。言葉の途中で気恥ずかしくなって、赤面してしまった。
「――いや、何でもない、忘れてくれ……っ!」
勝手に言って自爆する。そんな春樹の巻き添えを食う形で、
「おい、やめろ春樹! それは俺に効く……っ!」
優も自身の若気の至りを思い出し、見えないダメージを受ける。
さらにシアも、自身のとめどない恋心が招いた悲惨な結末を突き付けられて、「はぅ……」と下を向く。
そんな中、唯一、不登校やアイドル活動のおかげでほぼ“青春”というものを経験したことがないフォルだけは、
「……?」
コテンと、白髪を揺らして首をかしげるのだった。
と、こうしてふざけ合っていても、優たちは決して油断していなかった。
近くの茂みから音がした瞬間――
「「「「――っ!」」」」
――全員が臨戦態勢を取る。
優も、シアも、春樹も。先ほどフォルが教えてくれた魔獣との距離「130m」を忘れてはいない。
また、この場には天人という、魔獣にとっての“ご馳走”が2人も居るのだ。魔獣の接近を予測できないほど、優たちも間抜けではない。
「――接敵!」
優の声で、互いが互いの背後を庇うフォーメーションを取る。全方位を警戒するためだ。
かれこれ1年近く。魔獣や魔人との戦いのたびに繰り返してきた動作だ。最近は天が居ないスリーマンセルでの動きを強いられてきたが、今はフォーマンセルに戻った。
優たちとしては慣れた動きを取り戻すだけ――のはずだった。
「「きゃっ」」
優の背後。シアとフォルの小さな悲鳴が重なる。なにが起きたのかと春樹が振り返る一方、優はもうすでに〈月光〉で状況を把握している。
シアとフォルが目測を見誤り、腰同士をぶつけたのだ。
幸いにも2人が転ぶようなことは無かったが、フォルとシアは互いへ。春樹はそんな2人へと反射的に目を向けてしまったため、多くの死角ができる。
さらに、身体をぶつけ合ったシアとフォルに関しては体勢が崩れてしまった。
根っからの捕食者である魔獣たちだ。ご馳走が見せた分かりやすい隙を、野生の本能で察したらしい。
『ギギィッ!』
細長い影が、シア達に近い木の影から飛び出してきた。
恐らくイタチの魔獣だろう。体長は50㎝ほど。毛並みは木々と地面に溶け込むような深い茶色をしている。
一見すると魔獣らしい特徴は無い。
だが、シア達との距離が近づくや否や、大きく口を開いた魔獣。すると、口の中からもう1つ、鋭い牙が並んだ長く伸びる口が飛び出してきた。
ウツボなどの生物に見られる「咽頭顎」とよく似た構造だ。その“第二の口”を使って対象の目測を誤らせ、獲物の肉をえぐり取って捕食するらしい。
その口が狙うのは、顔を青ざめさせて動けないでいるフォルの太ももだ。
「え、あ――」
「フォルさん!」
固まってしまっているフォルを、シアが押し倒す。当然、魔獣の口はフォルを庇ったシアを襲うわけだが、シアも特派員として1年以上経験を積んできた。
(せめて討伐を!)
指で銃を作り、〈魔弾〉を準備。怪我を覚悟で魔獣討伐を行なおうと試みる。
ただ、〈魔弾〉を撃つ直前、自身と魔獣の間に黒い学生服が割り込んできたため、とっさに指先に集めたマナを霧散させた。
そして、シアと魔獣の間に割り込んだ人物――優はといえば、
「フッ!」
手にした透明な短剣を振り下ろして、まずは魔獣の咽頭顎を切断。返す刃でイタチの魔獣の胴体を両断する。
最後に「ふぅ」と小さく息を吐けば、3等分されたイタチの魔獣が地面を転がり、黒い砂へと変わっていくのだった。




