シーン6
「おかえりなさい~~♪」
”紅の誓い”に戻って来た若き冒険者達を出迎えた女性の明るい声は、シグナとクリムにはなじみ深いが、同時に意外なものであった。
「師匠っ!?」
「お師匠様!? どうしてここに!?」
長い銀髪の若い容姿の女性は奥の方の席を立ち上がる。 テーブルの上には白に陶器のカップが置かれている、その中身が紅茶であろう事は二人には分かるのは、エターナリアという名を持つ彼女は二人の育ての親であり師匠だからだ。
「ちょっと二人の様子を見にね?」
悪戯っぽく笑うエターナリアとは対照的に、カウンターの向こうにいるストークは少し疲れたような表情で立っている。 アイビスの姿がないのは買い物にでも行っているのであろう。
「……で、あなたがリシアちゃんかな?」
不意に名前を呼ばれて驚きながら「……え? あ、はい……」と答えた後で、おそらくストークから聞いていたのかなと思い付くリシアである。
シグナとクリムから多少は話は聞いてはいたが、想像していたよりずっと若く見え性格もどこか子供っぽさを感じられた。 だが、品定めするかのように自分を見つめている蒼い瞳からは底知れぬものを感じさせてもいる。
「ふ~む、君ならこの子達の良い仲間になってくれそうだね」
リシアが「はい?」と首を傾げてみせると、「こいつはこういう奴なんだから気にすんな」とストークが言ってくる。 見ればシグナとリシアも揃って苦笑していて、何となく普段からこういう人なのかなと思った。
「さてと……」
エターナリアは弟子二人の顔を交互に見ると、満足げな顔になった。
「それじゃ、さっそく今回の冒険の報告を聞きましょうか?」
そしてそう言ったエターナリアの後姿に向かって「いや……それは店主の俺のセリフだろ?」とストークが言った直後に勢いよく扉の開く音がし、間髪入れずに少女の大声が響いた。
「いいえ! 受付嬢たる私のセリフです!」
入り口に集中した全員の瞳が見たのは、予想通り買い物袋を左手で抱え込んだアイビスであった。
しばしの沈黙、やがてストークが大きく溜息を吐く。
「んなわけあるか……てか、何だよ受付嬢って……」
他に客もいない”暁の誓い”のテーブルのひとつを使い、シグナ達はアイビスの用意してくれた軽食を取りながら今回の冒険の事をすべて話した。
彼らと向き合う形で座るエターナリアは、まるで旅行の土産話でも聞いているような様子で。
そのかつての冒険者仲間の後ろに立ち腕を組んでいるストークは、真剣な表情を崩すことなく時に少年達に頷いている。
別のテーブルの椅子を持ってきてその若い冒険者の後ろに腰かけているアイビスは、彼らの話の内容によって驚いたり心配そうな表情になったりところころと表情を変えていた。
「そっか、がんばったんだね」
エターナリアは弟子とその友達である少女の褒めてから、ちらりとストークへと視線を向ける、彼は「ああ、ほとんど初めてにしては上出来だな」と頷いた。
引退したとはいえベテラン冒険者だった二人に褒められた事は、シグナ達は素直に嬉しいと思えた。
「それにしても、遺跡って言うからもっとこう……迷宮とか魔獣とか想像してたけど、普通に住居跡だったんだねぇ……」
アイビスが少し拍子抜けという風に言う、父親から聞いた昔の冒険話に比べれば物足りないように感じたのである。 もちろん今のシグナ達にしてみれば、それでも十分に冒険と言っていいくらいの苦労はしたのだろうから、彼らの事を馬鹿にするつもりはない。
「そうだな、あたしもそういうものだと思っていたよ」
アイビスやリシアだけではなく、シグナとクリムもそうだというのは、表情を見れば分かった。
「もちろん、そういうのだってたくさんあるさ。 だがな、遺跡ってのはあくまで昔の人間の遺物さ、冒険者の冒険のためにあるわけじゃない」
「ストークの言う通りだよ、罠だらけのダンジョンでなんてヒトが暮らせるわけないし、昔のヒトがその必要がある所だけ迷宮みたいになってるんだよ」
おそらく二人は、そういう単なる人々の生活の跡をいくつも見てきたのだろうとシグナは思う。 そして、それらは少なくとも彼らにとっては無価値なガラクタではない事もだ。
「ストークさんは、それを俺達に教えたかったんですか?」
だから、こんな風に思う。
「……ああ、それも俺の教えたかったものの一つだな」
「一つ? 他には?」
クリムの問いに、「それはね、あなた達が自分で考える事よ」と言ったのはエターナリアだ。
「あなた達が今回の冒険で何を知り、何を感じ取り何を学んだのか。 それは、あなた達がそれぞれに答えを出せばいい事なのよ」
「でも……わたし達の答えがあってるとは限らないですよね?」
ヒトとしても冒険者としてもまだ駆け出しである自分達より、熟練のストークの考えの方が絶対に正しいはずだとクリムは考える。 だから、ちゃんとストークの教えたかった事を聞いた方がいいと思うのだ。
「間違ってたっていいんだよ。 そもそも、その気なら最初から言葉で教えてるさ」
ストークは組んでいた腕を降ろすとシグナを見やった。 一瞬戸惑ったが、すぐにどういう意味だと思うか言ってみろという事だと分かった。
「…………自分で考えた方がちゃんと身に付くから……ですか?」
自信なさげな声の少年に、「まあ、それもあるな」と再び腕を組む。
「もちろん、知識として最初から頭に入っててもいい。 だがな、何が間違ってるかを体験として知るのも大事なんだ」
大人の教える事は正しいと盲目的に従っていては自分で判断していく力が身に付いていかない、何よりストーク自身も自分の考えが絶対に正しいとは思っていないのであると言う。
「ストークさんほどの人が……?」
思わず聞き返してしまうくらいにリシアには意外な言葉だった。
「俺くらい生きたってな、そんなもんだ……こいつくらいなら知らんがな?」
不意に視線を向けられ「やだなぁ~ あたしはそんなにおばーちゃんじゃないよ?」と笑うエターナリア。
「よく言う……」
そのストークの苦笑の混じった呟きの意味はリシアやアイビスはもちろん、彼女の弟子であるシグナとクリムにも分からない。 二人とも見た目通りでないのは漠然と分かっていても、きちんとその事を教えてもらった事はなかった。
聞こうとすると決まって困った顔になり「いつか……話せる時がきたらね?」と言われるので、二人共その事を口にする事はなくなっていた。
「……っと、それよりあなた達、あたしに聞きたい事はないかな?」
もちろん年齢の事以外でね?と唇に人差し指を当てる仕草をしてみせるのが、半分は話題を変えようという理由だとは、弟子達には分かった。
三人で顔を見合わせあった後、「遺跡の事……石像とか石板の文字とか……」と言ったのはシグナであった。 すると「そうそう! あたしもそれが気になってたのよ!」とアイビスも身を乗り出す。
エターナリアが承知しているという風に頷いた後に、一度かつての冒険者仲間の男の顔を見やると、「……ああ、お前がいいならいいぜ」と返ってくる。
冒険者であれば気になる事は自分で調べるべきはあるが、今回はかつて自分達が通った道をあえて歩かせたのであるから、師匠であり先輩である自分達が教えてもいい事だろうという判断なのだ。
後から歩き出す子供達のために道を用意し、自分達よりもずっと先へ進んで行ってもらうために……限りある命のヒトはそうやって種として前へ進んで来たのであるから。
「……それじゃあ、教えてあげるね。 あの遺跡にあったものが何なのか」




