シーン5
暗闇の中をランプの明かりを頼りに進む少年と少女達。 窓もないこんな建物で当時の人達は何をしようとしたのだろうという疑問が浮かぶ、ひょっとしたら今は使えなくなっているだけで何か明かりを創り出す仕掛けがあったのかも知れない。
直後に三人がギョッとなって足を止めたのは不気味な怪物の形相が照らされたからだ、すぐにそれが石像だと分かりホッとなる。
「何だろうね?」
クリムが首を傾げるがシグナもリシアも答えられない。
その時、不意に周囲が明かりに包まれ思わず目を細めたシグナ達だったが、しばらくして目を開いた時に室内全体がまるで外のように明るくなっていると分かった。
「人が入って来るとこうなる仕掛け……?」
「多分……調子が悪かっただけで生きてたんだねぇ……」
リシアとクリムの言ってる事はおそらく正しいだろうとシグナも思う、同時にこれだけの明かりを創れる大昔の技術に驚くしかない。
しばし驚愕していたシグナ達だったが、やがて視線を石像へと戻す。
「……こいつは……?」
全体像は大きな翼を生やしたオオトカゲという印象だったが、頭部にある二本の角や鋭い牙、手なのか前足なのか分からないがそこにある鋭そうな爪もトカゲなどという言葉では表現できない程に凶悪で禍々しさを感じさせた。
「……こっちには人?」
クリムの声の彼女の視線の先を見れば、確かにそこには鎧を纏い剣を構えた人物の像がある。 まるでこれから怪物に立ち向かおうというかのその人物の身長は彼らの半分くらいの高さだが、小人の像ではなく対峙する怪物に合わせた大きさなのだろう。
だとすれば怪物の大きさは人間の十倍近いという事になる、それはシグナの知るどんな生き物よりも大きかった。
「ドラゴン……そうだよシグナ! これってきっとドラゴンっていうのだよっ!」
ふと思い出されたその名前は、クリムが師匠から聞かされた御伽噺の中で何度か聞いたものだった。 だから「そうか、ドラゴンか!」とシグナもすぐに声を上げた。
「ドラゴン……言われてみれば聞き覚えもあるな」
リシアが聞いたのも昔話か何かである、空想上の存在という認識でしかなかった。 だがところどころが破損している石像とはいえおそろしく精工なそれは、実際に存在したドラゴンを見た人間が作ったのではと想像させた。
「つまり、これってドラゴンとそいつを倒した英雄の像なのか?」
「う~~ん……多分ね?」
少し興奮気味になっている幼馴染の少年に答える少女の声は自信なさげであるのは、彼女の中でもドラゴンは想像上の生き物であったからだ。 しかし、こういうものを見れば、少なくとも存在の可能性は否定出来なくなってくる。
「すげぇ、やっぱりドラゴンっていたんだな!」
幼い頃には無邪気に信じていた存在は、周囲の大人達の影響もありやがて疑念は抱くようにもなってはいた。 しかし今この時はシグナからそんな疑念は消え去っていた。
「まあ、本当にいてほしいとは思わないけどねぇ……」
基本的にドラゴンとは邪悪な存在で人間の敵であり、その上に英雄と呼ばれるような者でなければ太刀打ち出来ない相手なのである。 もちろん、それも物語の中のものではるが、クリムの中ではそういう存在というイメージで定着していた。
「何言ってるんだドラゴンだぞ? すごい事じゃないか!」
「シグナってば……」
邪悪であっても巨大で強い存在は男の子の憧れの対象になるのは師匠から聞かされたが感覚としてはやはり理解出来ない。 「今も存在してるのかな? 是非とも見てみたいや!」なんて言葉が出てくるのは言わずもがなである。
「ちょ……冗談じゃないってば!」
「そうだな。 ドラゴンなんかと出会ったら私達なんか瞬殺だろう」
リシアにそう言われて「うっ!?」と言葉に詰まるシグナである。
「だったらドラゴンにも負けないくらい強くなってやるさ! それでいつかきっとドラゴンをこの目で見てやるんだ!」
シグナの言い返し方はムキになっている子供のそれだ、クリムには見慣れたものだがリシアにとってはシグナはこういう顔もするのだと、そんな風に感じていた。
「はいはい。 それはいいから、そろそろ行こ?」
「あ! 信じてないなクリム!」
「信じてるよシグナ? だから早く行こ?」
幼馴染み同士である少年と少女のやり取りは、これまでもずっと繰り返してきたのであろうと思わせ、見ているリシアを少し微笑ましい気分にさせたのであった。
神殿らしき建物の一番奥、石の台座に突き刺さった一振りの剣であった。 それが十字架めいて視え、誰かの墓標ではないかとも思わせる。
「……さっきの人の剣なのかな?」
「石像のか? さてな……?」
クリムにそう答えながらも、その可能性が高いとはリシアは思ってはいた。
「何か書いてある……?」
台座の脇に小さな石板を見つけたシグナはしゃがみ込んでそれを間近で見る、書かれているものが文字だと分かったが、見たこのない文字で何と書かれているのかまでは分からなかった。
その隣にクリムもしゃがみ込み、少年の茶色の瞳に映っているのと同じ物を見た。
「わたし達の知らない文字……師匠なら読めたかもね」
昔の文明は今とは違う言葉や文字を使っていたとは知ってはいても、自分が生きていく上でその知識が必要になるとは思わない。 日常の生活を送っている限り今の言葉や文字を扱えればいいのだから。
その考えは今この瞬間も変わらないが、それでもこうして目の前に現れた時には自分が読めればいいのになと思う。 この文字を記した人間が何を伝えたいのか、純粋にそれを知りたいという想いである。
「ストークさん達は昔ここに来たのだろう? 知ってるんじゃないか?」
リシアに「そうだね」と応えながらも、内心ではそれズルみたいだなぁという風に思ってしまうクリムである。
「ああ、帰ったら聞いてみるか」
言いながら立ち上がるシグナに「それでこの剣はどうするの?」と声を掛けつつ自分も立ち上がるクリム。
「どうするって言われてもなぁ……これが誰かのお墓とかだったりしたら、流石に罰当たりな気もするしな……」
石像の剣士との関連はさておいても、今使っている自分の剣よりずっと良い物に見えはするし、仮に墓だとしてもこれが冒険者の仕事だと言えばそれまでの事ではあった。
ちらりとリシアを見やると、彼女は自分がどう答えるのか興味津々という顔だ。
「まあ、今日持って帰る必要もないだろう? ストークさんにこの石板の文章の事を聞いてみて、それで必要と思ったらまた取りに来ればいいと思う」
「そうしているうちに他の誰かに持っていかれるかも知れないぞ?」
からかう様な口調のリシアに、「その時はその時だよ」と肩をすくめてみせたシグナであった。
外に出た時には、太陽はずいぶん西に傾いていた、見上げる青い空が朱に染まるにはまだ掛かるであろうが、今夜はここで一夜を過ごす方がいいだろうとシグナが判断すると、少女達も同意した。
「そうと決まれば野宿する場所を探すか」
神殿らしき建物の中は、まさかとは思うが万が一で崩れるかもという不安もあるし、何よりあの明かりの中では寝付けないであろう。 シグナが振り返って入り口から中を見れば今は建物の中は暗い、どういう仕組みかは不明だが人に反応して明かりがついたり消えたりするようだ。
「今よりすごいものが昔にはあるってさ、不思議だよね?」
「人が……いや、生きているものがいつかは死ぬように、文明というものにもどうしても終わりはやって来るという事なのかもな?」
言ってから、こんな事は村にいたままだったら絶対に考えなかっただろうなとリシアは思う。 単純に剣の修行のつもりでシグナ達の仲間になったが、冒険者をしていると単に腕っぷしが強くなるというだけでもないのかも知れない。
「俺達のこの文明もいつかはか……まあ、考えても仕方ない事だけどな?」
「そうだねシグナ、わたしもそんなのって想像も出来ないよ……」
「私もだな。 まあ、私達が生きている間に訪れるというものでもないだろう」
三人は互いに可笑しなことを言ったかのように笑い合った後に、ゆっくりと歩き出した。




