シーン7
遥かな昔、邪悪で強大な力を持ったドラゴンが出現した。
人間の力ではとても太刀打ち出来ないドラゴンに対し、一人の少年が神から授かった剣を手に仲間達と共に戦いを挑み、そして打倒した。
それは、シグナ達には珍しくもない話だ。 ドラゴンだけでもないが強大な悪に英雄が立ち向かうというのは、幼い頃から大人達に聞かされてきた物語。
しかし、それはどこか現実感のない空想めいたものではあった。 語っている大人達もきっと御伽噺程度に思っていただろう。
「じゃあ、あの剣って……?」
期待に満ちた目のシグナにエターナリアが「そうよ」と頷くと、「すごいや」と興奮気味な顔へと変わった。
「そのドラゴンを倒した英雄の剣か……」
「そんなすごい物だったなんて……」
それはリシアとクリムも同じだった。
「あらら……そんなにすごい剣なら持って帰ってくれば良かったね?」
残念そうに言ったアイビスは、次には「あ! でも、ひょっとして選ばれた者にしか抜けないとかそういうのなんですか?」とエターナリアに尋ねた。 そうでなければ彼女らはとっくに持ち帰っているはずだから。
「抜けない事もないとは思うけど……まあ、抜けたからといってドラゴンを倒せる程の力を行使出来るかは分からないよ」
その言い方は、そもそも抜こうと試してすらいないと分かるには十分だ。
「こいつが言ったんだよ、今の自分達にこの剣は必要なのかってな……」
かつての冒険者仲間を見やりながら言った後、今度は少年達の顔を見渡すストーク。 それはかつての師匠の言葉を自分達にも問いかけているという風にシグナは感じた。
少なくとも今の自分達がドラゴンなんかと戦う事があるとは想像出来ないが、もしも剣の力を行使出来るなら冒険していく上で大きな助けとなるかも知れない。
しかし、必要な力かというとそうではない。
「いらない! いらないって、シグナがそんな剣持ったらどんな無茶するかわかんないよ!」
クリムが声を上げてシグナの顔を睨み付けた、いつもは大人しい少女なのだがこういう時の彼女の顔には何故か迫力があり、シグナも思わず怯んでしまうのだ。
「だよね?」
「……あ、ああ……そうだな」
そんな幼馴染み同士のやり取りに苦笑していたリシアは、「あなたはどう思うのかな?」とエターナリアに声を掛けられぎょっとなり、「そうですね……」としばし考え込む。
「私は自分の村を守る為の力はほしい……でも、剣の力に頼るのは違う気がする……それでは、もしも剣の力を失ったら何も出来なくなってしまう」
リシアの言葉にシグナは確かにそうだなと感じた。
「そうだな、本当にドラゴンとでも戦う時になったら、その時に使わせてもらえばいいか」
「ああ」
「うん……って! そんな状況になんてならいからっ!!」
「そう? 冒険者なんだし、ないとは言えないよクリムちゃん?」
「不吉な事言わないでよ~アイビスさん~~」
子供たちのやりとりを微笑まし気に眺めていた大人二人は、やがてどちらかともなく頷き合う。
「そういうこったな。 弱くて馬鹿な奴ほど楽して強い力を持ちたがるが、そんな事したってそいつ自身は何も強くなってねえよ」
リシアの言ったように剣の力を失った途端に何も出来なくなるようなニンゲンのどこが強いというのだろう。 この子供たちは少なくともそんなバカではないようで安心する。
「それにものには程度というものがあるからな、蝋燭に火を付けるのに炎の攻撃魔法なんざ使わないだろう?」
クリムが頷く、そんな事をしたら蝋燭が溶けてなくなってしまうだろうというのは、知識としては持っている。
「でもね、誰かを助けたり守ったりするには攻撃用の魔法を必要とする時もあるのよ。 違うかなクリム?」
師匠に問われて「はい……」と答える。 無力感ではないものの、やはり戦いのための力も必要な時があるのとは理解し始めてはいるのだ。
誰かを傷つけたり殺したいからではない、家族同然の少年や新しく友達になった少女を助ける為に自分に出来る事はしたいのだ。
「シグナ、クリム、それにリシアちゃん。 何事もだけどすぐに結果だけを求めないでね、強くなりたかったら小さい事を積み重ねていきなさい。 横着をすると必ずそのしっぺ返しがくるから」
エターナリアの表情は、とても大事な事を教えてくれている時のそれだと弟子である少年と少女には分かる。 リシアにもそれは知らなくても、そうだと感じさせる表情だ。
だから、三人とも素直に頷いてみせたのであった。
ほぼ満月の月が間もなく頂点に達しようとする時刻、暁の誓いの屋根の上にエターナリアの姿はあった、見上げる月の光に彼女の長い銀髪が幻想めいている。
「昔々……今は誰も知らないくらい大昔の時代……」
小さい声で呟く彼女の姿は、まるで月に向かって語っているという風に見える。
「若く美しい魔女がいました……それだけでなく才能もあった彼女ですがそれだけでは満足できず、更なる力とより長い命を求めて禁断の手段へと手を伸ばしました……」
直後に「……それで?」というよく知った男の声に驚き、顔を下へと向けた。
「……ストーク?」
「人の部屋の上でぶつぶつ言われりゃな?」
言われてそうだったのかと思う、もう皆寝静まっていると思っていたの気にしてもいなかった。
「……で? そいつはどうなったんだ?」
どこか意地の悪そうな言い方であったが、悪意があるわけでもないとエターナリアには分かる口調だった。
「さてね? 大昔の話だし……とっくに死んでるでしょう?」
そう答えると、ストークはしばらく沈黙したのは、何か考えに耽っているのだろう。 やがて数分が経ってから「……そうか」とだけ言うストークだった。
「……以上が依頼の内容よ」
アイビスが話終わると、カウンター席に腰かけて聞いていた三人の冒険者達は揃って頷いた。
「そう様子じゃ受ける気満々ってとこだな?」
店主のストークが満足そうに笑うのに「当然ですよ!」とシグナ。
「だな、断る理由もない」
リシアがリーダーである少年に同意すると、「どうせ止めても聞かないんでしょ?」とクリムが溜息を吐くが、その表情にはいくらか楽しそうという風にも見えた。
「あなた達には少し困難だと思うけど、まー何とかなるわよ?」
エターナリアの言葉に彼女の弟子であるシグナとクリムは、また適当な言い方するなぁ……という風に顔を見合わせて苦笑する。
しかし、絶対に無理だと思う事は決してさせないというのも彼女であり、それは二人も分かっていての事である。 困難に挑む事と無謀の違いを、まず教える側が分かっていないのは愚か以外の何物でもない。
「じゃあ、各自準備して一時間後にまたここに集合な?」
「ああ、了解した」
「うん、シグナ」
子供達が少し慌ただし気に階段に向かって行くのを見送りながら、彼らはいい冒険者チームになりそうだと嬉しく思う。
世界を救うなんて大冒険はしなくていい……というより、世界規模の危機なんてない方がいいに決まっている。 だが、のんびりと何もない平凡な日常も望まない……というか、ヒトが生きている限り偶に程度はともかくずっとそんな日々はあり得ないだろう。
冒険者に限らない、アイビスのような家の手伝いをしているだけの娘であっても大小はあれ問題は起こるし、それに対処し乗り越えていかなくてはいかないのだ。
これから弟子達がどんな冒険という名の人生を駆け抜けるのはエターナリアにも分からない。 古い古い、とても古い友人のようにドラゴン退治なんてものも、あるいはしてしまうかも知れない。
シグナとクリム、自分の弟子である子供達がこれから先をどんな風に生きていくのかをエターナリアは見続けて行こうと思っている。 それが今の自分の生きがいのようなものだからであった。
冒険者……それは普通のヒトがしないような事に挑戦していく生き方であろう。
しかし、それは決して特別な存在ではない。 ヒトは生きている限り様々な事に挑戦し、いろんな経験を繰り返し、そこからさまざまな事を学び成長していく。
その終着点が死であっても、それでもヒトは人生という名の冒険物語を紡いでいくのだろう。
シグナとクリムの冒険はまだまだ始まったばかり。 これから先、様々な物語が紡がれていくであろう……。




