二十三話
犠牲?つまり、死ぬってこと?急にそんなことを言われたって、すぐに理解できるほど頭の出来は良い方じゃない。
「それは、死ぬって」
「死ねたら、まだ幸せかもね。・・・死ぬより怖いことなんて、いくらでもあるんだよ。でも」
やっぱり何でもない、と最後は言葉を濁す。唐突に、銀之助さんはそんなことを言った。先ほどまでと同じ笑みを浮かべて。
(・・・なんで)
また、世界がズレる感覚がした。
何故だろうと問う前に、心の中に答えは出ていたことに気づく。
やっと分かった。この完璧な世界は『完璧』ではない。だから、少しずつ壊れていく。矛盾が起こる度に、『完璧』から遠退いている。それが、私の感じている世界のズレというやつ。
見えはしない。だけど、この面が外れたら、視ることはできるだろうか。そして。私にそれを直視する勇気はあるの、だろうか。
(まだ、怖い。だけど)
目を閉じていたら、セカイは見えない。だから。
息を小さく吸い込んで、呼吸を整える。今度は大丈夫。綺麗な緑の瞳を真っ直ぐ見据えて、彼女は言った。
「じゃあ、何で貴方は、そんなに悲しそうなんですか」
張り付いたような笑顔が、僅かに崩れる。その綻びを隠すように、また優しい笑顔を浮かべて、彼は答えた。
「そう見える?」
だったら嬉しいな、と。否定も肯定もせず、銀之助さんはただ笑っていた。
* * * *
「私は、これからどうすればいいのでしょうか」
帰り支度を始めた彼の後姿に問いかけてみた。どうせ答えは返ってこないだろうけど。半ば諦め気味だったが、銀之助さんは振り返ると意外なことを言った。
「君の好きにしていいよ」
呆気にとられる。きっと、さぞかし間抜けな顔をしていたのだろう。僕はそこまで意地悪じゃないよ、と彼は苦笑交じりに言う。
「セカイが見えるようになったら、迎えに来てあげる。だから、それまで君のしたいことをすればいい。死なない程度にね」
「・・・私の、したいこと?」
何がしたい?と彼は簡単に言う。
したい、と言うよりも自分に何ができる?ということが不安だ。ただの非力な少女でしかない自分にできることなど、限られているのに。
「難しくないよ。何だっていいさ。ちょっと誰かと話して、その辺を歩くのでもいい。だって、部屋に閉じこもっても、何も変わらないだろう?」
ただ見て回るだけでいいのか。ああ、それなら丁度、行ってみたい場所がある。
「あ、一つ忠告。どこに行ってもいいけど、絶対に一人で行動しちゃ駄目だよ」
ドアノブに手をかけた銀之助さんは、ふと思い出したようにそんなことを口にした。
「そこのムッツリがついて来てくれると思うけど、もし何かされそうになったら・・・痛っ」
「余計なお世話だ」
ゴン、と鈍い音が聞こえる。
痛いと言っている割には全く痛そうに見えない銀之助とそんな彼に冷ややかな視線を向けるナイト。二人を交互に見ながら、「そんなに仲は悪そうに見えないのになぁ」と的外れなことを考えていた。
「じゃ、後は頼んだよ」
「言われるまでもない」
言葉少なめに交わされる会話を聞きながら、彼の後姿を見送った。




