↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/18

第3話 薬師じゃない

「だから、薬師と薬剤師は違うんです!」


 これはちゃんと言っておかないと。


 中途半端に期待されても困る。


 できないのに無理するのは危険だ。


 それに……、もう何度も言っているが、



 俺は血が苦手なんだ!!



 だけど、


 血まみれの腕を押さえている作兵衛さんを見てると、そんなことを言っている場合ではないのは確かだ。


「医者はいないんですか?」


「医者?」


「傷を診られる人です。こういう怪我を治せる人」


 姫はすぐに周囲を見た。


「呼べる者は?」


「使いを出せば。しかし、すぐには……」


「どれくらいです?」


 俺が割って入る。


 男は少し困った顔をした。


「早くとも、二日は」


「二日!?」


 思わず声が出た。


 無理だ。


 こんなに血が出ている人間を、二日もそのままにできるわけがない。


「もっと近くには?」


「おりません」


「傷の手当てができる人は? 医者じゃなくてもいいです。こういう怪我を何度も診たことがある人とか」


「…………」


 誰か手を上げて。


 お願いだから手を上げてくれ。


 俺はここにいる人たちの中で一番、血が苦手な自信がある。本当に怖いんだ。


 たぶん、作兵衛さんの傷の処置をするには、一番向いてないはずだ。



 できれば今すぐ、この場で一番詳しい人に引き継いで逃げたい。



「…………」


 視線を感じた。


 姫が俺を見ていた。


 やめてくれ、見るんじゃねぇ。


 気づかないふりをしてみた。


「…………」



 やっぱり、逃げられないのか……。


 でも、一応言ってみる。


「俺、傷の処置はやったことないです」


 諦めてくれ、お願いだ。


「ですが、何をすればよいかは知っているように見えますが?」




 予想外の答えが返ってきた。


 しかも痛いところを突いてくる……。


 本格的に傷の処置をするのは無理だが、軽い応急処置程度なら知らないということもない。



「それは……、専門外ですけど多少は……」


 うっかり言ってしまった。


 これは逃げきれない流れだ……。


 それに、作兵衛さんの状態を考えても、今、これ以上時間を無駄にするわけにもいかない。




 勘弁してくれ……。




「傷を診られる人を呼んでください。それまで、できることだけやります」


 姫が頷く。


「すぐに使いを」


「はい!」


 人が走っていく。


「それから」


 姫が少し考えた。


「源右衛門を呼んで」


 周囲の空気が、わずかに変わった。


「源右衛門様を?」


「ええ。急いで」


「分かりました」


 別の男が駆けていく。


「……誰です?」


「源右衛門です」


「いや、それは聞きました」


 姫が少しだけ笑った。


「傷をよく知っている者です」


「医者じゃないんですよね?」


「違います」


「何をしてる人なんです?」




「長く戦に出ていた者です」




「…………戦??」


 それは……。


 医者とは、かなり違う気がするが、今は、もう誰でもいい。




 早く引き継ぎたい……。


 


 何度も戦場に出ているなら、少なくとも俺よりは傷を見ているだろう。


 来てくれるまで、作兵衛さんを持たせればいい。



 なんとかなるだろう。



「きれいな布をください。何枚か」


「…………」



「布を!」


 姫が言うと、すぐに人が動いた。


 俺が言ったときとは、ずいぶん違う。


 ……姫ってやっぱりすごいんだ。


 いや。


 感心している場合じゃない。


 作兵衛さんの横へ座る。


「作兵衛さん」


「……おう」


「今から血を止めます。傷を押さえるので、少し痛むかもしれません」


「もう十分、痛えよ……」


「大丈夫だから、源右衛門さんが来るまで、頑張ってください」


 俺だって押したくない。


 諦めが悪いが、できることなら、誰かに代わってほしい。


 布を受け取る。


 傷を見る。


 観察できる限り、汚れてはいるが、圧迫して支障がありそうな異物はなさそうだ。


「…………」


 やっぱり怖い。


 傷。


 汚れた服。


 血と土の混じった臭いがする。


 喉の奥が酸っぱくなる。


 それでも。


 布を傷に当てる。


「ぐっ……!」


「ごめんなさい。痛いと思うけど、大丈夫だから頑張って」




 大丈夫と言いながらも、反射的に手を離しそうになった。



 頑張れ。


「そのまま頑張って。そのままでいてください。大丈夫だから」


 大丈夫……、ここまで来たらもう、誰に言っているのか、自分でもよく分からない。


 作兵衛さんなのか。


 俺なのか。


 布の上から、しっかり押さえる。


 これでいい。


 今はこれだけでいい。


 余計なことはしない。


 分からないことには手を出さない。


 医者が来るまで。


 いや。


 源右衛門とかいう人が来るまで。


 まず、血を止める。


 それだけだ。


「大丈夫です。すぐに源右衛門さんが来ますから」


 口から出てから、ふと我に返った。



 何が大丈夫なんだ。


 俺には、この人が助かるかどうかなんて分からない。




 それでも作兵衛さんは、小さく頷いた。


「……頼む」


「はい」


 手に力を込める。


 姫がこちらを見ていた。


「…………」


「どうかしましたか?」


「いえ」


 姫はそれだけ言って、視線を作兵衛さんへ戻した。


 しばらくして。


 外から低い声が聞こえた。


「作兵衛はどこだ」


 落ち着ききった、しゃがれた声。



 さっきまで騒がしかった人たちが、一斉に道を開けた。


 入ってきたのは、一人の老人だった。


 白髪が混じっている。


 六十は越えているだろう。


 だが、老人という言葉から想像するような弱々しさはない。


 背は高くない。


 それでも、妙に大きく見えた。


 日に焼けた顔。


 太い腕。


 そして、顔にも腕にも、古い傷がある。


 ……たぶん本当に何度も戦に出てる人だ。


 俺を一度見た。


 怒っているわけでも、睨んでいるわけでもない。


 ただ見られているだけなのに、無茶苦茶怖い。



「誰だ」


「……山﨑信之です」


「知らんな」


「ですよね」


 知っていたら、俺の方が驚く。


「源右衛門」


 姫が呼んだ。


 老人の目が姫へ向く。


「姫様」


「作兵衛を診て」


「承知」


 それだけだった。


 源右衛門は俺の横へしゃがんだ。


「手を退けろ」


「でも、まだ血が」


「傷を見る」


「あ、はい」


 言われるまま、ゆっくり手を離す。


 源右衛門が傷を見る。


 表情が変わらない。


 血を見ても。


 傷を見ても。


 何も言わない。


 ただ、作兵衛さんの腕を取り、指を動かし、いくつか問いかける。


「指は動くか」


「……少し」


「ここは分かるか」


「痛えよ」


「ならよい」


 俺は黙って見ていた。


 手慣れている。


 少なくとも俺なんかより、ずっと。


 よかった。


 この人なら。


 ようやく肩の力が抜けた。


 これで、俺の仕事は終わりだ。


 あとは、この時代の傷を知っている人に任せればいい。


 源右衛門が作兵衛さんの腕から手を離した。


「……深いな」


「助かりますか?」


 姫が聞いた。


 源右衛門はすぐには答えなかった。


 傷を見る。


 作兵衛さんを見る。


 そして。


「腕は落とす」


「…………」


 俺は源右衛門を見た。


 おいおい、嘘だろ?


 聞き間違えたのかと思った。


「……え? ちょっと待ってください」


 思わず言ってしまった。


 源右衛門が俺を見る。


「何だ」


「いや、その……」


 言いかけて、作兵衛さんを見た。


 顔色が変わっている。


 そりゃそうだ。


 自分の腕を切るかどうかなんて話を、目の前でされたら怖いに決まっている。


「……少し、外で話しませんか」


「なぜだ」


「ここでする話じゃないと思います」


 源右衛門が俺を見た。


 また、あの目だ。


 怖い。


 やっぱり、無茶苦茶怖い。


 でも、今度は目を逸らさなかった。


「作兵衛さん」


「……」


 怖いけど、念のためもう一度傷を見た。


 まだ少し出血しているけど、ほぼ収まってきたようだ。


「すぐ戻ります。大丈夫だから、もうちょっと頑張ってくださいね」


 大丈夫。


 何の根拠もない。


 腕を残せるかも分からない。


 そもそも、この人が助かるのかさえ分からない。


 それでも、今ここで不安にさせる必要はない。


 源右衛門がしばらく俺を見たあと、立ち上がった。


「……来い」


 外へ出る。


 姫も、その後をついてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。