第13話 はじめての共同作業
今日は朝から、村の様子がいつもと違っていた。
大人も子供も、みんな忙しそうにしている。
彼岸花の咲く畔道を千代さんと一緒に歩いていると、鎌を持った人や、藁を抱えた人と何度もすれ違った。
「いよいよですね」
「はい。今日は忙しくなりますよ」
今日は稲刈りだ!
田んぼを見ると、稲穂が重たそうに垂れている。
風が吹くたびに、辺り一面黄金色の稲が波打っていた。
なんだか懐かしい。
「信之殿、稲刈りはできそうですか?」
千代さんが、いつものように心配そうに聞いてくる。
「できますよ!」
余裕で即答した。
実は現代の俺の家には田んぼがある。
全部合わせても二反くらいでそれほど広くはないけど、毎年家族で何枚かの田んぼで米を作っていた。
だから、だいたいの作業は見当がつく。
稲を刈って、束ねる。そして、束ねた稲を、天日で乾かすための「さがり」に掛けて干す。
簡単にいうと、稲刈りはこんな感じの作業だ。
「よかった」
千代さんは安心したように微笑んだ。
「さがりも作るんですか?」
「もちろん。作りますよ」
「さがりで通じるんだ!」
「信之殿のいたところでも、そう呼ぶのですか?」
「はい。四百年変わってないみたいですね」
これなら俺でも、何とかなる。
しかも、年に一回の稲刈りだし、昨日決まったばかりの千代さんとの初仕事だ。
自然とやる気が出てくる! 薬とは全く関係ないけど……。
「信之殿、今日はやけに楽しそうですね」
千代さんが俺の様子に気付いたようだ。
「だって、稲刈りですよ。田んぼ作業の中では年に一度のお祭りみたいなものでしょ? そりゃ楽しみにもなりますよ」
「薬師殿、よく分かっておられるな。今日は頼みましたぞ」
村の人たちもみんな盛り上がっている。
「まかせてください。今日は本気でお手伝いしますよ!」
◇
田んぼへ着くと、もう何人も作業を始めていた。
前日の夜に少し雨が降ったせいで、足元はぬかるんでいる。
そのうえ今日は朝からカンカン照りで、空気までじっとり重たい。
村の人たちが、楽しそうに話しているのが聞こえた。
「今日は暑いのう。おまけにこの泥じゃ、足を取られてかなわん」
「でも、今年はよう実っとるからのう。こりゃ、いつもよりようけ刈らないかんぞ」
「さがり、足りそうか? まあ、それは嬉しいことじゃが……」
確かに言うとおりだ。豊作なのはうれしいけど、この状態で刈るのはかなり大変だろう。
でも、その大変さも含めて、稲刈りの楽しみだ。頑張ろう!
「そういえば、稲刈りの鎌って普通に鉄なんですね?」
「……鉄に決まってますよ」
千代さんが、何を言っているんだこの人は、という顔をしている……。
「……ですよね、すみません」
「…………」
よく考えたら、刀がある時代だ。鉄の鎌があるのはあたりまえだ……。
「千代さんも刈るんですか?」
「もちろんです」
いつの間にか、たすき掛けをして着物の裾を上げた千代さんが普通に鎌を持っていた。
前に言ってたけど、千代さん、本当に稲刈りするんだ……。
最初はちょっと驚いたけど、村の人たちと一緒に普通に働く姿にも、もうだいぶ慣れてきた。
でも、やっぱりすごい姫様だな……。
「じゃあ、俺もやります」
近くにいた村の人が驚いたように俺を見た。
「薬師殿も稲刈りできるのか?」
「はい、やったことありますよ」
「普通、薬師殿がわざわざ田んぼに入ろうとは思わんじゃろ」
「そういうものですか?」
「そういうもんじゃ」
「でも、せっかく稲刈りの経験があるんだから、俺も手伝った方がいいでしょ?」
「はは、ありがたい事じゃが、姫様と同じで、薬師殿もそうとう変わっとるのう」
正確には、ほとんど機械で刈ってたけど……。
でも、機械が入れない小さな田んぼや、田んぼの端っこくらいなら、ばあちゃんに言われて手で刈ったこともある。
「信之殿の分も用意してますよ。では、これを」
「はい」
千代さんから鎌を受け取った。
現代の鎌より少し重くて、柄はごつごつしてるけど、不思議と手に馴染んだ。
田んぼへ入る。
泥と稲の青っぽい匂いがする。
「結構ぬかるんでるぞ」
場所によっては、ふくらはぎまでめり込む。
「こりゃ動きにくいな」
稲を掴んで、鎌を入れる。
ざくっ!
「うわっ、無茶苦茶切れる!?」
もう一株。
「すごい!」
戦国の鎌、侮れないな……。
「信之殿、なかなかいい手つきですね」
「言ったでしょ。やったことあるって。これくらいなら余裕ですよ!」
ちょっと調子に乗ってみた。
「ふふ、よかった。今回は安心しました」
「千代さん、『今回は』ってどういう意味です?」
「それは……今まで信之殿が苦労している様子を見てきましたから」
「確かに、今までのあのヘタレっぷりは恥ずかしい……」
遠い目で今までを振り返った……。
「あっ、信之殿。そういう意味ではありません。そんなに気にせずとも……」
千代さんは、申し訳なさそうにこちらを見ている。
「大丈夫です! 今回は心配しないでください。俺だってやるときはやりますよ! 頑張りましょう、ははっ」
「はい。それは分かってますよ! 頑張りましょう、ふふっ」
思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
◇
しばらくすると刈り方の要領を思い出してきた。
「薬師殿、なかなか手際が良いですな。助かりますぞ」
村の人がほめてくれた。
「ありがとうございます!」
ちゃんと役に立てているみたいで安心した。
この調子で頑張るぞ!
……でも、気がつくと千代さんの方がずっと前まで刈っていた。
「千代さん、速くないですか?」
「そうですか?」
そう言いながら、また一株刈っている。
千代さん、頼もしすぎる……。
◇
日が高くなるにつれて、さらに暑くなってきた。
秋とはいえ、今日は特に暑い……。朝からの蒸し暑さに加えて、ジリジリと日差しも照りつけてくる。
「暑い……」
額の汗を腕で拭う。
千代さんに追いつこうと、さっきより少しだけ手を速める。
俺も頑張らないと! そう思って、また稲を掴んだときだった。
「おい、大丈夫か?」
少し離れたところから声が聞こえた。
「…………?」
見ると、一人の男が田んぼの中に座り込んでいる。
近くにいた人が声をかけているけど、すぐには立ち上がろうとしない。
俺は鎌を置いて駆け寄った。
「どうしました?」
「いや……ちょっと、くらくらしてな……」
顔が赤い。
汗もびっしょりかいている。
体もかなり熱い。
「気持ち悪くないですか?」
「……少し」
「頭は?」
「…………痛い」
返事が遅い。
目も少しぼんやりしている。
「涼しい日陰に運びましょう」
「え?」
「手伝ってください!」
近くにいた人に手伝ってもらって、男を木陰まで運んで寝かせた。
「信之殿、どうしたのです?」
千代さんも駆け寄ってきた。
「たぶん、暑さにやられてます」
「暑さに?」
「はい。とりあえず、体を冷やして。あと、かなり汗をかいていたみたいなので、水分をとらないといけません」
男の着物を少し緩める。
「水、ありますか?」
村の人が水の入った竹筒を持ってきてくれた。
受け取って、男に差し出す。
「少し飲めます?」
「ああ……」
「ゆっくりでいいです。一口だけ飲んでみてください」
男が竹筒に口をつける。
少しだけ水を含んで、一口飲み込んだ。
「…………」
もう一口。
うん、むせてない。ちゃんと飲み込めている。
よかった。
でも、これだけ汗をかいてるんだ。できれば水だけじゃなくて電解質と糖も欲しい。
ここで用意できそうなものといえば……。
「信之殿?」
「あ、すみません。千代さん、塩ってありますか?」
「塩ですか?」
「はい。それと、もしあれば砂糖も」
「塩なら用意できますが、砂糖はここにはありません」
「じゃあとりあえず塩をお願いします」
「分かりました、塩ですね」
千代さんが村の人に指示を出す。
「水だけではだめなのですか?」
千代さんが不思議そうに聞いてきた。
「汗をかくと、水だけじゃなくて塩とかも一緒に身体から出てしまうんです」
「塩が?」
「はい。汗ってしょっぱいでしょ? あと、甘いものを水に少し入れると、水と塩を身体に取り込みやすくなるんです」
「なるほど。では、ミカンはどうですか? そこの畑にあります」
「ミカン? いいですね。使えそうです」
ミカンなら糖分もあるし、カリウムも補給できる。もちろん、これだけで十分とは言えないけど、何もないよりはずっとましだ。
現代の経口補水液みたいに、きちんとした配合にはできないけど、今ここにあるものでなんとかするしかない。
もらってきたミカンを少し味見してみる。
酸っぱいけど、それなりに甘みもある。
「これを使ってみましょう」
「ミカンが薬になるのですか?」
「ミカン自体に特別な薬効を期待してるわけじゃないので薬というわけじゃないです」
「…………?」
千代さんや周りの人が不思議そうな顔をしている。
「薬師殿が作っているのであれば、薬ではないのか?」
「…………」
ちゃんと説明したいところだけど、今はこの補水液を作る方が先だ。
「いえ、薬というほどではないんですけど……まあ、薬みたいなものです」
「おお! さすがじゃ、薬師殿特製の暑気あたりの薬ということじゃな」
ふと周りを見渡すと、人だかりができていた。みんな、妙に納得したように頷いている。
そんなに納得されても……なんか思いっきり勘違いしてるぞ!
でも、みんなが俺のことを薬師だと思って、こうして治療を任せてくれる。
大したことはしてないけど、やっぱりありがたいし、ちょっとうれしい。
気を取り直して、補水液の調整を続ける。
塩とミカンのほかに、近くの家から桝と適当な桶を用意してもらった。
まず桝で水とミカン果汁の量を決めて、そこへ目分量で塩を加える。
正確な濃度なんて測れないから、あとは味を確かめながら調整する……。
「……まあ、こんなもんかな」
ちゃんとした経口補水液とはいえないけど、今ここで作れるものとしては、こんなものだろう。
これで十分だ。
「では、体を冷やしながら、これを少しずつ飲んでください。たぶん暑さにやられたんだと思います。しばらく休んで、様子を見ましょう」
「これを飲めば治るのか?」
「今のところはちゃんと飲めてますから、このまま休んでいれば大丈夫だと思います。でも、今日はもう無理しないでくださいね」
◇
気がつくと昼を過ぎていた。
さっき倒れた男の顔色もだいぶ戻っていた。
「どうです?」
「さっきよりずいぶん楽じゃ」
「この調子で涼しいところで休んでいてください」
「もう大丈夫じゃ」
「今日は無理は禁物です。稲刈りは禁止。ちゃんと休んでください」
「ありがとよ、でも厳しいのう。また続きを刈りたいんじゃが」
「また倒れられる方が困ります」
男が笑った。
これなら、ひとまず大丈夫そうだ。よかった!
「信之殿、遅くなりましたがお昼にしましょう」
後ろから千代さんに声をかけられた。
「あ、はい」
そう言われると、急にお腹が空いてきた。
今日の昼ごはんは何だろう……?
「これを」
渡されたのは、竹の皮に包まれた大きなおにぎりだった。
「……千代さんが作ってくれたんですか?」
「はい。朝、握ってきました」
「へえ……」
包みを開く。
「…………!?」
丸とも三角とも言えない……少し、いや、かなりいびつな形……。
「……形は、あまり気にしないでください」
「え?」
「料理は、あまり得意ではないので……」
少し恥ずかしそうに目をそらした。
なんでもできると思ってたけど、千代さんにも苦手なことってあるんだ……。
「いや、全然いいじゃないですか。俺、おにぎり大好きなんですよ!」
「……そうですか?」
「はい。いただきます」
一口かじる。
「…………」
少し塩が効いている。
朝からずっと汗をかいていたせいか、それがものすごくおいしかった。
「どうですか?」
「すごくおいしい! 塩加減なんか絶妙ですよ!」
「本当ですか?」
「はい。千代さんのおにぎり、最高です!」
「……よかった」
千代さんが、ほっとしたように笑った。
形は別として、本当においしい。
もう一口かじる。
「…………」
なんでだろう。
いつも食べるおにぎりより、すごくおいしい気がした。
◇
それから夕方まで、何事もなく稲刈りは続いた。
「よーし、今日は終わりにするか」
「稲刈りの手伝いだけじゃなく、暑気あたりの薬まで作ってくれるとは……。こんな薬師様、なかなかいねえぞ! ありがたやありがたや」
村の人が声をかけてくれた。
「いえ、どういたしまして。でも、さすがに稲刈りは腰にきますね。もう限界ですよ……」
「信之殿、今日は本当に頑張りましたね」
「千代さん、お疲れさまです」
今日は色々あったけど、無事に終わってよかった。
それにしても、今日作った補水液……。
この時代にあるものだけでも、意外になんとかなるんだな。
ほかにも治療に使えるものがあればもっと皆の役に立てそうだけど……。
そうだ! 生薬ならあるはずだ。
考え始めると、急に気になってきた。
「千代さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい?」
「この辺りに薬師っているんですか? 俺、この時代の薬について、もっと知りたくなりました」
「ええ、おりますよ。私の知っている薬師でよければ、会ってみますか?」
「ぜひ!」
「ただ、腕は確かなのですが、少々変わった方なので……」
「……え?」
まあ、どんな人なのかは分からないけど、この時代の薬について聞けるなら、ぜひ会ってみたい。腕は確かみたいだし。
「それでも会ってみたいです。お願いします!」
「では、まだしばらく稲刈りの仕事が続きますから、来月くらいになると思いますが……一緒に行きましょうか」
「姫様ー!」
「あっ、薬師様も一緒だ!」
田んぼの向こうから、何人かの子供たちが走ってきた。
「ねえ、姫様、薬師様って姫様のお婿さんなの?」
「……え?」
「えっ?」
千代さんも俺も固まってしまった。
いきなり何てことを言い出すんだ……。
「だって、最近いつも一緒にいるでしょ? 私たち知ってるよ。今日もずっと一緒にいたし、お昼も二人で楽しそうにおにぎり食べてたでしょ?」
「…………」
「…………」
確かに、そうかもしれないけど……何も言い返せない。
「俺も見てたよ。仲良いよね!」
「私も見てた!」
何なんだ、この子供たちは……。
「それで、薬師様はお婿さんなの? だって薬師様なのに、姫様と一緒に田んぼで働いてくれるでしょ? 誰か倒れてもすぐ助けてくれるし。一緒にいてくれたら、うれしいな」
「いや、それは……」
千代さんを見る。
目が合った。
「…………」
「…………」
でも、思わず慌てて目をそらしてしまう……。
「いやいや、そんな訳ないでしょ!」
慌てて否定する。
「信之殿……」
千代さんが、ほんの少し目を伏せた。
「あっ、いや、千代さんが嫌とかそういう意味じゃなくてむしろ……」
「…………」
しまった。
なんて余計なことを言ってるんだ、俺は……。
っていうか、この子の親はどこにいるんだ。周りの大人も止めてくれよ……。
助けを求めるように周りを見渡す。
「…………」
大人たちは、なぜか意味深にニヤニヤしていた。
……誰も助けてくれそうにない。
なんだか余計に恥ずかしくなってきた。
「信之殿と私は、仕事で一緒にいるんです。大人をからかうものではありませんよ」
千代さんが、いつもの姫の口調で子供たちに話しかけた。
「でも、姫様も薬師様も顔が真っ赤だよ」
「ほんとだ!」
「二人ともお似合いなのに、違うの?」
「薬師様、早くしないと姫様、どこかの若様に取られちゃうかもしれないよ」
「私はやっぱり薬師様が良いな! 明日も、一緒にお仕事頑張ってね!」
そう言って満足したのか、子供たちは楽しそうに走り去っていった。
何とも言えない微妙な空気を残して……。
「…………」
「…………」
何だったんだ、今のは……。
「……帰りましょうか」
「……はい」
相変わらずニヤニヤしている村の人たちに見送られながら、帰りの畔道を歩き始めた。
夕日に向かって赤とんぼが二匹、並んで飛んでいる。
「千代さん、明日も仕事、頑張りましょう」
「そうですね、信之殿」
仕事……そう、仕事だ……。
明日も働くぞ……!
それに、千代さんの言っていた変わった薬師にも、早く会ってみたいし!




