第4話:罪深い男
日が落ち始め、街は暗闇に包まれようとしていた。
今の世界ではまともに電気すら通っていない。日が沈んで暗闇に包まれれば、モンスターに遭遇しても対処のしようがない。
俺は倒れた二人から回収したわずかな物資と、棍棒代わりに拾ったオオカミの骨を抱え、急ぎ足で自室へ帰宅した。
ベッドに腰掛け、今日起きた出来事と今後の生活について思考を巡らせる。
物資をあさって現場を離れるまでの間、あの男たちが再び目を覚ますことはなかった。
俺は……人を殺めてしまったのだろうか。
もちろん、向こうから殺気立って襲ってきたのだし、自分の身を守るためには仕方のない不可抗力だった。だが、つい先日までごく普通の一大学生として生活していたはずなのに。
俺は頭を強く振り、深く考えるのをやめた。これ以上思考を突き詰めれば、精神を病んでしまいそうだったからだ。
ひとまず寝よう……今日はもう、何も考えたくない。
◇
……あんな出来事があったというのに、人間案外あっさりと眠れるものらしい。
一度しっかりと睡眠をとったことで、頭がすっきりとしてきた。改めて気になっている事象――俺の持つスキルについて整理してみる。
『悪食』……モンスターを喰らうことで、その能力を己の糧とするスキル。
昔読んだ小説のように「ステータス・オープン」と口に出してみても、目の前にウィンドウが現れるような変化はない。
しかし、頭の中でスキルについて強く意識を向けると――
『悪食 保有能力』
・身体能力微増 100/100
・咬合力微増 100/100
脳裏にぼんやりと、文字情報のイメージが浮かび上がってきた。
あまりにも情報が少ない。詳細な解説文などは存在せず、現在の状態を把握するのが限界だった。
だが客観的に見て、このスキルは破格の性能を秘めているのではないだろうか。
襲ってきたあの三人組も何らかのスキルを使っていたようだが、一人につき行使できる能力は一種類だけのようだった。
もし俺の能力が『身体能力微増』だけなら決定打を欠いて追い詰められていただろうし、『咬合力微増』だけなら力負けしていただろう。
一つのスキル枠でありながら複数の能力を獲得・保持できるというのは、極めて強力だ。
ただ、能力を得るにはモンスターの肉体を喰らう必要がある。これまで口にしたのは肉体が存在する生物型のモンスターだったが、スライムやゴーレムのような非肉体型の魔物を喰えるのかどうかは、実際に試してみるまでわからない。
そして、もう一つ気になる点がある。
去り際にあのフードの男が漏らした「避難所」という言葉だ。
この近辺で避難所となりそうな場所といえば……近くの小学校か、あるいは反対方向にある市民体育館あたりだろう。あの2か所が生存者の拠点として使われている可能性が高い。
手持ちの食料や水が乏しい以上、一刻も早く避難所へ合流したいところだが、懸念材料が多すぎる。
まず、あのフードの男がいる確率が高いことだ。奴は確かにこう言っていた。
「チッ……これじゃ避難所の警備が不十分になるな……はぁ」
避難所の人間とすでに信頼関係を築いているのは間違いない。もし俺と鉢合わせすれば、事実を歪めて吹き込まれ、即座に追い出されるか危害を加えられる危険がある。
そしてもう一つの問題は……現在の俺の容姿だ。
ベッドから起き上がり、姿見の前に立ってみる。鏡に映った自分の姿は、あまりにも酷い有様だった。
服は返り血と泥で汚れ、髪はボサボサ、血生臭さも相当強い。断水によってろくに身体を洗えておらず、衛生状態は最悪だ。
「こんな身なりじゃ、不審者扱いされて絶対受け入れてもらえないよな……」
近くで体を洗える場所――そういえば、少し離れた場所に大きな川が流れていたはずだ。あそこなら水を使って身体も服も綺麗にできる。
屋外で襲われるリスクはあるが、避難所に受け入れてもらうためなら背に腹は代えられない。
俺は着替えと護身用のオオカミの骨を持ち、川を目指して移動を開始した。
目的地である川には大きな橋が架かっており、大学の友人たちと遊びに行く際に必ず通る道だったため、土地勘はあった。夏場には近所の子どもたちが水遊びをしていた場所だ。
橋の脇にある階段を下り、人目につきにくい橋の下のスペースに荷物を置くと、靴と服を脱ぎ捨てた。
冷たい水をかぶると、身体だけでなく強張り切っていた心まで洗われていく感覚がする。
全身の汚れをしっかり落とした後、今度は脱いだ服の洗濯に取りかかった。
自室に着替えがないわけではないが、手持ちはせいぜい3着程度しかない。
日頃から服に頓着していなかったのが裏目に出た形だ。かといって無人の民家に侵入して服を拝借するのも気が引けるし、近場に衣料品店もない。
「しっかし、こびりついた血の汚れって全然落ちないな……強く擦りすぎたら生地が傷むし……あーくそっ」
川にしゃがみ込み、服の洗濯に集中していたその時だった。
「わっ、え……!? 人……!? は、裸……!?」
突然、背後から若い女性の声が響いた。
俺は反射的に護身用のオオカミの骨を引っつかみ、素早く振り向いて臨戦態勢をとる――のだが、すぐさま自分が「パンツ一丁で大きな骨を構えた変態」そのものの格好であることに気づいた。
「なっ……! あ、いや、これは……!」
一瞬の静寂ののち、橋の下に甲高い悲鳴が響き渡った。
「い、いやぁぁあああ!!!! ヘンタイーーーーーっ!!!!」
「お、落ち着け! 俺は人間だ! モンスターじゃない!!」
「モンスターじゃなくてもヘンタイでしょっ!?」
「とにかく声を落としてくれ! 大声を出したら化け物が寄ってくるだろ!?」
パニックに陥り叫び散らす女性をなんとか宥めながら、俺は必死の思いで自分の潔白と事情を説明しようと試みるのだった。
高評価・ブックマークしていただけると励みになります。




