第5話:結束
更新が遅くなってしまい申し訳ないです。次回からは更新ペースを上げていき……たいです。
「――ってことがあって、今こんな見た目になってるんだよ。仕方なく!」
俺は急いで服を着直し、身の潔白を証明するためにこれまでに起きた出来事を説明した。
俺の凄惨な苦労話を聞いた女性は、落ち着きを取り戻したものの、何か気になることがあったのか深く考え込んだ様子だった。
「……なるほどね。事情は分かったわ。でも、君……本当にモンスターを食べたの?」
「ああ。とんでもなく不味かったけどな。」
「ありえない……不味いで済むものじゃないわ! だって、以前モンスターを食べちゃった人は、何日も苦しんだ挙句、血を吐いて死んじゃったのに……」
「……えっ?」
女性から発せられた言葉に、俺は強い衝撃を受けた。血を吐いて死んだ? じゃあ、なぜ俺は生きている?
嘘だと思いたかった。しかし、彼女の悲痛な表情を見て冗談だとはとても思えなかった。
……いや、本当は自分でも分かっていたはずだ。『悪食』のスキルによる影響だということに。
確かに強い違和感はあった。得体の知れないモンスターの生肉を喰らって、無事でいられるはずがないのだ。
生き延びることに必死で、その違和感から目を背けようとしていた。
俺が……人間とは別の何かに変わりつつあるということに。
「……ごめんなさい。暗い雰囲気にしちゃって。それに変態呼ばわりしたのも謝るわ。取り乱して酷いこと言っちゃって。」
「いや、気にしないでくれ。今のこんな世界で、冷静でいられないのは当然だ。」
気まずい沈黙を破り、彼女が差し出すように口を開く。
「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。私の名前は雪野美緒、19歳。多分、年近い……よね? よろしくね。」
「ああ。俺の名前は須崎昌磨。同い年だな、よろしく。」
俺たちは自己紹介を済ませた後、互いに持っている情報を交換することにした。
インフラが完全に崩壊した今、情報を得るには生き残った人間から直接聞くしかない。
「美緒さんは、これまでどうやって生きてきたんだ? スキルは? 持ってないと外を出歩くのは危険すぎる。」
「私は今、避難所で生活しているの。ほら、近所に市民体育館があるでしょ? あそこで避難してきた人たちと一緒に食べ物を集めて、何とか生きてるって感じ。」
「それと……私もスキルを持ってるの。『隠密』ってスキルで、発動すると人やモンスターから気配を感じ取られなくなるみたい。だから私一人で川まで移動して洗濯をしてたの。」
「『隠密』か……羨ましいな。それなら一人でも安全に動けるわけだ。」
美緒の有用なスキルに感心しつつ、俺は彼女から避難所の詳しい状況を聞き出すことにした。
だが、返ってきたのは決して明るい話ではなかった。
「体育館には100人以上が避難してるんだけど……正直、雰囲気は最悪なの。食料も足りなくなってきてるし、最近は自警団を名乗る暴力的なグループが仕切り始めて……」
「自警団……?」
「うん。強力なスキルを持った男がトップにいて、食料の配給もそのグループが優先されてるの。特に幹部の一人が酷くて……深くフードをかぶってて、素早い動きをする男なんだけど……」
美緒の言葉に、俺の背筋が凍りついた。
間違いない。
コンビニで俺にナイフを突きつけ、オオカミから逃げ出し、俺が倒した仲間を見捨てて逃げ去ったあの男だ。
あいつ、よりにもよってこの避難所にいやがったのか……!
「美緒さん、俺もその避難所の近くまで一緒に行っていいか? 中に入るのは危険そうだが、外の状況や家族の情報が知りたい。」
俺の提案に美緒は少し考え込んだが、意を決したように小さく頷いた。
「わかった。裏手からなら人に見つからずに入れる場所があるの。それに……私、仲良くしてる人たちがいて、最近怪我をして配給を減らされているその人たちに、この洗った服と少しの食料を届けたくて。」
こうして俺は、美緒の案内に従って市民体育館へと向かうことになった。
◇
日が完全に沈みかけた頃、俺たちは市民体育館の裏手に到着した。体育館の周囲には壊れたフェンスや瓦礫で簡易的な柵が作られ、見張りの男たちが数人立っている。
「ここからなら、物置の影を通って裏口の隙間から中に入れるわ。」
美緒は『隠密』スキルを発動させ、すっと空気の中に気配を溶け込ませた。
俺も身体能力を活かして足音を殺し、彼女の後を追って敷地内へ忍び込む。
裏口近くにある物置の影までたどり着くと、そこには飢えに耐えるようにうずくまる3人の青年がいた。
脚に大きな怪我を負った、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の男――仁。
不安そうに体を丸めている、小柄な少年――蓮。
そして、怪我をした仁を庇うように寄り添う、ガタイのいい男――丈瑠だ。
「仁さん、蓮君、丈瑠君! 無事だった!?」
美緒が囁くように声をかけると、3人は驚いた顔で振り向いた。
「美緒ちゃん!? 無茶するな、見つかったら自警団に何をされるか……!」
「大丈夫、隠密を使って帰ってきたから。これ、少ないけど水と缶詰……」
美緒が差し出した食料に、3人はむさぼるようにかじりついた。自警団によって極限まで追い詰められているのが一目でわかる。
「君は……?」
少し警戒した様子で俺に気付いた仁が話しかけてくる。
「須崎昌磨っていいます。俺の持ってる食料も、少しでよかったら……」
俺が懐から、コンビニで拾ったわずかな物資を取り出して差し出した――その時だった。
「――ほう。何やら外でコソコソやってると思ったら、野良犬どもに餌やりか?」
冷ややかな声が頭上から響いた。ハッと見上げると、体育館の2階のバルコニーに、あのフードをかぶった男が立っていた。
「しまっ……!?」
「おいおいおい! 警戒網を張っておいて正解だったな! まさかお前が美緒と繋がってるとは思わなかったぞ、バケモノが!」
フードの男が合図の口笛を吹くと同時に、周囲の物陰から十数人の武装した男たちが一斉に飛び出し、俺たちを取り囲んだ。
「な、なんだ!? 何が起きてるんだ!?」
丈瑠が立ち上がり、狼狽えて叫ぶ。フードの男はニヤリと下劣に口元を歪めると、大声で体育館内に向かって叫び始めた。
「みんな集まれ! 危険人物を捕まえたぞ! こいつは街で仲間を惨殺し、魔物の生肉を喰らって化け物に変質した殺人鬼だ!!」
騒ぎを聞きつけ、体育館の扉が開いて大勢の避難民が顔を出した。フードの男の巧みな扇動に、避難民たちの顔へ猛烈な恐怖と嫌悪感が広がる。
俺の血と泥で汚れきった服と、人離れした異質な気配が、その嘘に悪質な現実感を与えてしまっていた。
「嘘だ! 先に襲ってきたのはお前たちだろ!」
俺は反論したが、フードの男は冷笑を浮かべたまま民衆を煽り立てる。
「見てみろ、その返り血で汚れた服と、化け物の骨で作った不気味な武器を! こいつはもう人間じゃない、怪物だ! そして美緒もそこの落ちこぼれ3人も、こいつと裏で繋がっていた仲間だ!」
「ちがう! 昌磨君はそんな人じゃ――!」
美緒が必死に庇おうとするが、パニックに陥った避難民たちの「出ていけ!」「化け物を入れるな!」という理不尽な怒号にかき消された。
「クソッ……! ふざけるな、話を聞けよ!」
俺は悔しさのあまり拳を物置にたたきつける。だが、多勢に無勢だった。
「フン、安心しろ。俺たちは寛大だからな。直ちに殺しはしない。」
フードの男は蔑むような目で俺たち5人を見下ろした。
「おい、こいつらの荷物を全部奪って、そのまま外へ叩き出せ!」
身ぐるみ剥がされかける激しい揉み合いの中、俺は命がけでオオカミの骨だけは死守した。
ドカンッ! と重い音を立てて体育館の裏門が閉ざされ、俺たち5人は薄暗い夜の路上へと完全に追い出されてしまった。
◇
静まり返った屋外。冷たい夜風が吹き抜け、遠くでモンスターの不気味な咆哮が聞こえる。
「……ごめんなさい、昌磨くん。私のせいで巻き込んじゃって……」
美緒が膝をつき、肩を震わせて涙を流した。
「いや、美緒さんのせいじゃない。あいつがあらかじめ仕掛けていた罠だったんだ。」
俺がオオカミの骨を握りしめていると、丈瑠が、険しい目つきで俺を睨みつけてきた。
「おい……あんた、本当に化け物の肉を食ったのか……? さっきのあいつの言いぐさは全部嘘なのか?」
丈瑠の声には警戒と困惑が混ざっていた。無理もない。見た目も気配も異様な俺を、最初から信じられるはずがないのだ。
「肉を食べたのは本当だ。生き残るために必死でな。……だが、俺から人を襲ったことなんて一度もない。あいつらが先に俺を殺そうとしてきたんだ。」
俺が誤魔化さずに真っ直ぐ目を送ると、怪我を負った仁が静かに口を開いた。
「丈瑠、責めるのはよせ。あいつらのやり口は僕たちが一番よく知っているはずだ。自警団の歪んだ言分より、美緒ちゃんが信じたこの人を僕は信じるよ。」
「仁さん……」
「それに……さっき揉み合っている時、君は自分の身より先に、僕たちを庇おうとしてくれていただろ。」
仁は聡明な眼差しで俺を見つめていた。脚の激痛に耐えながら、静かに感謝の言葉を口にする。
「自己紹介が遅れたね。僕は波浜仁だ。脚をやってしまってね……足手まといですまない。助けようとしてくれてありがとう、昌磨君。」
「俺は木場丈瑠だ。……悪かったな、疑うようなこと言って。」
丈瑠が気まずそうに頭をかきながら、力強い手を差し伸べてきた。俺はその手をガッチリと握り返す。
すると、仁の後ろで小さくなっていた少年が、恐る恐る俺の服の裾を引っ張った。
「ボ、ボクは遠藤蓮です。昌磨さん、怖く……ないです。お兄ちゃんたちを助けようとしてくれたの、見えてました……」
「蓮……ありがとうな。」
俺が目線を下げて頭を撫でると、蓮はホッとしたように小さく微笑んだ。
武器も奪われ、食料もなく、暗闇の満ちる絶望的な夜の街。
だが、互いに名前を呼び合い、身を寄せ合ったことで、凍りついていた空気が少しだけ温かくなった気がした。
「みんな、これを使ってくれ。」
俺は、死守したオオカミの骨の破片や、道中に拾っていた頑丈な金属パイプを丈瑠と仁に手渡した。
「昌磨、これは……?」
「俺は素手やこの骨で戦える。丈瑠は力が強そうだから前衛に立ってほしい。仁さんは脚が治るまでレンと美緒さんを守ってくれ」
てきぱきと役割を割り振る俺を見て、丈瑠は「頼もしいじゃねぇか」とニッと笑い、仁も「最高の指揮官だな」と頷いた。
「あいつらは、俺たちが暗闇の魔物に喰われて死ぬと思ってる。……だからこそ、絶対に死んでやるもんか」
俺が得た『悪食』という怪物としての力。そして、この狂った世界で泥をすすってでも生き抜くという執念。
「生きて……必ずあの体育館の連中を見返してやる。全員で、絶対に生き残るぞ!」
「「「「おう(うんっ!!!)!!!」」」」
絶望の夜の中、俺たちの力強い誓いが響き渡る。
昌磨、美緒、仁、丈瑠、蓮。5人の絆を胸に、俺たちは静かに、しかし力強く歩み始めた。
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2026/09/13 追記:私用により月1更新となります。




