第8話 魔女の性と公爵の執念
話は十八年前に戻るけれど、ミルドレッドに祝福を与えた翌日、ボクは改めてカーマイン公爵家を訪ねに行った。
目的は勿論、ミルドレッドの未来について話があるからだ。
「こちらの依頼なしに、魔女が訪ねてくることは……何か昨日の祝福に、不都合な点でもあったのか?」
カーマイン公爵は、ボクの姿を見るなり、顔を顰めた。応接間へ続く廊下でも、執事らしき人物から、同じ質問をされるほど、ボクの訪問が不思議なのは分かる。
人間と魔女とはこういうものだ。用がなければ、危険分子と同じ。特に今回は、警戒されることくらい、想定内だった。
「祝福に不都合な点はないよ。あるのはミルドレッドの未来だ」
「それは……予言か?」
「う~ん。多分、ね。その類いのものだと思ってもらっても構わないよ」
「そうか。しかもユニティ殿の反応を見る限り、どうやらそれは、よくない予言のように見受けられる」
「さすがはカーマイン公爵。話が速くて助かるよ」
少しばかり緊張感の漂う応接間で、ボクは静かに語った。
このままブルーノと婚約したままにしていると、ミルドレッドは十八年後に婚約破棄を言い渡され、この国から追放される。それによって、カーマイン公爵家も苦難の道を辿ることになるだろう、と。本当の予言のように伝えた。
「ボクは、自分が祝福を与えた子を不幸にしたくない」
素直にミルドレッドを救いたい、と言えないのが難点な性格だと思う。すべてはボクのため。ボクの自己満足でやっている。どうして、そんなことしか言えないのかな。
だけどカーマイン公爵にとって、今のボクの発言など、ほぼ耳に入っていなかったのだろう。
「ブルーノ王子との婚約は、こちらの都合で解消することはできない。そのような動きをすれば、国王はこの婚約を王命として下すだろう。もしくはミルドレッドを人質にとる、という強硬手段をし兼ねない」
「……政治的なことは分からないけど、つまりできない、ということなんだね」
「すぐには無理だろう。だが……絶対に成し遂げて見せる」
いいね。色男の諦めない、強い眼差しは。向けられているのはボクだけど、気持ちの部分はミルドレッドと奥方にある。
だからこれは、百年生きてきた魔女としての本性が表に現れたのだろう。魔が差したというか。気がついたら、カーマイン公爵に悪魔の囁きをしていた。
「ミルドレッドは、ブルーノ王子と結ばれない。結ばれるのは、エリアル・アルク男爵令嬢だ。どのみち、婚約解消が難しいのであれば、本来の相手を差し出せばいい」
「本来の相手?」
「そうだ。運命の相手、とでもいえば分かるかい?」
大の大人。しかも男性に対して運命の相手、などという言葉が果たして通用するのかは分からなかったが、すでにボクもカーマイン公爵も、通常の感覚を持ち合わせてはいない。
「つまり、ミルドレッドとその娘を取り替えろ、とでもいいたいのか?」
「上手く探し出せれば、の話だけどね」
乙女ゲームの強制力で、探し出せない場合もある。エリアル・アルク男爵令嬢は、この世界のヒロイン。主人公なのだから、強制力を一番強く受けているだろう。
悪役令嬢ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢の父親が、相反するヒロイン、エリアル・アルク男爵令嬢の父となる。そんなことが、果たして可能なのか。
魔女としての性が、ボクを突き動かす。この知的好奇心を満たせ、と。
***
カーマイン公爵を唆してから五年後。
ボクの蒔いた種はどうなったのか、気になって公爵邸の様子を探った。するとそこには、銀髪の少女の姿はなく、代わりにピンク色の髪をした少女が夫人の腕の中にいた。
ボクは驚きのあまり、またがっていた箒から降り、あろうことかバルコニーに着地した。当然の如く、窓越しにいた夫人はボクを不審者だと思い込み、悲鳴を上げる。連鎖するように、泣き出す子どもの声。
帰って来たカーマイン公爵に怒られたのは、言うまでもない。
「来るなら来るで、前触れくらいは出してくれれば、このような事態にならなかったというものを」
「ほんの少し、どうなったのか、様子を見に来ただけなんだ。そしたら……」
「エリアル・アルク男爵令嬢がいるとは思わなかった、と? さすがのユニティ殿も、これは想定外だったか」
「まぁね。というより、よく探し出せたね」
「その口ぶりからすると、やはりご存知だったか。始め、アルク男爵を探し、見つけたものの、エリアルという娘はいなかった」
うん。エリアルはアルク男爵家の養女だからだ。それも、乙女ゲームが始まる一年前にエリアルは貴族になる。だからカーマイン公爵が探していた時は、まだ平民なのだ。
「だが、アルク男爵を問い詰めたら、白状したよ。メイドに産ませた子がいる、と。その娘の名前がエリアルだとね」
わ~。もうこれは執念だね。ボクが言えた立場じゃないけど。
「しかも引き取るつもりはない、とまでいうので、遠慮なく引き取らせてもらった」
「大丈夫なの? そんな外道……じゃなかった、野郎の娘を引き取るなんてさ。あとで色々と請求されたりするんじゃないの? この件については、ボクも一枚噛んでいるから、お灸を添えるくらいならするけど」
「ありがとう。だが、見くびってもらっては困る。公爵家が、男爵家如きの家に屈するとでも? それなりの額の金と誓約書を書かせたから、よほどの馬鹿ではない限り、問題はないだろうさ」
世の中には、よほどの馬鹿がいるとは思うけど、そこはボクが注視していれば大丈夫か。だけど今、注視するべき人物は、他にいる。カーマイン公爵家に引き取られたエリアルと、もう一人。
「それで、本物のミルドレッドはどうしたの?」





