第44話 魔女としての距離感
祭壇を破壊してから、一週間後。エリアルが王城にいたのは、三日間だけのことだった。
別に追い出されたわけではない。どちらかというと、ボクの回復魔法のお陰で、深刻な状態を早く脱しただけのことだった。
ボクは治癒系の魔法に特化した魔女でもないし、聖女とかではないから、そのくらい掛かってしまった、といってもいい。だけどすぐに公爵邸に帰れたのはよかった。
公爵夫妻の喜びようが、ミルドレッドの時以上に見えたからだ。
おそらく、実子よりも長く一緒に過ごし、その成長を見てきたからだろう。エリアルが公爵邸を出た後も、籍を外さずにいたのは、それが理由のように思えた。
現に今も、公爵夫人がベッドの傍で、エリアルの看病を甲斐甲斐しくしていた。
「ユニティ! いいところに来てくれたわ」
公爵邸にあるエリアルの部屋に入ると、彼女はめざとくボクを発見し、あろうことか大声を発した。案の定というべきか、公爵夫人が慌てた。
「お医者様からまだ安静に、と言われているのよ。そんな大きな声を出して……何かあったらどうするの!?」
「その時は、ユニティにどうにかしてもらいます。ちょうど来たことですし」
「いやいや。医者の指示にはちゃんと従いなよ」
部屋を見渡すと、公爵夫人と同じようにハラハラした様子の公爵がいることに気がついた。夫婦揃ってエリアルの部屋にいるとは……公爵邸に戻って来てばかりとはいえ、これでは気が休まるものも休まらないだろう。
けれど実の娘であるミルドレッドに引き続き、エリアルも命の危機に見舞われたのだ。大袈裟だとは言えなかった。だから代わりに、エリアルの鬱憤を引き受けることにした。
「それで、ボクに何をしてほしいんだい?」
「ユニティ……」
そんなに感激してもらうところだったかな。
「実はね、ギルバートを連れて来てほしいの」
「……ここに?」
「ここ以外、どこがあるの?」
いや、だって……公爵夫妻がいる場所に、ギルバートを連れて来るって、どんな拷問だよ。エリアルならまだしも……いや、それも問題か。どちらにしても、無理な話だと思った。
「……う~ん。まず、ギルバートが来られない理由を聞こうか。お二人さん」
「婚約前の娘の部屋に、入れさせるわけにはいかん」
「エリアルちゃんの手の傷が治らない内はダメ」
なるほど。公爵は父親として、娘の彼氏あるあるか。夫人は前もって説明していても、エリアルを傷つけられたことは許せないらしい。
「こんな状態で、ずっと会わせてくれないの。王城にいた時は、ユニティがどうにかしてくれたでしょう。だから……」
「ボク、というより、王城ではブルーノが権限を持っていたからね。ギルバートの要望を聞いてあげていたんだよ。でもここは、カーマイン公爵邸だから……」
公爵がダメだと言えば、ダメなのだ。
「でも、自分たちの意見を押しつけていたら、またエリアルは出ていってしまうかもしれないよ。今はまだ、完治していないからいいものの。そうなったら、どうするの?」
「うっ」
「少しくらい、要望を聞かせてあげた方がいいんじゃないかな。これからも元気なエリアルを見たいのであれば、ね」
「……ユニティちゃんは、エリアルちゃんの味方なのね」
「どちらかというと、今後の公爵家の未来のために言っているんだけど……」
恨み節を言われてしまうとは……まぁ、いいけどね。そんな深刻な問題でもないし。時間が解決してくれるだろう。
あとは、ギルバートとエリアルの頑張り次第かな。ボクが口を出すことだとは思えなかった。
「エリアル。ここまで助言をしたんだ。ギルバートを連れて来られなくても、文句はないよね」
「……でも、顔は出してくれるでしょう。もうこれっきり、なんてことはないよね」
「当り前じゃないか」
同じ転生者同士でしか話せないこともある。相談できないこともある。それに……。
「ここにはミルドレッドもいるしね」
ボクが祝福を与えた子。すべてそこから始まったんだ。
「そのミルドレッドはどこに行ったんだい?」
「最近、邸宅の中を探検しているそうなのよ。王都に来てから、部屋に籠っていてね。だから私たちも、自由にさせているんだけど」
「そうなんだ。できれば会いたかったけど、また今度にするよ」
今、重要なのは、カーマイン公爵家の再構築。戻って来た二人の娘と、婿候補。ボクが掻き回していい問題じゃない。
ベッドの中にはいたが、元気なエリアルを見られたことに安堵したボクは、早々と部屋を後にした。長くいたら、エリアルがまた、難題な頼み事を言ってきそうな気がしたからだ。
エントランスに通じる階段に向かって、廊下を歩いている時だった。前方から青いドレスを纏ったミルドレッドの姿を見つけたのだ。
向こうもボクに気づいたらしく、小走りで駆け寄って来た。
「そんなに慌てなくても、ミルドレッドまで怪我したら、公爵夫妻が大変だよ」
「大丈夫です。今はエリアルに掛かりっきりですから」
「……寂しい?」
一瞬、パティを思い出したのだ。ミルドレッドにとっては、ようやく得た実の親との時間だ。すぐにエリアルが現れて、嫉妬したのではないだろうか。
すると、ボクの問いに、ミルドレッドは首を横に振った。
「いいえ。実は、両親がエリアルのところに行って、ようやく自由になれた、と思っていたところなんです。とてもいい人たちなのは分かるんですが……干渉が凄かったものですから」
「あぁ……再会が衝撃的だったから、かもね」
幸せに過ごしていると思ったら、義姉に虐げられていたんだ。もうあんな目には絶対遭わせたくない、という気持ちが前面に出てしまった結果だろう。
「これはボクにも非があるから、謝罪させてほしい。ごめんね」
「いえ、いいんです。お陰で今は、ゆっくりと自分を見つめ直せますから」
「それは……どういうこと?」
遠くを見つめていたミルドレッドが、ボクと向き合う。
「王城の祭壇の間で見たんです。ブルーノ王子様とユニティさん。お二人が会話していたのは、僅かでしたが、お互いにやるべきことが見えていて……私もそんな相手を見つけたい、と思ったんです」
「えっと、何を言っているの?」
「ふふふっ、いいんです。これは私の独り言だと思って聞いてください。予言の通り、その人とは結ばれないけれど、もっと素敵な人を見つけて、幸せになりますから」
予言って、ミルドレッドが婚約破棄されて、追放される、というアレだよね。ブルーノとの婚約は、再度結ばれることは難しいって話だったけど……それはミルドレッドも分かっているはず。
つまり……どういうこと?
それを聞こうとミルドレッドの方を見たが、すでに彼女は来た道を引き返してしまった後だった。何か宣言した様子だったし、追いかけるのは野暮だろう。
ボクはモヤモヤが残ったまま、エントランスに向かう階段を下りていった。
するとタイミングを見計らったかのように、ブルーノが階段の下で立っていた。まるで誰かを待っていたかのような姿に、ボクは足を止めてしまった。
「そんなところで止まると危ないぞ」
「……誰に言っているんだ。ボクは魔女だぞ。危ないのはむしろ、そっちの方だ」
「どうして俺が危ないんだ」
「う~ん。ボクも分からない」
ブルーノは呆れた顔をしていたが、言っているボクがよく分かっていないのだから仕方がない。ボクはモヤモヤの原因となった、先ほど交わしたミルドレッドとのやり取りを、ブルーノに話した。
すると目をパチクリさせた後、すぐに笑いを堪えるような仕草をしたのだ。口元を手で隠しながら、さらにおかしなことを言い出してきた。
「前から思っていたが、ユニティは意外と、色恋沙汰には鈍いんだな」
「なっ! しょうがないだろう! 魔女に恋愛は必要ないんだから」
死んだら、また次の魔女が生まれる。人間のように番は必要ない。だから自然と恋愛に疎くなるのだ。
そう言う点でも感じてしまう。先ほどのミルドレッドもそうだが、人間との相違を。距離を。
ブルーノとは……もう子守は必要ないだろう。王城での立ち回りを国王も見ているはずだ。謹慎を解こう、という動きが出ていてもおかしくはないだろう。
ちょっと寂しい気もするが、それが人間の流れ。時間なのだ。魔女とは違う……からこそ、割り切らなければ。





